最強を求める乱入者(後半)
コメディタッチがだんだんと……
戦闘描写は時間のある時にもう少し書き込んでみたいですね。
四人が向かった先は学園の公開闘技場としても使われる円状の演習場だった。
舞台にはどうやら先客がいるようだった。
「ギル、言われた通りこの場所取っておいたけど、壊さないでよね」
そう言って手の中の鍵を器用に回す女。
どことなくギルベルと似た外見を見てコスモは思い出した。
(そうよ、ギルベルには確かアズベルという双子の妹がいたはず)
「あぁ、できる限りな。っとこれ持っておけ」
そう言って背中の大剣をアズベルに渡す。
重さのあるその大剣を不自由なく受け取れる彼女も、またかなりの力の持ち主なのだろう。
そうして、ギルベルはそのまますたすたと備え付けの用具置き場に入る。
ウォーレンも躊躇いなく後に続く。
ギルベルの行動は訓練用に用意された刃引きされた得物を使うという意味でなんら違和感のないものだったが、ウォーレンもそこへ入る様を見てコスモが違和感を感じる。
「お前、剣も出来るのか?」
「えぇ、流石に剣と杖では無粋ですしね」
「ガハハ、違いねぇ!」
自身の持つ大剣より長さの短い大剣を担いだギルベルと、片手に剣を持ち杖を用具置き場に置いてきたウォーレンはそんな会話をしていた。
その会話を聞きながらコスモは、少し意識が遠くなるのを感じた。
ウォーレンが剣を使える等といった話を彼女は聞いたことがなかった。
親友のアリストを見てみるが、彼女もまた首を振る。
しかし、軽く剣を振るウォーレンの姿は妙にさまになっていた。
少なくとも一朝一夕に覚えた剣では無さそうだ。
その事にコスモは安堵の息を吐く。
隣のアリストはウォーレンが剣を振るう姿に興奮を隠せていない。
闘技場に立った二人はどちらからともなく対峙した。
開始の合図があったか、定かではないが二人はほとんど同時に動き出した。
先に仕掛けたのは、意外にもウォーレンであった。動き出すと同時に一気に加速し、最短距離を駆け抜ける。
そうして放った最速の突きを、ギルベルは受けるのでもかわすのでもなく、強引に薙ぎ払った。
この選択が出来るという事はウォーレンの突きを目視出来ており、またそれに反応するだけの瞬発力があるという事だ。
弾き飛ばされた片手剣を強引に引き戻し、ウォーレンは次の一撃に備える。
ギルベルが繰り出したのは距離を取るための牽制の縦切り。ウォーレンは半身になってかわすが反撃までには至らない。
ギルベルは与えられた距離を生かし、今度は油断なく構える。
大剣と片手剣ではリーチの長さと、剣撃の小回りがトレードオフとなる。
だから、懐に出来るだけ入れないようにする。それが鉄則。
対するウォーレンは小刻みにステップを繰り返し、相手の隙を伺う。
叩きつけるように剣を強引に払いのけられたため、若干の痺れが右手に残る。
……それは彼にとって久しぶりの感覚だった。
一合、二合と打ち合いが進む度に、戦いはどこか現実味を失っていくように外野の三人は感じた。
アリストやコスモ、アズベルは噂としてはお互いの相手の事を知っていたのであろう。
噂とは誇張されるもの。だから、ここにいた誰もがこの場の光景を予想できなかった。
そして、当たり前の話ではあるが噂は彼らの実力の"上限"を示したものではない。
熱くなった戦闘はジリジリと互いを限界の際まで放り込んでいく。
アリストは何もかも忘れ、ただ目の前の戦いに見入っていた。
この戦いは彼女が欲しがっていた"続き"の一つだ。
――剣と魔法。
確かに形は違う。
でも、確かに彼女を惹きつけて止まない"何か"があった。。
ウォーレンの剣捌きは見事の一言に尽きた。
ギルベルの剣撃はどれも重さのある一撃。
受け流すという動作一つを取っても、受け手には些細なミスも許されない。
しかし、そんな重圧の中でもウォーレンはブレない。
押されているような場面でも、不思議と彼が圧倒的な劣勢に追い込まれる未来が観客の三人には想像出来なかった。
対するギルベルはその真逆を行くスタイル。
ウォーレンの剣には重さがないが、それを補う疾さがあった。
それは、戦いの中、何度もギルベルの身を脅かす。
しかし、不思議とその身までは届かない。
致命的とも言える隙も彼の持って生まれた才能が埋めてしまう。
瞬発力の高さもそうだが、何よりも"勘"が良い。
ウォーレンの緩急自在の攻撃も唯の一振りで切り抜けてしまう。
決して上手いとは言い難い。華やかさとは無縁の無骨な剣だ。しかし、見るものを確かに魅了する。
終わる事の無いように思われた物語は、唐突に終止符を打たれた。
それは、ウォーレンがこの試合で初めて見せた隙だった。
彼の冷静な試合運びは、この場の誰一人にもその疲労を気づかせる事はなかった。
彼が自身に用いている身体強化の補助魔術は確かに他の追従を許さないほどに優れている。
しかし、その元となるのはあくまでも魔術師の身体。
重さの乗った一撃を受け損ね、あっさりと剣が彼の手から溢れ落ちた。
ギルベルは最後の油断すらなく、剣を薙ぐ。
剣を持っていなくても体術がある。
それぐらいギルベルはウォーレンの事を評価していた。
周囲の悲鳴が上がる間もなく、剣はウォーレンの首へと吸い込まれたかのように、――三人には見えた。
カツンと剣が伝えた違和感に、ギルベルの全身から汗が噴き出る。
それがウォーレンの張った魔術障壁だと気づく前に、閃光が彼を襲う。
それが光の魔術だといち早く察したのは、外野で決着を見ていたアリスト。
最後の瞬間を追えたのもまた彼女だけだった。
魔術が生み出した一瞬の空白にウォーレンは身を滑り込ませた。
放ったのは顎への掌打。
……昨日の光景が蘇る。
そして、鈍い衝撃音と共に光から吐き出されたのは……ギルベルの大きな体躯だった。
観客から歓声は上がらない。
ただ、パチパチという小さく乾いた拍手が静寂を少しずつ塗りつぶした。
誰も言葉が出ない。それに尽きた。
もし、仮にこれが国内の剣術大会の決勝戦だと言われても、誰も疑う事はないだろう。
それほど、レベルの高いやり取りがこの場で交わされていた。
そして、同時に悟る。自分達と彼らの間に存在する長い道のりを。
アズベルにとってギルベルは双子の兄であり、粗暴ではあるが頼りになる兄であった。
学園を出たら二人で世界を旅するという話もあったが、それはきっと幻想に終わるだろう事にたった今気付いてしまった。
確かにギルベルは元々、腕っ節が強かったが、それは虎族の者の特徴が色濃く現れただけであった。
身体能力と天性のセンスがあれば、戦闘など大抵上手くいくと、ギルベルは常々言っていた。
剣の師も故郷の父も、ギルベルにきちんとした技術を伝えようとしていた。
しかし、ギルベルは彼らの言葉を聞かなかった。技術は弱い者のためにあり、強者の王道ではないと。
彼の身体が成長するにつれ、誰もその言葉に反論を返さなくなっていった。
それぐらいに彼は才能に恵まれていた。
だが、今日ギルベルは彼の言う王道を捨てるだろう。
さもなければ、闘技場の真ん中に肩で息をしながら立つ青年に二度と追いつけなくなるのだから。
コスモは戦いの最中、気が気でなかった。
ウォーレンが上手く剣を捌いているという事実は彼女の頭の中にあまり入ってこなかった。
ただ、ウォーレンがあの大剣の嵐の中にいるという事が恐ろしかった。
とにかくただ無事に全てが終わる事を願っていた。
しばらくして息が整ったらしいウォーレンは声を上げた。
「今のが魔力放出ですよ、委員長。あの位なら倒れる事も無いです」
コスモとアズベルは何の話か理解が出来ない。
アリストは何か考えこむように小さく「ふむ」と漏らしただけだ。
「それとコスモさん。回復をお願いしていいですか……ギルベルさんの」
わめきたくなる衝動を抑え、コスモはギルベルの治療に当たる。
昨日は全く見せ場が無かったが、コスモの魔術特性は癒し。
綺麗に意識を刈り取られたギルベルの具合を見ながら、コスモは慣れないため息をついた。
まぁ、オチはこんな感じの定番オチで。
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