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 アリシアは青褪めた硬い表情で、馬車に揺られていた。

 始めの頃は楽しめていた窓の外の景色も、いつしか緊張感を高めるものへと変わってしまった。映る景色に建物が増え、人の数も増え、着実に城に近づいていく。憧れていた城下の世界が、恐ろしく見えてきた。

 心臓はうるさく騒ぐのに、血流が止まってしまったかのように指先は酷く冷たい。

 王族専属の衣装係がきつく締め上げたコルセットのせいだ。そう思い込もうとしても、不安が何度も襲い来る。

 緊張や不安を押し隠すようにドレスをぎゅっと握ると、向かいに座る男が怪訝そうに片眉を上げた気がした。

「気分が優れませんか?」

「いえ…そのようなことはございません」

「そんな不安に満ちた表情でおっしゃられても、ね」

「お気遣い、ありがとうございます」

「いえいえ。聖騎士の奥方様に何かあったら、護衛の私はそのすべての責を負わなくてはならないので」

 だから俺に責任を取らせるなよ、と言外に男は告げている。憎らしいまでの爽やかな笑みを浮かべながら。

 アリシアはその男――ウィリアム・ナイトを一瞥した後、こっそり溜め息をついた。

 どうしてこんな人が護衛なんだろう。

 初対面は決して悪くなかった。

 家族は迎えの馬車から降り立った彼を見た瞬間、黄色い悲鳴を上げた。特に妹のはしゃぎようには驚かされた。

「ウィリアム様がお越しになるなんて! お姉様! あの大貴族のウィリアム様よ!」

 頬を紅潮させ、うっとりと彼を見つめるその横顔は、恋する少女のものだった。

 続けて両親も「名門のナイト家が! 信じられない!」と騒ぎ出した。

 あの有名な大貴族が、名ばかり貴族の護衛をしてくれるのだから、手放しで喜ぶのも無理もない話だった。

 彼も騒ぎ立てられて満更ではなかったらしく、肩を竦めて悲鳴を受け入れていた。

「聖騎士の奥方様を護衛できる誉れに心からの感謝を」

 ウィリアム・ナイトは優しげな笑みを浮かべ、アリシアの手を取った。

 本番の式典への緊張と、大貴族を前にしての緊張が重なり、金縛りにあったかのように体が動かない。だが、自分を奮い立たせた。

「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」

 ガチガチに強張った表情で、アリシアは恭しく一礼する。

 うまくはないが、何とか形になったと安堵したのも束の間、先ほどまでおおはしゃぎしていた妹がさっと表情を一変させ、呆気に取られた。

「家族の誰かが付き添えれば姉も私どもも安心なのですが、招かれているのは姉だけで、先ほどまで心配しておりました。しかし、ウィリアム様に護衛していただけるならこれ以上ないほど心強いですわ。どうか姉をよろしくお願い申しあげます」

「もちろんです。お任せください」

 妹の言葉が、彼を感心させたのがアリシアには分かる。そして、姉である自分に失望したことも。

 だから馬車が出発した直後、彼は冷え切った視線と言葉を自分に浴びせたのだ。

「聖騎士の妻がこんな程度とは……聖騎士が聖騎士なら、妻も妻ですね。わざわざ俺が護衛するまでもなかったな」

 妹のように機転が利かない自分にも非があるとは言え、面と向かって言われたことがさすがにショックで言葉を失った。

「今からでも遅くありません。引き返してあなたの妹に付き添ってもらったらどうですか? 招待されていなくても、きっと誰もが納得するでしょう」

 その発言以降、ウィリアムはしばらくの間、口を開かなかった。

 始めは自分の至らなさを悔やんでいたアリシアだったが、段々と腹が立ってきて、今では何か言い返してやろうという気持ちへと変わっていた。この人の言い方も悪いのだ。

 式典に出席する自分と、送り出すハンナ。どちらが緊張しているかといえば、間違いなく自分に決まっている。粗相をしなかっただけでもまだ良かったし、今からうまくやればいい。

(そうよ…この人相手に練習すれば良いんだわ)

 式典では何があるか分からない。もっと酷いことを言われるかもしれない。

 この程度のことでいちいち傷ついて臆していたら、ルイスに恥をかかせてしまうだろう。

 片手を胸に当て、一度深呼吸し、アリシアはウィリアムに微笑みかけた。

「……ウィリアム様」

「な、なん、でしょう…?」

 ウィリアムは上擦った声で返事をした。

 先ほどまで青褪め、意気消沈していた女がいきなり笑ったことに、恐怖を覚えたらしい。

「ありがとうございます。あなた様のおかげで目が覚めましたわ」

「は?」

「初めてづくしで緊張しておりました。お恥ずかしい姿をお見せして、情けない限りですね」

「いえ、奥方様に強く言いすぎたことを申し訳なく――」

「謝罪は結構ですわ」

 笑顔を顔に貼り付けたまま、即座にはねつける。

「もし、大貴族でいらっしゃるウィリアム様に謝罪させてしまったら、私、何かあってしまいますわ。それこそ馬車の中で気を失ってしまうかもしれません。そうしたら、すべての責を負わせてしまいますものね。そんなこと、させられませんわ」

「私の発言に怒り、ナイト家であるこの私を脅しているんですか?」

「まさか! 滅相もありませんわ。ただ、私は聖騎士の妻として呼ばれていることを思い出しただけです。私がその役目を果たせるように…どうか護衛を頼みますわ。ナイト家ウィリアム様」

 にっこり笑って言い終えると、目の前の男が悔しげに顔を歪めるのが分かり、アリシアは心の中で「ルイス! ビリー! 私やったわ!」と二人に報告した。

 褒められた言動ではないのは重々承知している。他に誰もいない今回だけだ。

 それでも、あの二人ならよくやったと言ってくれそうな気がした。

 程よく緊張感が解れた時、馬車が止まり、到着を知らせた。

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