第4話 初めての“攻略”へ
春休み初日。
朝の空気はまだ少し冷たかったが、湊の胸の内は妙に熱かった。
昨日までの散歩で、鎌倉が“知らない顔”を見せ始めた。
石垣、祠、川の形、坂の名前。
どれも、ただの風景ではなくなった。
「……調べないと気が済まないな」
湊はそうつぶやき、家を出た。
向かった先は、鎌倉市中央図書館。
その奥にある郷土資料室は、鎌倉の歴史を調べるには最適の場所だ。
図書館に入ると、静かな空気が全身を包んだ。
春休み初日とはいえ、朝の館内は人も少なく、落ち着いた雰囲気が漂っている。
郷土資料室の扉を開けると、紙とインクの匂いがふわりと漂った。
古地図、古写真、地誌、考古学報告書――
湊の知らない“鎌倉”が、棚いっぱいに詰まっている。
「……すごいな、ここ」
思わず声が漏れた。
まず手に取ったのは、鎌倉の古地図だった。
江戸時代のものらしく、現在の地図と比べると川の形がまるで違う。
「やっぱり……昔はもっと川幅が広かったんだ」
昨日見た川沿いの道の曲がり方が、古地図とぴたりと一致する。
湊は鳥肌が立った。
次に、切通しに関する資料を開く。
名越、朝比奈、巨福呂――
鎌倉を守るために削られた道の歴史が、丁寧に記されている。
「住宅街のあの坂……やっぱり、昔の地形の名残なんだ」
湊はページをめくる手を止められなかった。
さらに、祠や小さな塚についての資料も見つけた。
地元の古老が語った伝承、地名の由来、古い祭礼の記録。
「……こんなにあるのか、鎌倉の“生活の歴史”って」
観光地としての鎌倉ではなく、
“人が暮らしてきた街としての鎌倉”が、資料の中から立ち上がってくる。
湊はノートを開き、夢中で書き込んだ。
・江戸期の古地図 → 川幅が広い
・切通しの歴史 → 地形の名残が住宅街に残る
・祠の由来 → 地域ごとの信仰の痕跡
・地名の意味 → 昔の役割や地形が反映されている
書けば書くほど、胸が熱くなる。
「……これ、授業で使えるかもしれない」
湊は思わず笑った。
“知ってるよ”と言われるのが怖かった。
でも今は違う。
“知ってるよ”の奥にある“知らない鎌倉”を見せられるかもしれない。
そんな予感が湊の胸を満たしていた。
ふと、窓の外を見ると、春の光が差し込み、図書館の庭の木々が揺れている。
「よし……次は、実際に歩いて確かめよう」
湊は資料を丁寧に戻し、図書館を後にした。
外に出ると、春の風が頬を撫でた。
昨日までとは違う。
街が、まるで“謎解きのフィールド”のように見える。
湊は歩き出した。
足取りは軽く、胸の奥には確かな期待があった。
鎌倉の“攻略”は、まだ始まったばかりだ。




