第28話「指名はミコちゃん」
たまおちゃんのご指名はミコちゃんだったけど、人手だって足りないんです。
…って、わたしはタヌキだから人手なのかな?
ともかく神社に配達に行ったら、たまおちゃんいきなり襲ってきました。
「わ、私はミコお姉さまって指名したはずです!」
せっかくわたしが配達に来たのに~
カウベルが鳴って入ってきたのはたまおちゃん。
「こんにちは~」
「たまおちゃん、いらっしゃ~い」
「注文の品は、出来てますか?」
たまおちゃんの注文はどら焼きです。
それも店長さんお手製の方なんだよ。
「ねぇ、たまおちゃんが全部食べちゃうの?」
注文してあったのは十個。
たまおちゃん微笑みながら、
「いや、神社に来る人に買ってもらうんです」
「え……」
「最近、パン屋さんもお客さん増えてませんか?」
「え……」
よーく思い出してみましょう。
確かに、ちょっとは増えたような気がします。
お客さんがゼロって事はなくなったような気がしますね。
「そうですね……」
「女性客が増えたんじゃないですか?」
「まぁ、前から女のお客さんが多いような気はするけど」
そう、パン屋さんはおしゃれだから、女のお客さんが多いかな。
一応ちょっとはテレビで紹介されたのもあるから……って思ってたんだけど、
「神社にお参りに来る人が増えたから、こっちに寄る人も増えたはずです」
「え……なんで神社に来る人が増えたの?」
「ヌシのおかげです、白ナマズは美肌になれるそーです」
「そーです……って、たまおちゃん知らないの?」
「ヌシはこの間来たばっかりだから、本当はそんなの、ないと……」
パン工房から店長さんがやってきました。
「はい、注文のどら焼き、袋に詰めてあるから」
「店長さん店長さん、この間のヌシの事なんですけど、伝説って言ってませんでしたっけ?」
わたしが確保の日を思い出しながら言うと、
「うん、伝説あるよ」
「え……でも、神社ってこの間の噴火で移動したんですよね?」
「うん……でも、神社のお祭りで提灯作る時にナマズの絵を描くんだ」
「ふえ……なんで?」
「昔、なにかあったからなんだけど……」
「なんだけど?」
「でも、それは美肌とは関係なかったような……」
ヌシ伝説、そのうちしっかり調べないとダメですね。
たまおちゃん、十個のどら焼きをじっと見ていたけど、
「あの、店長さん……」
「なに、たまおちゃん?」
「配達してもらう事は出来ないんですか?」
「うん……別にいいけど……学校や老人ホームにも配達してるからついでに」
と、たまおちゃん立ち上がって店長さんの手をしっかと握りました。
ま、まさかたまおちゃんも店長さんが好きとか!
そんなたまおちゃんの眼鏡が妖しく輝きながら、
「配達……お姉さま……ミコお姉さまにお願いします!」
あ、なんだ、ミコちゃんを指名するんだ。
なんでだろ?
「ミコお姉さま、私に神事を教えるとか言って、全然ですから!」
なるほど、ミコちゃんいつも家で忙しそうで、神社に行ってるのを見た事、確かにないですね。
「ミコお姉さま、私の事、どう思っているのかしら……」
ブツブツ言いながら、たまおちゃん今日の分は持って行っちゃいました。
「店長さん店長さん!」
「なに、ポンちゃん?」
「ミコちゃんを配達に行かせるんですか?」
「さぁ、ねぇ……」
店長さん言いながら、パン工房に引っ込んじゃいました。
ちょっとたまおちゃんの「お姉さま」ってのが気になるけど、ミコちゃんが神社に行く余裕なんてあるのかな?
今日は例のどら焼きを作るのをお手伝い。
神社で売るのはどら焼きにナマズの絵を焼き付けるから、それをわたしがやりました。
きれいに焼き付けるのは、結構大変です。
出来たどら焼きをミコちゃんが一つ一つ袋に詰めていきます。
「ねぇ、ミコちゃん」
「なに、ポンちゃん」
「これ、神社に持って行く分だよね」
「そうね」
「ミコちゃん配達に行くの?」
「え? 聞いてないけど……私は老人ホームに配達だけど……」
ミコちゃんちょっと考える顔になって、
「神社……ちょっと方向が違うのよね」
「そうだね、うん」
「ポンちゃん行ってくれない?」
「でも、お店は……」
そう、今、実はお店の時間なんです。
でも、お客もいないから、コンちゃんにおまかせ状態。
しかしコンちゃんがレジに立ってるって訳じゃないですよ。
テーブルでいつも通り、ぼんやりしているんです。
わたしとミコちゃんお互いを見合ってから、
「コンちゃんきっと、面倒くさがる……」
はもっちゃいました。
まぁ、神社に行って帰って来るくらいなら、あっという間ですね。
わたし、どら焼きを持って早速出発です。
階段を上りきった所に神社があるんです。
久しぶりですね、神楽の時以来でしょうか。
ここの池にはヌシがいるんです。
美肌になるそーですが、わたしとしては、胸を大きくしてくれるご利益の方がうれしいですね。
わたしが行った時は誰も参拝には来ていませんでした。
一通り見て回りましたが、たまおちゃんは社務所にいるようです。
「たまおちゃ~ん、来たよ~」
奥からドタバタと足音がしてきます。
「お姉さま~」
廊下をドリフトしながら現れたたまおちゃん。
最初はすごい嬉しそうな顔をしてたんだけど、わたしを見た途端、表情が固まっちゃいました。
「たまおちゃん、どら焼き持って来たよ」
「な、なんでポンちゃん……」
「わたししか配達に出られなくって……」
「わ、私はミコお姉さまって指名したはずです!」
「ミコちゃん忙しいんだよ~」
わたし、どら焼きを置いて微笑みます。
でも、たまおちゃん、なんかすごいダークなオーラを放ってますよ。
「お姉さまを指名したんですっ!」
「お姉さまって……だからミコちゃん忙しいから……」
「だったらせめてコンお姉さまにしてくれればいいのに」
「コンちゃん面倒くさがって動かないよ」
ああ、見る見るダークサイドに呑まれていくのがわかります。
もう、たまおちゃんはあっちの世界に行っちゃったようです。
うー、お祓い棒を構えてます。
「ちょ、たまおちゃん、なにをするつもりです?」
「私、ポンちゃんを指名してなかったのに!」
「だ、だってわたしくらいしか人いなかったから」
「ポンちゃんがいなければ、ミコお姉さまかコンお姉さまが来るしか」
「え……」
ああ、今日のお祓い棒、いつもよりずっと強そうに見えます。
あの攻撃をよける得物、わたしは持ってません。
最初に会った時はフランスパンなんてあったんだけど、今日はそれこそたまおちゃんのホーム。
つまりわたしはアウェーなわけです。
「ポンちゃんがいなければ……」
ああ、もう、どうするかわかってるんです。
わたしをお祓い棒の錆にでもするつもりなんでしょう。
「ちぇすとー!」
来ました、お払い棒アタック。
わたし、ささっとよけ。
たまおちゃん、今度は横に払います。
わたしだって、さらに横に、そして社務所に上がりこんじゃう。
「ポンちゃんさえいなければ~」
「たまおちゃん、今日は本気ですね……」
「ポンちゃんさえいなければ~」
「うう……」
なんだかこっちの声さえ聞こえていない感じ。
「ちぇすとー!」
もう、逃げるばっかりです。
建物の中を走りまくり。
たまおちゃんは巫女さんルックだけど、自分の家だけあって機動力が落ちることはないです。
これはマズイ……あのお祓い棒の餌食になったら痛そう。
逃げながら、押し入れを開けました。
ともかくそこにあるものを投げます。
「えいっ!」
しまってあった服なんかをポイポイ投げます。
たまおちゃんお祓い棒で払って防御。
大物がありました。
投げてみると「こいのぼり」。
たまおちゃんのお祓い棒に当ってからまりました。
もたついてますよ。
今が反撃のチャンス。
押し入れの奥には、ちょうど得物になりそうな物がありました。
なんだかトンカチみたいなものです。
でもでも、トンカチにしては、ちょっと形が変かな。
「ちぇすとー!」
ああ、からまっていた「こいのぼり」解かれたみたい。
来ます、強烈な一撃が!
わたし、そのトンカチみたいなのでともかく防御。
「え!」
たまおちゃん、まさかの防御にびっくりしてます。
この間のフランスパンの時だってそうでした。
たまおちゃんの予想外だったみたい。
「もらったーっ!」
お祓い棒を押し返し、そしてトンカチみたいなのを振ります。
いや、トンカチみたいなの、結構大きいとは思うんだけど、すごく軽いの。
わたしでも簡単に振り回せます。
トンカチ、見事にたまおちゃんの頭にヒット。
★三つのダメージ、撃墜です!
お店のテーブルでたまおちゃんが手当てを受けています。
わたしは店長さんと一緒にレジから見守りながら、
「……そんな感じです」
レジにはちょうど、得物のトンカチみたいなの。
「襲われて、打ち出の小槌で撃退したと……」
「そうです、たまおちゃんわたしが配達に行ったのが気にいらないみたいで……」
今のたまおちゃんは、やられたはずなのにすごく幸せそうなんです。
ミコちゃんに手当てされていて、コンちゃんに話しかけられていますよ。
神社でミコちゃんとかコンちゃんとか言ってたもんなぁ。
「ちょ……店長さんっ!」
「なに、ポンちゃん?」
「ま、まさかわたし、今夜ダンボールで寝るとか!」
「こ、今回は正当防衛という事で、いいんじゃないかな」
わたし、打ち出の小槌を持って、
「じゃぁ、これは!」
店長さん、打ち出の小槌を触ったりしながら、
「ポンちゃん貰ってていいんじゃない」
「ど、どうして?」
「また、たまおちゃんに襲われた時、得物がないと困るだろ」
「……また、わたしが配達なんですか~」
わたしがぼやいたら、聞こえたのかたまおちゃん立ち上がって、
「て、店長さんっ!」
「なに、たまおちゃん」
「代金、倍払いますから、配達はポンちゃん以外で!」
む……たまおちゃんわたしが嫌いなんでしょうか?
ショックですよ。
え、違うんですか?
なんで? なんで!
さて、ここのところ、お外でお休み(ダンボールでお休み)がありません。
わたしも三クール目って事で成長したんですよ。
さて、わたし、お店で一番の先輩です。
そろそろコンちゃんにはお灸を据えないとだめですね。
打ち出の小槌でコンちゃん退治だっ!