第36話「人魚姫」
家捜しの時に発見したこいのぼり。
今回はこれを着てコスプレごっごでお話が始まるんです。
ふふふ、コンちゃんの術で貝の水着もゲットしました。
わたしが「人魚姫」で、店長さんが「王子さま」って設定。
悲恋な物語? ふん、そんなのふっ飛ばしてやるんです!
「コンちゃんコンちゃん!」
「なんじゃ、ポン」
振り向くコンちゃん。
「な、なんじゃ、おぬしっ!」
ふふふ、コンちゃんびっくりしてますよ。
そう、なんたって今のわたしは人魚姫なんですから。
「どうです、似合ってます?」
「ど、どこからそんなものを引っ張り出して来たのじゃ!」
「この間の家捜しの時にたまたま」
「たまたま……おぬし、それを今さら引っ張り出してそれかの!」
「似合ってる?」
「こ、こいのぼりに食われておるだけじゃろうが」
「ち、ちがうもん、今のわたしは人魚姫」
「に、人魚姫……」
そう、わたし、こいのぼりをはいている状態なんです。
「で、なんで人魚姫なのじゃ」
「それは人魚姫を読んだからです」
「……」
「子供の絵本はお店の本棚にたくさんありますから」
「それはたしかにたくさんあるが……どうしたものよのう」
「む……似合ってませんか?」
コンちゃん、わたしを上から下まで見ています。
難しい顔をして、
「ポン、おぬし、人魚姫はちゃんと読んだのであろうな」
「うん、子供の絵本だから、あっという間」
「ちゃんと読んだのかのう」
「読んだよ、これこれ」
「うむ、本を持っておるのかの、開いてみるのじゃ」
最初のページを開きます。
そう、人魚姫は王さまやおばあさま、お姉さん達と一緒に住んでいるんです。
「ほーれ、よく見るのじゃ」
「なになに?」
「人魚姫の格好はこうでなくてはのう」
「……」
絵本の人魚姫は水着ですね。
今のわたしはパジャマの上からこいのぼりなの。
「あー、それはちょっと」
「なんじゃ、ポン」
「わたしの水着はスクミズだけで、こんなのじゃ……」
「ふむ、では、どうじゃ」
コンちゃんが指を鳴らしたら、わたしのパジャマの上、貝の水着になっちゃいます。
「はわわ……なんかこっぱずかしい」
「人魚姫はこうでなくてはのう」
「う……まぁ、我慢します」
でも、コンちゃんまだ難しい顔をしてます。
「どうしたの、コンちゃん?」
「いや……わらわはちょっと、後悔というか、すまないというか……」
「?」
「わらわが最初に『鶴の恩返』しや『舌切り雀』の事を言わねば……」
「言わねば?」
「ポンもここまで壊れていなかったであろうと思って……」
「壊れてないモン!」
「それに、人魚姫でどうするのじゃ」
「それは店長さんにアタックするわけですよ」
「はぁ?」
「わたしは人魚姫で、店長さんが王子さま」
「ふむ……運命的な出会いとか、もろもろあるのう」
「そうですよ」
「しかし、確か人魚姫は悲恋な話ではなかったかの」
う、コンちゃん嫌な事言いますね。
そうです、最後は結局結ばれないんですよ。
「コンちゃんわかってません」
「は?」
「人魚姫の失敗はどこにあったと思いますか!」
「さ、さぁ……どこかのう」
「この物語の教訓は『悪いヤツに頼みごとをしてはいけない』なの」
「ほう……」
「だから、王子さまを助けた時点でしっかり居座るわけですよ」
「ほ、ほう……で、どうするかの?」
「王子さまを助けたご褒美とくれば、やっぱり結婚するしかないわけですね」
「いきなりじゃの」
「大体ですね、この人魚姫の絵本を見てください、よーく」
「ふむ、絵本がどうしたのじゃ?」
「人魚姫、なかなかかわいいですよ、遠慮なんかしないで、正面突破で結婚強要しても、きっと王子さまも嬉しいはず」
あ、コンちゃん黙り込んじゃいました。
まさかわたしが絵本の人魚姫に見劣りするとでも?
まぁ、確かに人魚姫にはかなわないかもしれないけど、まずまずってもんでしょう。
って、コンちゃん目がクリクリ動いてます。
わたしが振り向いたら、店長さんが苦笑いして立ってました。
「なにやってるかと思ったら、人魚姫ごっこ?」
「!!」
わ、わたし、貝の水着って思ったら耳まで真っ赤です。
こ、ここまで来たら、勝負に出るしか!
「ててて店長さんっ!」
「こいのぼり、押し入れから引っ張り出して……」
「結婚してください!」
「は?」
「人魚姫は王子さまの命を救ったから、結婚するしかないんです!」
「は、話が変わってない?」
「絵本の教訓その二……運命は掴み取れ!」
「なんか話がぜんぜん変わっちゃわない?」
「いいから、命を救ったのに、結婚しないんですかっ!」
「人魚のままじゃ、一緒に暮らせないしなぁ~」
って、なにダンボールを準備してるんですか!
「悪い魔法使いっ!」
「うわ、なんじゃ、わらわが悪い魔法使いかの?」
「そーです、わたしに魔法をかけるんです」
「は……さっき教訓で『悪いヤツ』とか言っておらんかったかの?」
余計な事、覚えてますね。
別にコンちゃんに魔法をかけてもらったり、術をかけてもらう必要はないんです。
はいているこいのぼりを脱いじゃえばいいんですよ。
「さぁ、店長さん、わたしは人間になりました、結婚して!」
「い、いつになく強気なポンちゃん……って、しゃべってるけど?」
「器の大きな魔法使いだったから、代償なんてなかったんです」
「はちゃめちゃだぁ~」
「さぁ、人間になりましたよ、さっきの言葉はウソなんですかっ!」
のってきました、今日は最後まで押し切れそうな予感。
「確か物語では人魚姫、妹っぽい位置付けじゃ……」
「がーん……」
もう、これだけ無茶して押しまくっているのに、店長さんコレです。
なんだか力が抜けちゃいました。
「店長さんはわたしが嫌いなんだ、クスン」
「……」
「わたし、泡になって消えちゃうんです、クスン」
「……」
「泡になって、ふわふわお空に飛んでいって、消えちゃうんです、クスン」
「これ、店長、いいかげんにポンの気持ちを汲んでやらんかの」
お、めずらしくコンちゃんの援護射撃。
「これだけポンが芝居かかったプロポーズをしておるのに、女に恥をかかすつもりか?」
す、すごい、コンちゃんが神さまに見えます。
「泡になるまえに、せめて食ってやるのじゃ」
い、いきなりそーきますか!
でも、まぁ、この際一気に大人な世界もいいかもしれません。
えへへ、わたし、不法投棄な本で勉強しているから、なんだってOK。
コールサインはエロポンなんです。
「わらわが準備してやるで、店長はそやつを抱えて来るのじゃ」
コンちゃんサンキュー。
わたしが店長さんと結ばれても、コンちゃんはお姉さんって事で一緒に住んでもいいよ。
コンちゃんが指を鳴らす音。
きっと大きなベットとか、出しているはず。
い……いや、なにか大きな釜がグツグツいってます。
「ちょ、コンちゃん、その大きなのはなんですか!」
「見てわからんか、釜に決まっておろう」
あ、コンちゃんポイポイ食材を釜の中に入れてます。
「ポンが泡になる前に、狸汁にして食ってしまうのじゃ」
む、コンちゃん悪魔に見えます。
食うってまさにその通りだったんですね。
レッドのたくあんと店長さんのメザシがトレードされて会話終了。
「で、ポンちゃん」
「あ、レッド、メザシで喜んでいますよ」
「うん、そーだね、レッド、子供、俺、独身なのに」
こう、居候が増える度に、なんだかわたし、肩身が狭いです。