17
アリシアはルイスの隣を歩きながら、彼には悪いと思いつつも、少しだけぼんやりとしていた。
頭の中は先ほど見送ったばかりのジェシーとの会話でいっぱいになっている。
迎えの馬車に乗った彼女に、アリシアは疑問をぶつけた。
「どうして、私を選んでくれたの?」
ローザじゃなくて、どうして私を?
共通点は年齢と、学生時代のほんの一時期を共に過ごしたことくらい。趣味も特技も、今の立場も全く違うし、それはローザとも同じだ。
家で比べようにも財力も格も違いすぎて、彼女の家が窮地に陥ったところで何の援助も出来ない。ローザが言ったように、自分と友達でいても何の得もないのだ。
「そんなの簡単よ。アリシアが好きだからに決まっているでしょう?」
ジェシーは少し怒った風を装って、アリシアの額をつんと突付いた。
「私があなたの友達でいさせてほしいのよ」
「嬉しいけど、どうして」
「詳しくは秘密。きっと、アリシアは当たり前すぎて忘れちゃったのかもしれないわね。でも、そんなところが好きなのよ」
もっと話が聞きたかった。
だが、こっそりやって来た彼女をこれ以上引き止めるわけにはいかず、アリシアは当惑顔のまま、黙ることしか出来なかった。
好きだから友達として選んでくれた。
素直に受け止められないのは、まだ信じられないからだろうか?
本当にどうして? 私が何をしたんだろう? ジェシーに好きになってもらえた理由は?
頭の中を疑問がぐるぐると渦巻き、アリシアは難しい顔をした。別れてからずっと考えているが、答えが全く出てこない。
それと――ジェシーが別れ際に告げた意味深な言葉が心に引っ掛かっている。
「アリシア。明日の就任式はすんなりと終わらないかもしれないわ。でも、安心して。私はあなたの味方だわ。だから……何があったってアリシアらしくいてね」
明日の式典で一体、何があるの? 縁談の時のようなことが起きるとでも言うのだろうか? それとも、もっと酷いことが王や来賓の前で?
背筋がぞくりとする。
過剰に不安になるのはやめよう。
家とは違って、ここは城だ。警備の数、招かれる人たちが全く違う。何かが起きる前に防げるはずだし、自分も周囲に目を配ろう。
そう決めるのと同時に、騎士団の宿舎の屋上に到着した。ルイスが最近よく来たという所に連れてきてもらったのだ。
城の最上階の次に高いところに位置するこの場所は、見晴らしが最高だった。空は広く、街並みも一望できる。心地よい風が清々しい。
「素晴らしい景色ね…。騎士の方たちは、ここから監視しているの?」
「いや、この下の階に監視専門の部屋がある。ここでは、まあ…基本的に気分転換か、ホームシックの連中が来る場所だろうな」
「そっか…自分の家はどこかなって見るのね」
「たぶんな。あなたの家はこの方角だと思うが…」
「残念、分からないわ。でも、こうやって眺めているのは楽しいわ」
城から離れすぎているアリシアの家は見えそうにない。それでも、この景色の先に自分の家があると思えば、元気が出るのかもしれない。
騎士たちの気持ちを考えて柵につかまりながら景色を眺めていたが、はっとしてルイスに視線を向けた。彼はアリシアの視線に気付いた様子もなく、まっすぐ前を見据えていた。街に見るものはないと拒絶しているかのようだった。
(ルイスの故郷は北だって言っていたわ。ここからじゃ見えない…)
北だと聞いたが、彼自身、よく分かっていない口ぶりだった。故郷の話も、神父からの話だけが頼りで、実感がないのだろう。
親も知らず、名もなく。幼少期は教会。その後は騎士団の生活。
ルイスが故郷を恋しく思うことはあったのだろうか?
「高い建物があれば目印になるんだが…悪い。俺にも見つけられそうにない」
「ルイス…」
「?」
「ううん…何でも、ない」
何か話題を振りたくても、ルイスの横顔を見ていると、何も言葉にならない。
「――アリシア。風が冷たくなってきた。そろそろ準備も整っただろうから戻ろう」
「…はい」
彼の気持ちに寄り添えるほど、彼を知らない。
でも、大丈夫。これから知っていけばいい。
優しく差し伸べられた手を握り、アリシアは微笑んだ。
だって、私とルイスは夫婦なのだから。
まだ恋とも愛とも呼べないけれど、彼のことは好きだし、信じている。関係も夫婦と言うよりは、仲間に近いかもしれない。だけど、これから育っていくものがたくさんあるはず。
だから、明日は何があっても乗り越えてみせる。




