集合住宅の騒音
ポロン、ピロン。どこからかピアノの音が聞こえてくる。今日はピアノの日か、と思う。毎日毎日どこから聞こえてくるのかわからない騒音がする。我が家は一軒家で夫婦二人暮らしなのに、同じ建物の中から聞こえるような音で存在しないピアノや子どもの足音が聞こえてくる。昔アパートに住んでたときみたいだ。あのアパートはほとんどが両親と子ども一人か二人という家族だったから毎日どこかしらから子どもがうるさくしているような音が聞こえてきていた。子どもはそういうものでお互い様という意識があったから問題になったことはなかったけど、それでも親からは静かにしなさいと怒られたものだ。けどそんなアパートでだってピアノの音なんて聞いたことはなかった。あのころだって騒音問題は殺人事件が起きてもおかしくないことというのは常識になっていたと思うし、その中でも有名な事件がピアノであるという認識だってあったと思う。だからアパートの中で伝わるピアノの音なんて聞いたことがあるわけがない。それなのに今この家で聞こえる子どもの足音もピアノの音も、なぜか集合住宅のどこかから聞こえてくる音だと認識している。そんなはずはないのに。
隣にはアパートがある。というかこの区画は東半分は一軒家が並んでいて西半分にアパートが並んでいる。我が家はその境目近くの一軒家だから西隣はアパートだ。最初はそっちから子どもの足音もピアノの音も聞こえてくるのかと思った。けど家の外、そのアパートの目の前の道路に立ってもアパート内の音なんて全然聞こえない。それでも我が家に戻るといつも通り子どもが走り回るような足音がしていた。やっぱりこの家の中で発生している音なんだろう。そんな音がするものなんてないのに。一回ラジオみたいな音の出るものが本当にないかどうかを家中確認したことがある。知らないラジオとかがあることは怖いかもしれないけど音の発生源が不明なままよりましだと思ったから。途中から大掃除みたいになったけどもちろんそれらしい音の出るものは一つもなかった。一応古いスマホとかは出てきたけど、それらは全部電源が入らない状態になっていたし、それを見えるところに置いてもどこかこの家の中のこもった場所からいつもの音は聞こえてきた。
ピアノの音も子どもの足音もいつ鳴るかわからない。朝聞こえる日も夜聞こえる日もある。昼間は休日も含めて大概家にいないからわからない。眠りが浅い日なんかはその音で起こされることだってある。どうしようもなくて誰かに話を聞いてもらおうと、とりあえず友人との飲みの場で話した。けど結局こいつに話したのは失敗だったと判断することになった。
その友人はホラーが好きだから土地の仕業だのなんだのとホラー風味の味付けで説明を付けてきた。あれやこれやと説明を捏造するそいつはしまいに土地がもとは墓地だったんじゃないかとまで言い出す。墓地だったからそこの住人が自分たちの上から出て行きたくなるように不審な音を立てるのだと。我が家に対してなんて言い草だ、と怒ってもよかったかもしれない。でも、騒音は殺人事件が起きるほどというのは常識なんだろという言葉で納得してしまって、怒ることもできなかった。
あいつに相談なんてするんじゃなかった。土地の仕業なんて、そんなわけないじゃないか。そう思うのになんとなく気になる。これが最初の意見だからだろうか。それとも一旦納得してしまったからだろうか。ここが墓地だったなどとは聞いたことがないけどそれでもこの辺りに住むのはこの家を買ってからである以上わざわざそんなことを教える人もいないだろう。
一度気になるとどうしようもない。でもこのあたりのことを聞けるほど昔から住んでいるような人もわからない。近所の人とはそんなに関わりがない。どうやったらこの土地のことを調べられるだろうと考えてたどり着いたのは図書館のレファレンスだった。図書館になら地元の古地図やそれが載っているような本があるかもしれない。それをネットで調べて知ったので近くの図書館に行く。
そうして調べると確かに家の近くは墓地だった。でも家がその跡地に建っているわけじゃない。墓地だったのは西隣のアパート、というより家のある区画のうちアパートが並んでいる西半分がもともとは墓地だったらしい。墓地をなくした後、何か会社の寮を作ったけれどそれを数年で取り壊して今のアパート群があるという話だ。そして我が家のあたりはアパートが昔は建っていたらしい。一軒家が並ぶ東半分のうちの南側には墓地の管理をやっているお寺があったらしいけど、そのお寺も墓地と一緒に閉じたということだ。我が家はそのお寺の北隣に建っていたアパートの土地らしい。
土地の仕業だのもとは墓地だの、友人の言葉に惑わされ過ぎた。土地の仕業というのは合ってるかもしれないがそれなら墓地だったなんて吹っ飛んだ発想じゃなくて集合住宅があってそこで起きたことが土地の記憶というか残留思念みたいに残っているという方が理解しやすい。だってこの音は集合住宅での騒音に似てるんだから。そこまで考えて十分友人の言葉に影響を受けているんじゃないかと思い直す。端から端までオカルトだ。普段ならこんな考え方はしなかったはずなのに。
「最近顔色よくない?」
「うるさいのがなくなったからよく眠れるようになって」
「うるさいのって?」
「ラップ音? 家鳴り? みたいな、なんか音がずっとしてたんだよね。でも寝不足でイラついてたときにそんなにうるさくするなら出てけ! ってキレちゃってさ。そしたらどこに行けばいいのかみたいに聞いてくるから隣でも行けば? って言ってみたの。それから音しなくなって」
「ラップ音みたいなやつが出てけを素直に聞いたの? そんなこともあるんだね。意思疎通できるもんなんだ」
「そうそう、なんか子どもが走り回るような足音もしてたからアパート内でうちだと思われちゃ嫌じゃん。このアパート子どもってうちしかいないし」
「そうだよね。まあ解決してよかったじゃん」
外からそんな話が聞こえてきた。




