3-2.告白
「決まっていないの?」
虎太郎は驚いたようだった。それはそうだろう。
「や、その…。決まっていると言えば、決まっているんですけど…」
さて、なんと言おうか。
すると、何か察したのか、虎太郎はそれ以上追及はせず。
「まあ、なんでもさ、好きな方向に向かえるならいいね。──てかさ、薫は俳優さんとかモデルとかでも行けそうだよな? 言われたことないの? なんか、きらっきらしてる…」
「……」
それはそうだ。俺はれっきとしたアイドルだから、輝いていて当然なのだれど。
「あれ? 言われたことないの? それだけ、かっこいいと自覚はしてるかと…」
「あの、俺、実は──ちょこっとそっち関係で…」
「え! そうなの?!」
虎太郎はひどく驚く。本当に疎いらしい。
実は、昨日もつけていたテレビで、出演していたCМが流れたのだが、虎太郎の目は素通りしたらしく、気付いた様子はなかったのだ。
メンバー全員で出ていたせいもあるのだろうが。
「進むのも、そっちの関係で…」
いや。もうかなり、進んでいるんだけれど──。
なにか言い辛くなって、ぼそぼそと口にした。虎太郎は納得顔で。
「そうかぁ。だよねぇ? だって、本当かっこいし。そっか、そっか。そっちに進むんだ…。へぇー、もう何かでてるの?」
「……」
さて、どうしようか。
虎太郎はまじまじと薫を見つめてくる。
全部、話してしまった方が楽ではある。けれど、そうすれば、虎太郎の自分を見る目が変ってしまいそうな気もして。
が、黙っていてもいつかばれるだろう──たぶん。それくらいなら、自分の口から話して置きたかった。
「いい辛いならいいぞ? また、気が向いたら──」
虎太郎は、先ほどと同じく遠慮するが。薫は覚悟を決めて告白する。
「──いや。俺、アイドルグループ、してるんです。ル・シエル・ブルーって。知りませんか?」
「ル…?」
「ル・シエル・ブルー。フランス語で青空って言う意味で。七人グループなんです。そのうちの一人で。今はちょっとわけあって俺だけ休養中で…」
「へぇ、アイドル! へぇー! 凄いなぁ──って、なかなか大変なところに身をおいてるんだな…」
虎太郎は驚いたあと、神妙な顔つきになる。確かに大変な場所ではあった。
「聞いたことは? 見たりとか…」
虎太郎は腕を組み唸りだす。
「うーん…。ごめん、あんまりテレビとか見なくって…。きっと見たことは──あるんだろう…な?」
逆にこちらに聞き返してきた。薫は苦笑するしかない。
さっきも見ていたはず、なんだけど…。
でも、想像通りの虎太郎の反応に、ほっとしてもいた。急に騒ぎ出して、サインを要求されたり、持ち上げたりされては、たまったものではない。
「たぶん。でも、見てなくっていいですよ。虎太郎さんはそれでいいです」
「そうかぁ? なんか、薫に悪い気がする…」
「そんなことないですよ。そう言う職業をしてるやつってくらいでいいですって。それより、お腹、空いてたんですね…。俺の分も食べます?」
いつのまにか、虎太郎の手にあったはずのツナマヨおにぎりは消えていた。
「え! だって、薫、お腹空いてるだろ? それに、一個じゃ足りないだろうし…」
「俺、ここで見てただけで、あんまり動いてないんで、さっきの一個で結構、満足しちゃって。良かったら食べて下さい。暑いと悪くなっちゃうし…」
確かにそれほどお腹は空いてはいなかった。
大きいおにぎりは、かなりそのお腹を満たし。もし、まるまるもう一個食べれば、しばらく動けなくなるだろう。
「え? え? いいの? ほんと? じゃさ、半分こ。だって、せっかく食べてもらいたくてツナマヨ作ったのに! ちょっとは食べて感想言ってよ。よろしく!」
そう言って、半分に割ったおにぎりの一方を差し出してくる。
「あはは! 分かりましたって。じゃ、半分」
虎太郎の言いように、薫は笑うしかない。
おにぎりを受け取ると、虎太郎と並んで食べだした。
目の前には穏やかな海が広がっている。昼下がりの日を受け、キラキラと海面が輝いて見えた。穏やかな凪の海。
虎太郎の作ったツナマヨおにぎりは美味しかった。コンビニとは違っていて、手作り感がとてもいい。しっとりしたノリも悪くない。
「おいしいです。これ」
食べながら言うと、虎太郎は照れくさそうに笑って。
「よかった! 薫に美味しいって言って欲しくてさー。よかったぁ」
そんな虎太郎の頬は、やっぱり膨らんでいて。薫もつられて笑った。
虎太郎に頼み、午後は少し手伝いをさせてもらった。
割ったあとの岩石をビニールパックに入れて、指定された番号をふる。それを取り敢えず閉まっておく為の、持ち運び用の保管ケースへとしまう作業だ。
その間に、虎太郎はノートに何事か描き出し、うんうんとうなずいたり、ふーんと言ったりしている。そうこうして、一日は過ぎていった。
夕方、四時前には調査終了となり。
帰りは一度バスで港へと戻り、公民館の空き地のテントを撤去し、管理していた町長さんに、事の次第を伝えそこを後にした。
町長さんも、それは安心だと頷き見送ってくれ。どうやら、みな、気にかけていたらしい。
「やっぱり、うちに来て正解でしたね? 皆、安心してますもん」
「みたいだね…。知らない所で、心配かけてたんだなぁ」
「そりゃそうですよ。あんな、誰も来ないような公民館の空き地でひとりテント泊なんて。何かあっても誰も気づけないじゃないですか」
危ない動物がいないとはいえ、その他災害もある。屋根付きの家にいてくれた方が安心すると言うものだろう。
虎太郎はしきりに申し訳ないと口にした。
「面倒かけても悪いと思って…。ほんと、薫には感謝だなぁ」
「どういたしまして。──そう言えば、スーパー寄りたかったんです。バスが来るまで時間あるんで、ちょっと見て行っていいですか?」
「もちろん。俺も買いたいものあったし」
そうして、二人でテント道具やらザックやらを分けて背負い、スーパーへと向かった。
この時もすっかり変装など忘れていて、サングラスもしていかなかったが、誰一人、気づいて奇声を上げるものはいなかった。
それもそのはず。いたのはかなりご高齢のお姉さまと、その友人たちで。皆、自分たちの会話に忙しく、こちらに注目するものなどいなかった。
「新鮮だな…」
「ほんとうだね? 魚の目が透明!」
虎太郎は漁港から仕入れた魚を、キラキラした目で見つめている。
いや。この状況が新鮮だと言ったのだけれど。
まあ、いいかと思いなおし。
「──確かに目が透明…。って、俺、魚はよくわからなくて。自分でもめったに買わないし、実家に帰っても母さんが調理したあとだから」
「そっかぁ。…じゃあ、今、興味がある魚は? それ食べてみよ!」
「興味? そうだなぁ…」
目の前に置かれた、ポップをはじから読んだ。
アジは分かる。ヒラメも。回る寿司のエンガワは結構好きだ。カツオにスズキ、イサキにキスにタコ。カツオとタコは分かるが──あとはよくわからない。
「よーし。じゃあここは全部買って、お兄さんが、海鮮丼にしてやろう!」
そう言って、お店の人に聞きながら、適当にお刺身を見繕ってそれを氷と共にザックに放り込んだ。
「うわー、豪華…」
「海鮮丼は簡単だぞ。すし飯の上に乗っけるだけだからな?」
シソとチューブわさびも忘れない。あとは、足りないほかの生鮮食品を購入し、店を後にした。小さい店だが、魚はよく揃っていた。漁港がすぐそばだからだろう。
「魚も安いし。手抜きしたいときはこれに限るな!」
ニッと笑んだ虎太郎は、意気揚々と店を出た。