【スピンオフ・恋愛編】Ⅰ.富士九 凛
*スピンオフは恋愛ストーリーのみ、アクションはありません。(本編の続きはスピンオフ・恋愛編のあとに順次掲載していく予定です)*
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません
―――北海道。
十勝平野の山林地帯からほど近いとある農園の倉庫で、凛は自分の乗る車いすをゆっくりと前進させていた。
凛の隣には、口周りに仰々しい3つの円形フィルターが付いた防毒マスクを装着し、肩から散弾銃をぶら提げる小柄な人物が付き添っていた。
二人の歩く細い通路の突き当りは、T字路のように左右に道が分かれている。その両脇には藁が積み上げられており、凛たちの位置から曲がり角の先は見通せない状態だった。
凛はそっと通路の奥まで進むと左右を見渡し、小声で 「いた。」とマスク姿の付添人に告げた。
角を右に曲がった5メートルほど先には、丸くて大きい毛むくじゃらの塊がうごめいているのが見えた。目の前に山積みにされている麻の袋を破り、夢中で中身にがっついている体長1.2メートルほどのヒグマの後ろ姿だった。
防毒マスクをした人物は、凛のすぐ横でそっと散弾銃を構えた。
凛は車いすの横に取り付けてある、ちょうど掃除機のヘッドを外したような形状のホースを手に持ち、毛むくじゃらのお尻に向け手元のスイッチを押した。
ポスッっと小さな音がして、ホースの先から色のついた野球ボール大の球が勢いよく飛び出した。球は毛むくじゃらのお尻に命中した途端はじき割れ、ヒグマの毛の上に蛍光塗料が飛び散った。まるで防犯用カラーボールのようだった。
お尻にボールが当たった衝撃にびっくりし飛び上がったヒグマは、振り返って2人の存在を確認すると、その表情を一切変えることなくつぶらな瞳をしたまま、凛に向かって襲い掛かるように飛び出してきた。
散弾銃を構えていた人物は、指に掛けた引き金を引くタイミングを見計らっていた。
「まだ撃たないで!」凛が叫ぶと同時に、ヒグマは3メートルほど走ったところで前足がもつれ、顔から地面に倒れ込んだ。ボールが当たってから、3秒ほどの出来事だった。
「2秒98。まだ時間かかるなぁ。」凛は腕のストップウォッチを見ながらつぶやいた。
散弾銃を構えていた人物は銃を下ろし、マスクを取った。そこにはIKGの女性エージェントである河本 有生の顔があった。
「猟銃で急所を仕留めるよりははるかに有効的だと思います。そのプロトンパックで連射できたら、命中率もぐんと上がりますしね。」有生がつぶやくように言った。
「え?…ぷろ?」凛は不思議そうな顔で有生を見つめた。
「あ、プロトンパックです。ゴーストバスターズが背中にしょってる、ゴーストを捕獲するレーザーの投網装置です。形が似ていたので、つい…。」
「…レーザー投網か…。いいね。」そう言うと、凛は視線をヒグマに戻した。
富士九 凛は、高校3年生のときに植物状態になったところをクロエと昌磨に引き取られ、脳機能修復を経て愛脳警護に雇用された二周目の社員である。
一周目の人格では生まれつき脳性麻痺を患っており、その影響で膝から下が湾曲し、骨だけのような足の細さをしていた。
脳機能修復後も骨の変形はそのまま引き継いだため、凛は二周目の日常生活においても車いすが欠かせなかった。
凛は脳の修復時クロエによって研究者向きの人格をプログラミングされており、IKGの開発ラボで自然科学、とりわけ生物学関連の研究職を専門としていた。
この日は、凛が開発中であった「経皮吸収機能」を持つ、つまり皮膚から吸収される麻酔薬の動物実験をヒグマで行うべく、狩猟免許を持つ有生と共に害獣駆除業者を装い北海道まで来ていた。
凛はハンディキャップがあるとは思えないほどフットワークが軽く、チャレンジ精神旺盛でやや向こう見ずな性格をしていた。同時に若干の内向的気質を併せ持ち、細くて甲高い特徴的な声をしていた。
―
ある日、凛はクロエの反対を押し切ってエージェント昇格試験を受けると言い出した。
どうやって対戦試合をクリアするつもりなのか、とクロエをはじめ周囲は心配したが、自分も他の二周目と対等に渡り合えるということを証明するのだ、と言ってきかなかった。
コンピューターが無作為に選出した凛の格闘実技試験の対戦相手は、こともあろうか身長約2メートルのマッチョ、安武 昌磨だった。
そして迎えたエージェント格闘実技試験当日、一試合目の徒手格闘試合で、凛は対戦相手の昌磨とコートの中で向き合った。
徒手格闘は古武道のようなスタイルで細かいルールはなく、どちらかが決定打を入れる既の所で審判が勝敗を言い渡していた。
審判の「始め!」という合図とともに、凛は車椅子に備え付けていた例の掃除機型ホースを昌磨に向け、ボタンを押した。
ボスッという音がして、ホースの中から3メートル四方のネットが高速で飛び出した。昌磨は咄嗟に網を避け、左手で網の端を掴むと自分の元へ手繰り寄せた。網とつながっていた凛の車いすが、昌磨の方へ引っ張られた。
試合を見ていた者たちは凛が車いすごとひっくり返るのではないかと肝を冷やした。しかしその直後、昌磨はふらつき顔から地面に倒れ込んだ。(幸い足元にはマットが敷いてある。)
投網の表面にはヒグマの実験で使用した経皮吸収機能を持つ麻酔薬が塗り込まれていた。
凛は車いすから網を切り離すと、その場を離れ、コートから出て行った。
そして逃亡する凛を見て戸惑いを隠せないでいる審判へ向かって、「私の場合は、いかに『相手から逃げるか』が勝つことです!」と叫んだ。
試合はいったん中断され、審判と審査員が相談を始めた。徒手格闘ではあったが、凛にとって車いす(に付属している武器)は体の一部であろうということも含め、凛の主張は認められこの試合は凛の勝利となった。
二試合目、凛が指定した種目は射撃だった。昌磨が格闘訓練やトレーニングを行っている間、凛はレーザーピストルによる射撃練習と筋トレをひたすら繰り返してきた。その甲斐あって、この種目でも凛は昌磨に勝利することが出来た。
そして最後の第三試合では、昌磨は得意とする剣術を指定して来た。これは明らかに凛にとって不利な種目であろうと誰もが思っていた。
凛と昌磨は刀に見立てた木刀を持ち、畳マットの上で互いに向かい合った。審判がややためらいつつ、「はじめ!」と声を掛けた直後、凛は「参りました!」と叫んだ。
この試合は凛の降参により、昌磨の不戦勝となった。
凛が知恵を絞ってクリアした格闘実技試験の後の面接試験では、面接官たちが口をそろえて「車いすでは指揮官として現地へ赴くことは出来ない、それでもエージェントを目指そうとするのは何故か」と問いただした。
凛は背筋を伸ばし、面接官たちを真っすぐ見つめると
「私は現場には出られません。しかし、私のいる場所が戦場になるようなことがあったときは、この私が誰よりも正確に指揮を執り、勝利へ導くことが出来ます。」と主張した。
こうして凛の熱意は審査員に届き、凛は正式にエージェントへ認定されることとなった。
好奇心溢れる自由奔放な女性・凛の出会いのストーリーはここから始まる。
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引用
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