迷宮での遭遇者
視点は学園から変わり迷宮へ。
ストーリーが進めば、こういう場所にも舞台を移したいなと思います。
「こいつはマジでヤバいな。……世界は広い」
ぼそりと呟いたのは、とある冒険者PTのリーダーであるグイン。
ここはルーエンス学園を擁する学園都市の近郊の迷宮。
迷宮としての難度は中級の部類に入るが、最奥までの攻略は何年も前に終わっている。
それでも湧き出る魔物の素材目当てに探索を続ける冒険者も多い。
リスクを負いたくないものは迷宮の低層を、より高みを目指すものは迷宮の深層を徘徊している。
グインをリーダーとするこのPTもそんな冒険者達の一部に含まれる。
もっとも彼らの目指すものはもっと先の栄光だった。
この迷宮の最奥まで辿り着いたら、次のステップへ進む。それは遠くない未来の話であるはずであった。
そして、それだけの実力は兼ね備えていると彼らは信じていた。
この日も彼らは迷宮の最奥付近を探索して、戦闘経験を積むという日課を繰り返す。
……彼らの日常に紛れ込んだのは小さな異分子だった。
迷宮の最奥付近を10代半ばであろう青年が歩いていた。
右手に杖を持ち、纏うのはありふれたローブ。
足取りはしっかりとしていたが周りには他の人物はいないようであった。
グインは彼に迷わず声をかけた。
迷宮を一人で歩いているなんてPTが全滅したか、または敗走のうちにはぐれた等、何かが起こったに違いないからだ。
小奇麗な格好をしていることについては、後衛職だから難を逃れることが出来たのだろう。
そう"勝手な"当たりをつけた。
同じ冒険者なら助け合うのが当然だと思っているグイン達は、彼から詳しい話を聞いた。
しかし、その話は要領を得ない物であった。
彼はPTは組んでおらず、一人で迷宮に潜っているらしく、今も何も問題なく迷宮を闊歩している状態だという。
それは、グイン達の常識から照らし合わせてあり得ない話だった。
迷宮に一人で挑むということ。
それは、口で言うほど容易いものではなく、例えランクの高い冒険者であろうとしない行為。
迷宮は外界とは違い逃げ場が圧倒的に少ない。その事は、継続戦闘の困難さを表している。
それ故に、PTにはきちんとした治癒術師が必要で、それを守るために前衛の戦士を配置し、その攻撃を補うために魔術師が補助を行い、迷宮の安全探索のために盗賊をメンバーに入れる。
冒険者であるなら、いやある程度の年齢になれば子供でもわかる迷宮の常識だ。
自尊心を持つことは悪いことではないが、それは命と天秤にかけるべきではない。
グイン達は有無も言わせず青年を保護した。
青年の名前はウォーレンというらしい。
まだ、ルーエンス学園の学生だという。
グイン達はふと懐かしさを思い出した。
何を隠そう10年程前までは、彼らもその学園に通っていたのだ。
卒業後、様々な道がある中で彼らは冒険者となることを選んだ。誰一人反対することなく、ごくごく自然にその後もPTとしてあり続けた。
これもまた何かの縁だとグインは思った。
「ウォーレン君は後ろで戦闘を見ていてくれ。後学のためにもちょうど良いだろう」
ウォーレンは静かに頷いた。
この迷宮で彼が冒険者に遭うことは過去にも"あった"。
しかし、こんなにも無遠慮な好意を向けられたのは初めてであった。
PTにお荷物を一人抱えるということは、それだけ非常時のリスクも高まる。
合理主義のウォーレンとしては、他の冒険者の安否など気にかけないといった選択が間違っているとは思わない。
それは師やその仲間達から聞かせられていた冒険者像とはかけ離れていた実態。
しかし、ここに来て初めて冒険者にも変わった人達がいることを感じていた。
もちろん、師やこのお人好しのPTの者達が"変わった人達"だ。
だが、悪くないと彼は歳相応から、かけ離れた感想を抱いていた。
その後、ウォーレンを加えて探索を続けるPTの中で初めに違和感に気づいたのは盗賊の男、ギースだった。
「先程から戦闘に入ると妙に身体が軽く感じるように……思う」
ギースがこの違和感にいち早く気づいたのは、彼が己の感覚操作に長けていたからだ。
言葉少なに語った内容にPTの面々は顔を見合わせる。
言われてみれば思い当たる節が各々にあるようだった。
訳の分からぬ状態のまま彼らは次の戦闘へと突入する。
そして、その原因は明らかとなる。
「ウォーレン君だったか。君、魔術を使っているね? 補助系の」
戦闘中に後ろのウォーレンを振り返りPTの魔術師、エレナはそう断言した。
身体のキレが増していると自覚した前衛陣の動きはもはやサポートする必要すらも感じられない程に相手を圧倒していた。
また、不意を打ってウォーレンに話しかけたのは、彼女にとって確かめたいことがあったからだ。
「はい、タダで保護されるというのも申し訳ないので。あとウォーレンで良いです」
言葉を返す青年の視線はリーダーのグインや盗賊のギース、槍を振り回す戦士、アッシュから離れない。
そして、彼らの奮闘は続いている。
「しかも、無詠唱ときたもんだ。補助特化か?」
集中を乱すようにエレナは言葉を続けた。
何が彼女にそうさせたのかは定かではない。
彼の才能に対する嫉妬か、それとも彼の力をもっと知りたいと思ったからなのか。
「どちらかというとそうですね。魔力の容量が少ないので」
的確に魔術行使を続けるウォーレンの姿を見て、エレナは確信に至った。……彼は本物だと。
確かに彼の言葉の通り、彼の魔力は少ない。
事実、今現在に至るまで彼のことを魔術師だとは彼女は思っていなかった。
魔術師然とした風貌をしているにも関わらずだ。
魔術師は初見でお互いのだいたいの力量を感じることが出来る。
それは、互いの魔力のだいたいの量を測ることができ、また魔力を隠していたとしても、それが出来るだけの技量があると分かるからだ。
魔力の量はそのまま魔術師の力量に直結する。
魔術師界では半ば常識と化した現実。
事実、歴史に名を残した魔術師は圧倒的な魔力を誰もが保有していた。
そんな常識と、彼女の学園時代、冒険者時代といった今までの経験から、彼女は初見でウォーレンが魔術師ではないと判断していた。
どちらかというと杖、その他もろもろの装備は全てフェイクで盗賊の様な身軽さを生かした戦闘を行うのが本職のように思えた。
しかし、その実態は大きく違った。
彼女がこの時、感じたのは純粋な尊敬の気持ち。
自分よりも10も年下、それも魔力極小の魔術師がこれだけの腕を持てるのかと彼女は驚嘆した。
ウォーレンが起こしている事象の難度を正確に把握できるのは、このPTでは魔術師である彼女しかいなかった。
彼の魔術は後衛の"彼女"にもかかっていた。
つまり最低でも彼は無詠唱での魔術サポートをPTメンバー四人に行使していることになる。
おそらく治癒術師にも行使されていることは、想像に難くない。
無詠唱で五人の補助だ。並列魔術といった次元ではない。
もちろん全員に常時魔術をかけ続けると言うよりは、状況を適切に判断して、魔術のオン・オフを切り替えているだろう。
しかし、それでもそんな事象を彼女は聞いたことがなかった。
例え使用されていたのが、負担の少ない補助魔術であったとしても。
「ウォーレン。こそこそしなくていいから、そのままサポートを続けてくれ。もちろん詠唱も行なってくれて構わない」
彼女は知りたかった。……まだ学生だという彼の限界を。
「わかりました。前衛の皆さんに警告をお願いします」
彼の意図することはすぐに察することができた。
つまり、上がり過ぎる身体能力に"振り回されるな"という事だ。
「グイン、アッシュ、ギース! これから補助魔術を全力でかける。各自、自身の力がいつも以上に強化されているとしっかり認識しながら戦ってくれ!」
3人からはそれぞれ了承の声が上がる。
その声をきっかけにウォーレンの身体からは光が溢れる。
今までの隠蔽された状態のものとは違う正常な魔術行使の有様だ。
幾つもの魔術の構成が浮かんでは消えるといったことを繰り返している事が、エレナの目には見て取れた。
「ヒィッ!」
この段になって治癒術師、マクベルは事の異常さを正常に認識し始めた。
思わずこぼれ出た悲鳴は、彼女の心境を如実に表していた。
……余りにも技量が高すぎると。
気がつけば戦闘は終わっていた。彼が魔力行使を正常に行なってから僅か10秒。
実際に魔物を手に掛けた前衛の3人ですら状況を認識できてない。
「エレナ、説明してくれ。一体何が起こったんだ?」
いち早くフリーズした状態から復帰し、状況を冷静に把握しようとするのは伊達にリーダーを勤めていないグイン。
自身の得物の大剣を背の鞘に収めると、つかつかとエレナの元へと歩みを進める。
内心の動揺を微塵も外に出さずにだ。
「彼は魔術師だったんだ。それもとびっきり有能なレベルの」
有能で済ますことのできる話ではないと、後ろで聞いていたマクベルは思ったが、口には出さなかった。
異常な事が起こったことは、実際に体感している前衛三人の方がより感じていると思ったからだ。
そして、それよりも気になることがあった。
「あの、魔力は大丈夫なんですか?」
この疑問はエレナも感じていたが、戦闘中に使われた魔力は驚くべきことに彼の許容範囲内であった。
彼の魔力容量は、エレナの30分の1と言ったところか。
魔術師として生きていくためには、あまりに少なすぎる魔力量。
入学に寛容な学園でも、この潜在能力で魔術科に入るのは難しいといった、そういうラインだ。
「はい、元々魔力が少ないので、回復だけは早いんです」
少しだけ的はずれな回答を聞き、エレナはウォーレンのスペックを把握し始めていた。
(つまり、先ほどレベルの魔術行使は彼にとっては特別なことではなく、魔力はその回転量で補っているということか)
エレナと同じ速度で魔力が回復しているとしても、その量は自身の魔力量の割合比に換算するとエレナの30倍になる。
それを彼は回復力が早いと称しているのだ。
(全くもって馬鹿げている。世の中の魔術師が聞いたら発狂するな)
「ウォーレン君。もし、良かったら次の戦闘からもこのままサポートを続けてくれないか?」
提案したのはリーダーのグイン。
それはこの場限りの利益ではなく、もっと先を見据えたもの。
彼が先ほどの戦闘で感じた感覚。それは唯の身体強化などと言った言葉では生ぬるいものだった。
筋力や速度が強化されると云うよりも、もっと別の何か。
……あえて言葉に表すなら"誘導"か。
この場所、このタイミング、この角度、この速度で切れと彼の魔術にかけられたグインは言われているような気がしていた。
僅か10秒ではあったが、彼を支配していた全能感。
この感覚、この経験は必ず後の大きな糧になると、グインは感じていた。
アッシュ、ギースはこの時点ではそこまで深く何かを感じていたわけではなかったが、自身の戦力が上がることに文句はないため、それに同意した。
「ウォーレンでいいですよ。グインさん、皆さんもよろしくお願いします」
そう深々と頭を下げるウォーレンは自身の力に溺れずに、どこまでも礼儀正しい好青年であった。
この日、探索を終えたグイン達一行は街へと帰還する。
冒頭のグインの言葉は誰に聞かれるでもなく、ひっそりと呟かれた。
ウォーレンに対する賞賛だったのか、それとも本気で頂点までいけるつもりでいた自身の見通しの甘さを感じてのものだったのか、それは分からない。
ただ、残ったのは以下の事実だった。
この日、グイン率いるPTはこの迷宮の最深部への到達を成し遂げた。
しかし、彼らが次のステージへと進むのは、まだ先の話となる。
正確に言えば、この日、この場所で、このPTは一度解散することとなった。
それは誰からともなく言い出され、決定がなされる。
まだ若いたった一人の魔術師によって与えられた刺激はあまりにも大き過ぎた。
それは悪い意味ではない。
グイン達三人の前衛は自身の身体が思った以上に動く可能性があることをこの日知ったのだ。
その想いは後衛を務めるエレナやマクベルも同様であった。
魔術を使うという事。その事の持つ意味、可能性を目の当たりにしたのだ。
この解散は各々が持つ技術を昇華させる期間として与えられた。
彼らは後にPTの再結成を果たし、一流の冒険者への道を駆け上がっていく事となる。
それは奇しくもウォーレンが歴史の表舞台へとは登場する時期と重なる事となるが、今はまだ誰もその事を知らない。
コメディ色のない話です。
淡々としたこういう話を続けて書いてみたいのですが、どうしてもキャラクターが喋ると笑いを入れたくなります。




