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祝賀パーティが始まり、アリシアはルイスに寄り添いながら来賓に挨拶をした。
来賓から呼び止められることもあるが、大概はルイスが先に声を掛ける。
その前に彼は小声で、これから声を掛ける来賓の簡単な説明をしてくれる。アリシアも事前に来賓の立場や経歴を学び、頭には入れているが、その人となりまでは分からない。相手に不快な思いをさせないためにも、事前の情報交換は重要だった。
「次は…隣国の外交官、ペイジ様に挨拶に行こう」
「ペイジ様はお一人で条約を結べるほどのお方よね。外交関連のお話は避けた方が良さそうね」
「ああ。彼は自分の見た目に自信があるから、とりあえず服装を褒める」
「分かったわ。任せて」
これまで挨拶は何人かしてきたものの、ペイジは大物だ。失敗が命取りだ。
アリシアはこっそりペイジに視線を送り、気を引き締める。ルイスの言うとおり、彼の服装はセンスが光っていた。なかなか男性が着にくいピンク色をファッションにうまく取り入れ、見事に着こなしている。
「ペイジ様。本日は就任式にご出席いただき、誠にありがとうございます。このたび、聖騎士に就任いたしました、ルイス・バーグランドと申します」
「これはご丁寧にどうも。若くて驚きましたよ。前の方より二十はお若いのでは?」
「はい。前聖騎士に一日も早く追いつけるよう、未熟者ながら精進する覚悟でおります。どうかよろしくお願いいたします。紹介が遅れましたが、こちらが妻のアリシアです。アリシア、ペイジ様にご挨拶を」
「アリシアと申します。どうぞ夫婦ともども、ご指導くださいますようよろしくお願いいたします」
「お二人ともお若くていいですな。奥様もドレスがよくお似合いで」
「お褒めに預かり光栄です。デザイナーや着せてくれた者たちが泣いて喜びますわ。でも、着こなせている自信はありません。ペイジ様のお召しになっているお洋服こそよくお似合いでいらっしゃいます。デザインも色合いも、着こなせる方を選ばれるお洋服ですね。お恥ずかしながら先ほどから見惚れてしまって…」
「おお、お分かりいただけますかな? 実はこれは私の気に入りの服でね。最近購入したんですよ。仕立て職人からも着こなせる人間は少ないと言われましてね。しかし、服の話などつまらないでしょう」
「そんなことをおっしゃらずに。職務中は騎士服で構いませんが、他の時は何を着たらいいのか、いつも頭を悩ませておりまして…是非ともお聞かせください」
「ふむ…何を着ても、騎士服の印象が付き纏いますからな。とは言え、お堅い印象は周りも気を遣うでしょうし。参考になるかは分かりませんが、私ですと、今回のようにまず色を一つ決めて―」
ペイジは頬を紅潮させ、嬉しそうに語り始めた。
余程、服の話題を振ってほしかったらしい。袖のボタンの説明時には、わざわざアリシアたちに向かってボタンを見せるほどだ。
アリシアは楽しそうに相槌を打ちながら、時折ほんの少しだけ踏み込んだ質問をした。すると、相手はさらに気を良くして語ってくれる。
(ペイジ様は百戦錬磨。私の話し方も態度も、小手先でしかない。小賢しい真似をする小娘って見破られているでしょうけど…自分のものにするにはやるしかないわ)
今は小手先でしかなくても、いつかは自分を助ける術になる。そのためには、本番で経験を積むしかない。たとえ、相手に見破られて、侮られたとしても。
――と最初は考えていたアリシアだが、途中からはペイジとの会話を心から楽しんでしまった。それもこれも、ペイジの年齢や背格好がビリーと近いのがいけないのだ。似た服をビリーに贈ってあげたら喜んでくれるだろうか、なんて考えてしまう。でも、ビリーにピンクは似合わないかな。
一向に途切れることのない会話を楽しんでいると、ペイジの目が優しげになっていくのが分かった。
「この先、私の国に来ることがきっとおありでしょう。必ず我が家を訪ねてください。私のコレクションをお見せしますよ。それと、お二人に妻と家族を紹介したい」
「まあ! 嬉しいですわ! ありがとうございます!」
「感謝いたします。その時は、是非お邪魔させてください」
別れ際の彼の招きは常套句かもしれないが、手ごたえを感じさせるものだった。
その後も多くの来賓と話し、どれも気が抜けなかった。夫妻で参加している方が多く、ルイスはその夫と、アリシアはその妻と一対一で会話した。同性、年上、高貴な相手、となると緊張よりもどう評価されるかという不安が大きくなる。
しかし、会話の内容は家族の愚痴や噂話、買った宝飾品の自慢話が多く、まるで近所の人と話すようなことばかり。最初は自分の反応を試しているのだろうかと勘繰ったが、途中からそうではないと気付いた。
彼女たちは退屈しているのだ。
窮屈な決まりきった生活。 時間を持て余しているけれど、人目や夫の立場を気遣って、行動を起こせずにいる日々。
気を紛らわしてくれるのが、同じ立場の友人たちとの世間話だけ。だから、当たり障りのない会話しか出来ない。
(私もこの先、みなさんと同じになるのかしら…)
もしかしたらなるかもしれない。でも、ならないだろうという確信めいたものはある。
全部が全部、自分の思い通りにいくなんて思っていない。
人目は気にするし、世間体も気にするだろう。でも、譲れないところは絶対に譲らないでいたいとアリシアは思った。
パーティは一時間の休憩を挟んだ後、後半に入る。その休憩の間に、他国からの来賓を見送ったり、会場の設営を行ったり、料理が運び込まれたりする。
アリシアはルイスと城の外まで出て、来賓たちと別れの挨拶を交わし、見送った。
広間に戻り、ようやく一仕事終えた二人は、同時に安堵のため息をつき、顔を見合わせて笑う。
「まだ途中なのにごめんなさい。一息つけたくて」
「ずっと聞き役に徹して疲れただろう。良ければ何か飲まないか?」
「そうね、いただこうかな。でも、ルイスはもっと疲れたでしょう? 私が取ってくるわ」
アリシアは広間の中央に目を向ける。長いテーブルが配置され、その上には料理が並ばれつつあった。
今、広間には護衛と、料理を運ぶ料理人と給仕、そしてアリシアたちがいる。引き続きパーティに参加する貴族は、控え室にて休憩をとっているため、比較的楽に動ける。
給仕から飲み物を受け取っている護衛もおり、その中にはウィリアムの姿もあった。彼はどこか苛立った表情を浮かべており、グラスを握る手に力が込められているようにも見える。不用意に近付かない方が良さそうだ。
「いや、俺が取ってくる」
「でも…」
「あなたのおかげでパーティを無事終えられたからな。功労者には休息が必要だ。さて、飲み物は何が良い?」
「そこまでの働きは出来ていないと思うけど…じゃあ、お言葉に甘えて。さっぱりしたものが良いな。柑橘系の飲み物があったら、それをお願い」
「了解」
ルイスは給仕に近付き、グラスを受け取った。そこで注文以外に何か言葉を交わしているようだが、アリシアのところまでは聞こえてこない。ただ、二人の表情は明るいので、悪い話ではないのだろう。お互いを労っているのかもしれない。
彼の横顔を遠目で見ながら、アリシアはやっぱり格好良いなぁとぼんやり思った。
童話の騎士様に似ているから、王子様のようだから、とかではなく、とにかく純粋に彼は格好良い。初めて会った時のように、また素の姿を見せてくれないだろうか。
(まさか舌打ちをするなんて思わなかったわ。みんな知ったら驚くでしょうね)
思わずくすりと笑うと、ちょうど戻ってきたルイスが不思議そうに首を傾げた。
「何か面白いことでも?」
「ふふ、私だけの秘密。飲み物、ありがとう」
グラスを受け取り、口をつける。甘酸っぱいレモンが疲れを癒してくれるようだ。
ルイスは理由が気になったようだが、あなたが楽しいなら良い、と笑った。無理に聞き出そうとしない姿勢が騎士らしかった。
「そうだわ。ルイス、お腹空いてる?」
「ああ…さすがに空いてきたな」
どんなにお腹が空いても、テーブルの上の料理には手をつけられない。あくまでも、あれは来客のために用意されたものであり、もてなす側のものではないのだ。
特にアリシアはドレスの都合もあり、余計に食べるわけにはいかない。アリシアはドレスに隠していた小さな布袋を取り出すと、ルイスに差し出した。
「これは?」
「ビリーからの差し入れなの。内緒にしてね。他の人には見せないって約束で、持たせてくれたのよ」
ここに来る前、ビリーがこっそりとアリシアに授けてくれたものだ。コルセットのせいで朝食が食べられなかったアリシアを心配して、わざわざ作ってくれた。
ルイスは布袋から、紙で包まれた四角い固まりを取り出す。紙を開くと、そこには薄く焼き上げられた一口サイズのビスケットが何枚も重ねられていた。
「どうぞ。味はあっさりしているはずよ」
「じゃあ、ありがたく。一枚いただこう」
一枚摘み上げ、まじまじと観察した後、ルイスはそれを躊躇いなく口の中に放り込む。彼の反応をドキドキしながら見守っていると、噛み砕く小気味良い音が聞こえてきて、アリシアのお腹も空いてくるようだった。
「うまい。これは菓子、じゃない?」
「砂糖は入れていないんですって。お菓子というよりも携帯用の食事らしいわ」
ルイスは頷くと、ビスケットを眺めながら考え込むような仕草をとった。
「どうかしたの?」
「これに似たものをどこかで食べたような気がしたんだ。たぶん、俺の気のせいだな」
ビリーオリジナルの配合のはずだ。内緒のレシピのようで、誰にも知られたくないとよく言っている。アリシアもそれを守って話したのはルイスだけだし、ちゃんとビリーの許可も得ている。
ただ、物に溢れた城下なら、似た物が売られていてもおかしくない。
鐘が鳴り、ルイスは礼を述べて、アリシアに包み直したビスケットを返した。
「パーティが始まるな…どうか、自分の身を第一に考えて行動してほしい。ウィリアムに何でも命令して構わないから」




