【スピンオフ・恋愛編】Ⅴ.岩登り
*スピンオフは恋愛ストーリーのみ、アクションはありません。(本編の続きはスピンオフ・恋愛編のあとに順次掲載していく予定です)*
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません
「天城さま、今日はこれから皆さんとホエールウォッチングに出発しますが、ご一緒にいかがですか?」
道端はゲストハウスのダイニングルームで朝食を終えたばかりのクロエに声を掛けた。
「ああ、ごめんなさい、私、強い日差しを浴びるとじんましんが出ちゃうのよ。今日も船で休ませていただきますー。」
クロエが丁重に断ると、道端は「そうなんですか、お大事にどうぞ」と心配そうな表情を浮かべた。そして「あ、そういえば、天城さまの携帯電話でしょうか、何度か着信が入っていたようですよ」と付け加えた。
クロエは島に到着した日、うっかりサバイバル参加者の携帯と一緒に自分の携帯も預けてしまっていた。ここへは休暇を取って来ていたためしばらく使用することもないだろうと思い、そのまま忘れていた。
「あらそうですか、後で見てみます、ご親切にどうもー。」
クロエはそういってその場を立ち去ると、ロビーに設置してあったケータリングテーブルからスナックをごっそり持ち出し、クルーズ船へ戻った。そして「今は鯨よりもこっちをウォッチングしてたいのよねぇ。」とつぶやき、ノートパソコンを開いた。
クロエが密かに飛ばしている隠し撮り、いや、偵察用ドローンからの映像には、アスカがロープをハンモックのように編んで凛を自分の背中に固定し、両手両足を使って岩山の梯子を登っている様子が映し出された。
「ちょっと…本気なの?この子。」クロエは画面を食い入るように見つめ、あ然とした。
岩山は標高500メートル、登頂までの所要時間は体力のある成人なら3時間ほどではあったが、登山ルートが整備されていないうえに足場はでこぼこした岩場に覆われており、一人で登るにもひと苦労なはずだった。
二人は気温の低い早朝に出発したようで、頂上まであと少し、というところまで来ていた。頂上へ続く最後の岩壁に梯子などはなく、一本の鎖が頂上から垂れさがっているだけだった。
アスカはいったん凛を下の岩場に座らせると、先に頂上まで行きロープを固定して命綱を作り、また降りて来た。
そこから頂上までは6メートルほどの高さだった。アスカは鎖を掴みながらロッククライミングの要領で岩壁を何度も何度も往復し足場を確かめた。そして頷くと、凛を再び背負い、今度は慣れた足取りで岩壁をよじ登り、頂上まで凛を連れて行った。
アスカの背中ごしに頂上の景色が見えると、凛は思わずはっと息をのんだ。
それは、初めて目にする山の頂きからの眺望だった。
迫力のある大きな岩壁とその下に広がる青緑の森林、そして白い砂浜とコバルトブルーの海がジオラマのように、自分の足元から広がっていた。
どれほど写り映えのする絶景写真をもってしても、この臨場感あふれる景色には敵わないだろうと思えるほどの感動だった。凜はしばらく言葉を失っていた。
「無事、着きましたね。」そう言って岩の上に凜をそっと下ろしたアスカは、全身水浴びをした後のように汗だくだった。
凛は真っ先にはい、といって持って来ていた竹の水筒を差し出した。
「あ、お先どうぞ。」とアスカが言った。凛は「なんで、そんなに…」と言いかけて止め、一口だけ飲んで差し出した。アスカはあざっす、と言って水筒を受け取ると、凛の隣に座った。
「生まれて初めて、山に登ることが出来て嬉しいよ…ありがとう。」
凛は遠くの景色を眺めながら噛みしめるように言った。
アスカは良かった、とつぶやいてから「俺もこういうの、初めてです。」といって笑った。
「アスカは、なんでそんなに優しいの?私が、障がい者だから?」
凛は何の他意もなく、さらりと尋ねた。
アスカは少し間を置き、「いや、俺、優しくないっすよ。」と答えた。そして水筒の中身を一口飲むと、遠くを見ながらゆっくりと話し始めた。
「…何年か前、海外での任務中に、現地の紛争に巻き込まれちゃったときがあって。」
「そのとき正当防衛の範囲で銃を使ったんですけど、…狙いすぎて、吹っ飛ばしちゃったんですよ、相手の足を。」
凛はアスカの横顔を見つめた。アスカはややうつむき目を伏せながら、続けた。
「その時は気が付かなかったんすけど。足が無いって、生きていくの大変ですよね。」
「本当に、悪かったなって思って。だから…」アスカは凛に視線を向けた。
「凛さんの手足になりたいって思うのは、俺の、せめてもの罪滅ぼしみたいな感じかもしれません。」
アスカは無表情のまま、再び視線を遠くの景色に向けた。そして、「俺死んだらきっと、二周目は人間になれないと思う。」とつぶやいた。
アスカは凛が二周目だということを何も知らずにそれを口にしていた。凛はアスカを見つめたまま微笑んだ。
「じゃあ、足の使えない私が、代わりにゆるしてあげる。」
凛の言葉に、アスカはえ、と言って凛を見た。
「――赦してあげるよ、アスカ。だから悩まないで。アスカは優しいし、馬みたいで素敵だよ。」
凛は真面目に言っていた。
アスカは「…馬すか」と言ったあと吹き出し、笑顔になった。そして「ありがとうございます。」といって凛を穏やかな眼差しで見つめた。
「それに私だって、法律ぎりっぎりの武器を作ってるんだよー。」凛は面白おかしく言った。続けて、「私も死んだら、次は人間になれないと思…」と言ったところで、凛はアスカの顔がゆっくりと自分のほうに迫って来ていることに気が付いた。
これはひょっとしたら、と思い、凛は何かの本で読んだ内容を大急ぎで思い返した。
①相手があなたと3秒以上目を合わせた後、②身体、または顔をゆっくりと近づけてくる、③相手の目線があなたの唇に向けられていたら、
―――それはキスの前兆です!
凛は間違いない、アスカはいま、自分にキスをしようとしているんだと思った。と同時に、④あなたも目を瞑りましょう、とあったセオリー第4項は、守れないだろうと思った。
このまま、自分とアスカの身に生じる化学反応を検証実験のごとくつぶさに見届けたい、という思いが勝っていた。
アスカは少しだけ唇を開き、凛の唇に目線を落としながら顔を近づけて来た。凛は、ドキドキしながらアスカを待った。それが、好奇心からくる胸の高鳴りなのか、あるいはアスカを好きだという気持ちなのか、良く分からなかった。
そしてアスカの顔の輪郭が凛の視界から外れるほど接近したとき―――黒い影がアスカの背後を通り過ぎた。凛が影を目で追うと、そこにはドローンが飛んでいた。
凛はハッとし、思わず顔を逸らしてしまった。そして(クロエだ!)と瞬時に思った。
凛が顔を逸らした拍子に、アスカはすっと顔を引いた。
「あの、いや、違うの、これは…」凛はアスカにキスを拒否したように思われてしまったかもしれない、と気持ちが焦り、かえって言葉が続かなくなった。
アスカは穏やかに笑いながら「いや、俺のほうが、すいませんでした。」と言って立ち上がり、「帰りも3、4時間かかると思いますんで、そろそろ帰りましょうか」と切り出した。
凛は、ひょとしたら自分はいま、何か大きなきっかけを逃してしまったのではないかと感じていた。
アーティフィシャル・2nd・ライフ©2025
本作品の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。




