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 足取りと顔色の悪い来客たちが帰ってから、アリシアとルイスは待ち構えていた家族に挨拶をした。

 時計の針はすでに日付をまたいでいる。

「本日、聖騎士に就任いたしました、ルイスと申します。このたびは、ご当主様のご配慮により、素晴らしいご縁を賜りましたこと、心から感謝いたします。アリシア様を妻に迎えさせていただき、これ以上の喜びも名誉もございません」

 先ほどまでの親しみが持てるルイスから、近寄りがたい高潔な騎士へと彼は態度を一変させた。恭しく一礼するルイスに、両親は感嘆の溜め息を漏らす。

 アリシアも同じように見惚れて溜め息をついたが、ふとハンナの姿がないことに気付き、辺りを見回した。

「あら? ハンナは?」

「二人共、気を悪くしないでほしいんだが…ハンナは来賓の相手で疲れてしまったらしく、気分が優れないと言って部屋で休んでいる。決して挨拶をしたくないというわけじゃない。現に、アリシアの晴れ姿を見られて安心したようだった」

「聖騎士様にもご挨拶できず、申し訳ないと謝っておりましたの。近い内に、改めてご挨拶に伺いますわ」

「私は全く気にしておりませんので、お気遣いなく」

 具合が悪いのなら仕方がない。

 とは思うものの、アリシアの内心は複雑だ。切望していた結婚に、ほんの少し水を差されてしまったかのように感じてしまう。

 ただ、ルイスがハンナに見惚れるという状況は嫌だったから、いなくて良かったような気もする。でも、いてほしかったかもしれない。

(もやもやしたってどうしようもないし…考えるのはやめましょ)

 それでもなかなか踏ん切りがつかずにいた気持ちを強制的に切り替えたのは、両親がルイスに質問を投げかけたからだった。

「ルイス様は、どちらのお生まれで?」

 至極当たり前のような質問だが、その場に緊張感が走る。娘の相手に興味を持つのは当然だし、聞いておかしなことじゃない。

 しかし、頭の固い両親のことだ。反対するのが目に見えている。

 何て言えば説き伏せることができるだろうか。アリシアが何とか名案を出そうと頭を捻っていると、ルイスが端的に「貧しい家の生まれです」とさらりと告げてしまった。

「え、貧しい…?」

「貧しい故に教会に預けられ、育てていただきました。お察しのとおり貴族ではございません」

「な…何だって!?」

 顎が外れるんじゃないかというくらい口を大きく開けた父。そして今にも卒倒しそうな母。

 気絶するかと思われた二人だったが、復活は早かった。

 隅で控えていたビリーが布を高く掲げ、それに二人は視線を集めたのだ。

 瞬時に損得勘定が働く点は、さすがの貴族といったところだろうか。

 二人はビリーというよりも、彼に授けられた布に熱い視線を送っている。

 貧しい生まれでも、王族と並ぶ聖騎士。となれば、その妻の実家であるバックス家の地位も高くなる。地位が上がれば、今より裕福になれる。親類たちに縁を切られても、別にいいじゃないか。こっちは王族と近くなるんだし。あの布で作られた服が着られるかもしれないのだから――と二人の表情が雄弁に語っていた。

 二人は顔を見合わせ、同時にこくりと頷き合う。

「アリシアはちゃんと理解しているんだな?」

「はい。ルイス様は隠さず話してくださいましたから」

「分かっていて求婚を受けたのなら、何も言わん。だが、ハンナの結婚が少し心配だな」

「お父様。ハンナなら大丈夫に決まっているでしょう? 私のような姉がいたって、あの子に求婚する人は絶えなかったんだから。それに、あの子の美貌と性格なら、他国の王子様だって求婚するに決まっているわ」

「それもそうか…」

 これで納得するのもどうかと思うけど。

 突っ込みたいところだが、黙っておいた。

 ハンナなら不可能ではないと思うから。

 今回はビリーの素晴らしい援護のおかげで、うまくいった。彼に感謝を込めて目配せすると、恭しく胸に手を当ててお辞儀をされる。アリシアお嬢様のお幸せのためならば、と今にも聞こえてきそうで、思わず笑みが零れた。



 それから一週間が経過し、アリシアはいつものカフェを訪れた。

 ルイスからは手紙が毎日のように届き、手紙の最後に就任式で会えるのが待ち遠しいと綴られている。社交辞令なんだからと思う気持ちもあるが、照れくさくてやっぱり嬉しい。

 アリシアも手紙が届くと同時に、競うように返事を出している。

 彼への感謝から始まり、近況報告、そして自分も会いたいと締めくくる。書いている最中は浮かれているせいで恥ずかしいこともどんどん書けるが、出した後には冷静になって、赤面して唸るはめになっている。

(思い返せば恥ずかしい手紙だらけだわ…)

 彼はどう思っているだろう。呆れられていないことを願うばかりだ。

 アリシアはコーヒーを一口飲み、ほっと溜め息をついた。

「ジェシー…ローザ…」

 ここに来ると、会っていない二人を思い出してしまう。

 励ましてくれたのは仮初の姿だと分かっていても、割り切れない。

 会いたいかと聞かれれば答えは否。

 でも、ジェシーには確認を取りたい。あなたもローザと同じなの?

 聞かないでいる方が幸せかもしれないと自嘲気味の笑みを浮かべた時、向かいの席に女性が腰掛けた。

「相席をしてもいいかしら?」

「え、ええ。どうぞ」

 カフェは空席が目立っており、相席をする必要はない。女性がわざわざここを選んだことは明らかだった。彼女はアリシアの不審な目をものともせず、優雅に店員を呼びつけて注文を済ませた。

 ゆるやかなパーマがかけられたロングの茶髪。落ち着きのある雰囲気を纏う女性からは、上位貴族特有の気品が感じられる。年齢は二十代後半といったところだろうか。既婚者に人気の指輪とネックレスを見る限り、結婚して十年は経過していそうだ。

 誰だろう。社交界でも見たことがない。

 だが、もしかしたら知っている人かもしれない。失礼のないようにと、アリシアは必死に記憶を探る。

「ねえ、あなた。聞いたわよ、聖騎士との結婚が決まったんだって?」

「は、はい。そうです」

「ふぅん」

 女性に品定めするかのような視線を向けられ、アリシアは身を縮ませる。

「ルイスにしては上出来ね。どんな頭のおかしな女がくるかと楽しみにしていたけど、こういう結果も悪くないわ。よろしくね」

「ありがとうございます…?」

「私はルイスとは古くからの知り合いよ。そうね…姉のようなものかしら」

「姉…」

「そう。教会で会ったの」

 ということは、この女性もルイスと同じ生い立ちなのだろうか。

 初対面の相手に、無遠慮に事情を聞くのは躊躇われる。親しくても言いたくないことだってあるのだから尚更だ。それに、聞いたところで自分にはどうしようもない。

 貴族に見初められ、孤児から大貴族の夫人になった女性もいるらしいから、彼女もそうなのかもしれない。そう見当をつけ、アリシアはそうですか、と頷いた。

 ルイスの姉なら、自分にとっても大切な人だ。仲良くなっておきたい。

「自己紹介が遅れました。私はアリシアと申します。よろしくお願いいたします」

「ええ。まったく、ルイスの奴。私に紹介もしないなんてどういうつもりなのかしら」

「ルイス様は現在引継ぎの準備でお忙しいようですから…」

「それでも手紙の一つは寄越せるはずよ! ムカムカしてきたし、あいつの子供の頃の恥ずかしい話でもしてやるわ」

「えっ! 聞かせていただけるんですか!」

「何でも話すわ。そうねぇ…どこから話したらあいつの評価が下がるかしら…」

 にやりと意地悪な笑みを浮かべる。その笑みがルイスに少し似ていた。

 女性はルイスの思い出話をしてくれた。

 環境が厳しく、つらくても一度たりとも弱音を吐かなかったこと。いつも真面目でまっすぐだったこと。話を聞くだけで、もっと彼のことが好きになっていくのが分かる。

 ルイスの評価は上がる一方だが、何かと失敗やいたずらを繰り返す女性には親近感が湧いていく。つまみ食い、掃除中に花瓶を割ってしまったこと、お祈りの言葉をすっかり忘れるなど、今の女性からは考えもつかないことばかり。

 最後の方は、ルイスのことはそっちのけで、二人で新聞の記事や好きなお菓子のことなどを語り合った。

 気付けば日が暮れる頃になっていた。

「ごめんなさいね。こんな時間まで引き止めちゃって…」

「いいえ! とても楽しいお時間をありがとうございました」

「それなら良かったわ。私もこんなに笑ったのは久しぶりなの。それじゃあまた会いましょうね、アリシア」

 女性の後姿を見送り、アリシアははっとした。

「お名前……聞き忘れちゃったわ」

 惜しいことをしたけど、きっとまた会える。

 そう願いながら、アリシアは彼女が消えて行った方向をいつまでも見続けていた。

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