懐かしき一撃
この章からメインストーリーとなります。
ウォーレンは実技の授業が苦手だった。
正確に言えば授業の内容ではなく、その雰囲気が苦手であった。
その思いは2年次に上がってSクラスに組み込まれ、ますます強くなった。
クラス分けは1年次の成績で決まるため、Sクラスの面々は誰も彼もがその身に平均より高い魔力を宿していた。
魔術師の世界には血統という言葉もあるぐらい、血筋と魔力の量は密接に関わっている。
何代にも渡り魔術師を輩出している家系はその分、色々な場所へと顔が利く。
そんな家で育ったからだろうか。クラスメートはみな総じてプライドが高い様にウォーレンは感じられた。
魔力量による格付けとも言えるだろう。見えない圧力の様なものを日々の生活で感じていた。
形式だけの勝ち負けにはウォーレンはあまり拘らない。
だから、実技の対戦形式の授業でも、魔力の低い自分が"手を抜いて"序列通りの場所に収まることも別に抵抗はなかった。
……もし、師が送ったウォーレンという名がなかったのならば。
師の名を背負って半端なことは出来ないという枷が、彼を無理やり戦闘へと向かわせる。
妙な所で律儀な彼の性格も災いをした。自分より魔力量において遥かに格上に当たる相手を倒す度に、苦々しい笑みを見せる。
もっともそんな表情に気づいているのは、教官をやっているアリエッタぐらいだろう。
他の学生は野次を飛ばすことで精一杯で、彼の心理状況にはまるで到達出来てない。
余談だが、ウォーレンという名を持った魔術師はこの世界に数多に存在する。
一昔前に国という枠を超えて片っ端から英雄譚を打ち立てた一組のPTがあった。
そのPTのブレインで、最大の火力を持った魔術師、それがウォーレンという名の魔術師だった。
暴れまわる火竜に対して、"火属性"の魔術を用いて消し屑にしたとか、堅牢の名を持つ城壁に対して真正面から半径50m程の穴をぶち開けたとか、その手の噂には事欠かない。
英雄譚では決してメインのストーリーで語られる事はないが、人外の災害を引き起こす話の流れになると、必ずと言っていいほどこの"ウォーレン"という魔術師の名前が出てくる。
そんな事情も有ってか、我が子に"火属性"の才能があると、彼にあやかってウォーレンと付け出す親が後を絶たない。
ウォーレンも師からこの名を贈られた。
しかし、それは一般家庭の生暖かい話とは別の次元にある話だ。
彼は師からウォーレンという名を"正統"に受け継いだ。
この事を知っているものはこの学園では、昔のウォーレンと旧知の仲にあたる"学園長"ぐらいであろう。
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「はっはっはっはっはっ! これで今日から主がウォーレン。儂は"歩く魔力災害"という二つ名で生きる事となる。首を磨いて待っているから、ちゃんと殺しにくるんじゃぞ?」
師の名前を渡される事は素直に嬉しいと青年は感じていた。自身の実力が一定以上あると彼に評価されているからだ。
しかし、同時にその重みも感じる。その事に葛藤しているウォーレンを目の前の老人が笑う。
それが、青年には腹立たしい。
別れの言葉は淡々とその口から紡がれた。なにせ、今生の別れではない。
――青年はまだ目の前の師を超えてはいない。
「今までありがとうございました。あなたを超える"魔術師"になりましたら、また手合わせをお願いします」
きっと彼の師が望む言葉はこれだったのだろう。愉快そうに笑う師を背に青年――ウォーレンは歩き出した。
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ウォーレンは弱いもの虐めとも言えるこの授業をいつもただ淡々とこなしていた。
得られるものは魔術の戦闘技能ではなく、自分の気持ちと師の名を背負ったプレッシャーの板挟みの中で、どこまで冷静に心を鎮められるかという精神の技術。
後味はいつも苦かった。そして、クラスメートの辛辣な視線。だから、ウォーレンは実技の授業が苦手だった。
そんな授業風景に変化が現れたのは、いつの頃だっただろうか。
2年次に上がった直後の4月頃には腕自慢の魔術師がこれでもかと挑んできていたが、5月になるとその動きはなりを潜めた。
直接喧嘩を吹っかけて無様に負けるよりも、遠巻きに侮辱の言葉を投げかけるのが、正攻法だと認識したらしい。
だてにSクラスの魔術師はやっていないとウォーレンは嫌味ではなく素直に賞賛した。
そんなSクラスにも変わり者の女がいる。
アリスト・フォン・グレイシー
この国では割りと名の通った魔術の家系グレイシー家の一人娘。
アリストを最初に見た時のウォーレンの感想は、魔力持ちとしては十分に高い素質を持っているが、魔力の濃度もその存在もいかんせん"薄い"というものだった。
容姿は確かに周囲の目を引くだろう。背まで伸ばした赤みの混じった褐色の髪は、光に晒せば鮮やかな緋色を返す。
切れ長の目も非常に特徴的であり、その眼差しは同性すら魅了する。
しかし、ウォーレンが彼女に見るのはその"内面の赤"。
火の属性に愛されているのだろう。周囲が霞む程のものは彼女も持っている。
しかし、ウォーレンは火属性の頂点を知っていた。彼女の中の赤を感じる度に、師の美しくも暴力的で、そして再生すら思い起こさせる"本物の赤"が頭をよぎる。
だからだろうか。彼にとっては魔術科の才女もそこら辺の生徒となんら変わりがない程の違いしか見い出せなかった。
そして、その認識が誤りであったことにウォーレンは徐々に気づき始める。
他に挑戦をする生徒がいない事も原因ではあったが、5月からの実践授業は"全て"このアリストから名指しで指名を受けた。
そのためウォーレンはこの授業の度に彼女と手を合わせるようになる。
彼が驚いたのは彼女の成長速度と負けん気の強さだ。
最初の一試合など、彼女の魔術の発動を待つまでもなく、一方的に吹き飛ばして試合終了の合図を迎えた。
しかし、今ではウォーレンが接近する微かな間を縫って魔術を発動を行い、自身も常にウォーレンから距離を取るように立ち回りを続けている。
もっとも実力差があるため、実質的な魔術の会合は3合から5合程度、その短い経験で彼女は次のステップへの糧を的確に掴んでくる。
似たようなシチュエーションでは一度防がれた魔術は発動しないか、改良を加えたものを必ず用意してくる。
ふと、ウォーレンは既視感を覚えた。そう、これは幼き日のウォーレンと師のやり取りと似ている。
もちろんそれよりもレベルは低いものだったが、彼女の中にある必死に努力して強くなるという思いに、ウォーレンはそっと心の中で拍手を送った。
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この日もウォーレンは授業にてアリストと対峙していた。
ウォーレンにはアリストがいつもと比べて少し緊張をしているように感じられた。
それが、何を意味するものなのかウォーレンは把握しきれないまま戦闘へと入る。
初撃はもちろんアリストからの遠距離攻撃。視認しづらいエアロ・ブレットを時間差をつけて放つ。
風の弾丸は彼女の赤褐色の髪を揺らすと、ウォーレンへと一直線に向かう。
これは、彼の歩みを遅らせるための定石の一手。
ウォーレンは接近の邪魔になりそうなものだけを杖で器用に弾く。
彼の態勢は崩れることはない。しかし、彼の意識が若干上へと向いている事を確認したアリストは、次に土属性の魔術を地面へと潜ませる。
そして、詠唱。
「光よ!」
座標指定された光がウォーレンの視界を覆うが、彼の視界は対となる闇魔術の補助によって正常に確保されたままだ。
アリストは即座に地面に潜ませていた拘束魔術アース・バインドを発動させるが、これは彼にはお見通しのようで、あっさりと跳躍により避けられる。
幾度となく繰り返された光景。その場にいたクラスメートの誰もがそう思った。どの魔術も過去のウォーレンとの戦いで披露されたものだ。
この時点で、今までの戦いをなぞるようにして、周りの目を欺くというアリストの目論見は半ば成功していた。
――二人に残された距離は僅か10m。
ウォーレンが感じ取っていたのは、些細な違和感。
それは、彼女と何度も向き合っているからこそ感じたもの。
(動きが今までとあまり変わらないですかね……?)
アリストというクラスメートは基本的に向上心の塊のような人間とウォーレンは感じていた。
この学園にやってきてから様々な生徒と戦いを繰り返してきたが、その多くは1度目の戦いで心が折れ、2度目の戦いを挑む気力さえなかった。
しかし、アリストは違った。全ての実力を出し切り、それでも駄目ならば次の戦いには新しい手を用意する。
それは向き合っていて好ましく感じる行為であった。
思考はするものの彼の身体は無意識に動いていく。彼女の最後の魔術と思われるファイア・ブラストは僅かに彼の髪を焦がすが、それに構わず彼は間合いに入る。
そして、ウォーレンはいつものように腰溜めから、杖による突きを彼女へと入れようとした。
それは、アリストでは反応出来ない速度の攻撃。二人の距離が一気に詰まる。
――互いの視線が交錯した。
ウォーレンには彼女の目が微かに笑っているように見えた。
そして次の瞬間、爆発的に膨れ上がる魔力をウォーレンは感じた。
それはどこか懐かしいものだった。
余計な感覚に気を取られたウォーレンの防御魔術は彼の最速を下回る速度で構築される。
その間だけで彼女にとっては十分だった。
――耳を割るような轟音。
そして、ウォーレンは成す術なく吹き飛んだ。
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