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One  作者: マン太
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4-2.海

 海水の中は泡で視界が効かなかった。けれど、それも暫くしてなくなる。

 ごぽごぽと聞きなれない海の音。マスクの調子はよさそうだった。シュノーケルに入った海水も軽く吹き飛ばす。

 と、先に入って待っていた虎太郎が、手首を掴んで軽く引いた。指で右側を差ししめす。どうやらそちらにいるらしい。

 海面の下に、砂地が見えた。

 大きな岩もいくつか。その間をすべるようにゆっくりとイルカの群れが進んでいた。

 薫たちがいることで潜ったらしい。それでも速度はゆっくりだった。

 まっすぐ進むものもいれば、互いじゃれあうような個体もいる。その身体は光を受けて白く光ったり、陰に入れば青みを増した。


 イルカだ…。


 水族館で見るのとは違う、野生のイルカだ。

 野生と言う事は、人の餌付けなどされていない。野生のトラ、ライオン、クマと一緒だ。見た目が可愛いからと言って、安易に近づいてはいけない。

 それに、ここは彼らの領域で。あくまで、お邪魔している。その気持ちが大切だと、シュノーケルレッスン後に、虎太郎が教えてくれた。


「イルカが来ても、手を出さないように。俺たちだって、知らない人が手を伸ばして触ろうとしてくれば、驚くだろう? それと一緒で、イルカも驚く。だから手は出さないこと。横や背中に回すといい。で、ただ、眺める。──もしかしたら、俺は潜るかもしれないけど…」


「潜る?」


「うん。ちょっとだけ、潜って誘うかも。コツを掴めば皆潜れるけどさ。今回は練習してないし、やめとこうな?」


「わかった…」


 いいな。潜るって。


 その時はそう思ったが。

 いったん、海水にはいると、かなり水圧を感じた。それに、流れもある。しかも、イルカは泳いでくるのだ。そこに向かって潜るのは──かなり困難に思えた。

 その、ゆっくり泳ぐイルカの群れの内、いくつかが上に上がってきた。呼吸する為だ。

 それを見た虎太郎が意を決したように、くっとお辞儀をするように身体を折り曲げると。


 あ──。


 ぐんと、水中にもぐった。

 そうして、呼吸を終えたイルカが潜るのに合わせてその横を泳ぐ。

 もちろん、手は出さない。イルカも危険を感じないのか、動揺もせず、ただ一緒に潜っていった。

 が、虎太郎も息が続かないため、途中で旋回して戻る。と、中の一頭があとを追うようについてきた。同じように、プシュッと海面で息を吐き、また潜る。


 すげー。


 虎太郎はもう一度潜ると、くると一回転して見せた。イルカも旋回して見せる。再び、虎太郎が息継ぎに戻ると、今度はすっと泳ぎ去っていった。気まぐれなのだ。

 イルカとの遊泳を終えて、虎太郎は水面に顔を出す。


「ふは! あー苦しかった…」


 シュノーケルを口から外すと、笑って見せる。


 なんか、尊敬だな。


「さ、戻ろう!」


 船長が薫たちの近くまで船を近づけ、そこでエンジンを切ったのを合図に、船へと戻った。

 その後も、数回、群れに遭うことができた。

 薫は相変わらず、海面に浮かんでみるだけだったが、それでも十分楽しめる。その間、虎太郎はなんどか潜ってイルカの注意をひいていた。

 薫に見せるため、なんとか、引き留めようと必死だったらしい。


「なかなか、ハードですね?」


 一段落し、休憩となる。

 港に戻る船の中、椅子の代わりに置かれたケースに腰かけると、ポールを掴み立つ虎太郎を見上げる。


「うん。相手が野生だから、待ってくれないしな。機会があったら一緒に泳ぐ! …でも、疲れたら無理すんなよ? 危ないからな?」


「了解。てか、浮かんでただけなのに、結構疲れたかも…」


「海で泳ぐことなんて、ほとんどないからなぁ。波もあるし、潮の流れもあるし。外洋にでると、もっと綺麗だぞ? 底が見えないからさ。青くて深いんだ」


「それ…。ちょっと怖いかも…」


「そうか? まあ、底が見えないってのは、怖いのかな? 俺は綺麗だなーと思うけどな」


 そう言って笑う。


 それまで、ずっと陸地の岩ばかりに向き合っていた虎太郎が、こうして海で悠々と潜る姿は新鮮な驚きだった。


「どうして、そんなに潜れるんです?」


「ほら、研究の為に、いろいろな島をまわるだろ? そうすると、夏なんかは暑いし、やっぱり泳ぎたくなるし。で、地元のひとに教わって泳ぐうちにだんだんと。…あとは、教えてくれた奴がいてさ」


「へぇ。その人、ダイバーか何か?」


「…いや、大学時代の先輩で。今はアラスカで海洋学の研究員してる…」


 言いながら、視線が床に落とされ、表情が硬くなる。それで、何かあったのかと察した。


「どうか、したんですか?」


「あ、え? いや。ごめんごめん、なんでもない」


 虎太郎はそう言って、無理やり笑顔を作った。


「その人に教わって、潜れるようになったんですか?」


「うん、そう。ダイバーの免許ももってたし、俺よりずっと泳げたし潜れたよ。俺と違って海ばっかりで。岩ばっかりの俺とは、合わないと思ってたんだけど…」


 そう言って語る横顔はやはりどこか愁いを帯びている様で。なにか、はあったのだろうが、本人が話さない限り、これ以上詮索はできなかった。


「そっか…。良かったですね? 潜れるようになって」


「うん。だな?」


 そう言って笑った虎太郎は、やはりどこか寂しげだった。


 ちなみにお昼ご飯は船の上でおにぎりを食べた。これはおばちゃんが握ってくれたものだ。

 アルミホイルに包まれたそれは、格別に美味しく。中の具は、梅と鮭と佃煮昆布。塩味も丁度良く、黙々と食べた。

 午後はすっかりイルカウォッチングで終わり、船長にお礼を言うと船を降りる。別れ際、お手製のアジやタコの干物をもらい、ありがたく帰途についた。

 その足でバスに乗って家まで帰る。


「ね。これってただじゃないですよね?」


 バスに揺られながら尋ねれば。


「もちろん。でも、もう払ってあるから。気にしなくて大丈夫」


「俺も払いますよ」


 そう言って財布を探り出せば。


「これは手伝ってくれたお礼だって。本当は賃金払わなきゃいけない所だけど。高校生ってバイトは禁止だろ? それに、兼業になっちゃうし。とにかく、気にしない! お兄さんに任せておきなさい」


 ふんと、胸を張って見せる虎太郎に、思わず笑いだす。


「兼業って…。確かに、もう働いているんで、そうなりますけど。確かに、副業はだめだろうな」


 アルバイトも禁止なのだ。副業などありえなかった。


「だろ? もうじき、薫、帰るし。俺ができるのはこれくらいだからな…」


 そうだ。これもあと数日。

 長かった休養もこれでお終いだった。夏休み、と伝えてはあるが、実際は病気療養だったのだ。虎太郎といるうちに、すっかりそのことを忘れていた。毎日、笑ってばかりで。楽しくて。


 終わりか…。


 それを思うと、再び心が沈む。ここへ来る前の自分に引き戻される気がしたが。

 その肩に、ポンと手が置かれた。虎太郎がこちらを見ている。


「休み終わったって、友達は終わんないだろ? ここだってなくならない。俺はここをフィールドワークにしてる。また、休みが取れたらくればいい。な?」


「…ん」


「それに、あっちにも一旦帰るし。大学あるからな? 会おうと思えば会えるだろ?」


「ですね…」


 と、虎太郎は薫の頭をくしゃりと撫でると。


「っまえ。夏休みが終わる小学生みたいだぞ? 休みはなんとでもできる。…あんま、無理はすんな? 薫」


 まるで、俺がここへ来た理由を知っているみたいだ。


 そんなことはないのだけれど。

 

「…うん。また、絶対あっちでも会おう。約束です」


「うん! いつでも連絡くれ。返事はちゃんと返すからな?」


「ありがとうございます…」


「なんだか、しおらしいの、似合わないって。ぎりぎりまで手伝ってもらうからな? 明日もよろしく!」


 そう言ってぽんぽんと頭を叩いてきた虎太郎の肩に、思わず額をつけて顔を埋めていた。


「薫…?」


 終わりたくない。…別れたくない。

 

 避けられない事だと分かっても、そう強く思った。



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