3-1.告白
次の日の朝、その旨を母に連絡すると、すぐにオーケーしてくれた。蔵田のおばちゃんにも話が行ったようで、午前中、野菜をもってくるついでに、それは良かったと喜んで。
どうやら虎太郎のテント泊を気にしていたらしい。昨日の夜のようにスコールが来れば、いくら防水テントとは言え、寒いし濡れもするだろうと。
けれど、いくら家に誘っても、動く時間が違って邪魔をするし、試料を散らかすからと、頑なに断られていたのだと言う。
おばちゃんは、挨拶に出た虎太郎を見ながら、
「この子ったら、本当にうんて言わなくて。やっぱり、同じくらいの子との方が気楽だしね。よかったわ、本当に」
「いやぁ、だって、ほら。色々気をつかわせちゃうんで」
虎太郎は苦笑しつつ答える。そんな虎太郎の横で薫は胸を張ると。
「俺だったら平気ですから。これだけ部屋も広いし、いくらでも広げてもらっても平気です。ここなら採取場所に近いだろうし、万が一、テント泊するなら、連絡さえもらえれば気にしないですから」
「そりゃ、良かった」
おばちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑う。
「うん。ありがとうな。薫」
虎太郎は頭を掻きつつ、すまなそうに笑った。
そうして、おばちゃんを見送ってから、遅めの朝食となる。
台所の食卓で、納豆とご飯、玉ねぎと揚げ、ワカメのみそ汁、ナスの浅漬けとトマトときゅうりメインのサラダにしらす干しの大根おろしのせを、二人してかきこみながら。
「俺、今日も昨日と同じ場所で採取する予定だから。お昼は、おにぎり持っていくよ」
虎太郎はみそ汁をすすりながら、そう口にした。
「あ! それ、俺もついて行っていいですか?」
納豆とご飯をひとくち分、飲み込んでから顔を上げる。
「いいよ? けど、いいの? 絶対、つまんないよ? 俺、始めると没頭しちゃうし…」
「俺のことは放っておいていいですから。採取って何するのか気になっちゃって…。飽きたら適当にしてるんで」
「そう? ならいいけど…。でも、本当に岩、採って眺めてるだけだよ?」
「大丈夫ですって。なんなら手伝いもしますから」
「それは申し訳なさすぎる…」
虎太郎は、ご飯茶碗と箸を手に困った顔になるが薫は諦めず。
「いいから。とにかく、俺のことは気にしないでくださいよ。邪魔にはなりませんから」
邪魔とかそういうことじゃなく…とブツブツ言っていたが、最後にはじゃあよろしく、と口にした。
薫にしてみれば、なにもかも目新しく、気になって仕方ない。
食べ終わると、急いで炊いた白米をおにぎりにして──これは、虎太郎が素早く握ってくれた、梅とおかか、ツナマヨ入りだ──それを四つ作って、あとはバナナとおばちゃんがくれた、菓子パンをザックに突っ込んで、やや遅れてきたバスに乗り込むと、虎太郎と二人、目的地へと向かった。
バス停を降り、十五分ほど道を歩き、そこへ到着した。山の断崖の下には海岸が広がる。
虎太郎が採取していたのは、砂地に接した断崖の壁だ。虎太郎いわく、綺麗に地層が現れているらしい。時々、化石が出る時もあると教えてくれた。もちろん、恐竜などではなく、でてくるのは木の葉や、貝の化石らしい。
さっそく、採取準備に取り掛かった虎太郎を後ろにいて眺める。
虎太郎は、破片がとんでもいいように、ゴーグルのような眼鏡をかけ、タガネとハンマーを手に、採取に取り掛かった。
その頃にはすでに没頭していたようで。まったくの無言となる。
カンカン、コツコツ、ゴッゴッと音を立てながら、岩の欠片を懸命に採取していた。取り出す欠片は小さい。必要な分だけを丁寧に採取しているようだった。
思っていた以上に、地味な作業だな…。
時折、断崖を見つめ、顎に手をあて思案し、また採取をはじめる。削り取ったそれを袋に入れて番号を振って。先にスケッチしてあった図にどこの部分か書き加えていた。そして、開いたノードに何事か書き込む。
それの繰り返しだ。写真も時折撮っている。といっても、記念撮影などではなく、採った場所の確認として、だ。
確かに興味のないものには、つまらない作業風景だろう。けれど、没頭する虎太郎は、薫の目には新鮮に映った。自分の知らない世界の住人の様で。
若者が興味を持つような娯楽ではなく、その辺の石ころのようなものに興味を持ち、真剣に向き合い、そこから見える景色に感動している。まるで初めてみた生き物の様。
こんな世界もあるんだな…。
周囲の散策を終えた後、砂浜にシートを敷いた上に座って、そんな虎太郎を眺めていた。
一応、端末と単行本を持ってきていたが、そのどれも見ようとは思わなかった。
時折、うーんとうなったり、すげーっと小さな声を上げる虎太郎は見ていて飽きない。面白かった。
午前中はそれで終わった。十二時も過ぎた頃、ふと腕時計に目を落し。
「ごめん! 過ぎてた!」
慌ててこちらを振り返る。
「いいですって。てか、一段落したんですか?」
「うん。とりあえず。さ、おにぎり食べよ! お腹空いたぁ」
そうして、遅めの昼食となる。
虎太郎が握ってくれたおにぎりはかなり大きい。薫の手の拳くらいはあった。それをきっちりノリで巻いたから、まるで爆弾の様だと笑うと、虎太郎はこれが正解だという。
「母方のばあちゃんのがこれでさ。小さい頃から、これがおにぎりの正式な形だって思ってた。だからコンビニのおにぎりなんて、おにぎりじゃないって」
そういって、あぐっと大きな口をあけて、おにぎりを頬張る。中の具のおかかも梅も二個分だ。薫も負けじとかぶりつく。
「──っ、すっぱ!」
齧った所にちょうど梅が当たった。酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
「それ、蔵田のおばちゃんが漬けた奴だ。美味しいよなぁ。色々はいってないもん。塩だけ。すっぱしょっぱい!」
ニコニコしながら、ふた口目を頬張った。相変わらずリスのほほ袋並みに膨らむのには笑ってしまう。
「…虎太郎さん、美味しそうに食べますよね?」
「そっか? てか、美味しいし。実際。米がいいんだろうなぁ。ちゃんと、ハゼかけしてるって言ってたし。うまい!」
これだけ美味しそうに食べてもらえるなら、作ったおばちゃんも、稲も、梅も、おかかも、ノリも嬉しいことだろう。
その後、虎太郎は半ば無言で一個目を平らげると、水筒に入れてきた冷たい麦茶を飲んでひと息ついた。
それから、すぐにもう一個目に手をのばす。こちらはツナマヨだ。具は虎太郎が買い置きの中から見つけ出したツナを、マヨネーズであえたのだ。
「あー美味し。ここんとこ、菓子パンばっかでさ。やっぱりテント泊だとガスも早々使えないし。もったいないからさ。それに万が一、火事のきっかけにならないとも限らないし。うーん、お米ばんざい!」
まるで子どものようだ。薫は思わず、
「…なんか、かわいいっすね」
そう漏らせば、虎太郎が驚いて顔をあげる。
「え…?」
「いや、だって。さっきから、まるでリスみたいで…」
「そ、そうか? そうかなぁ? やだな…。年甲斐もないって奴? 俺、薫より、かなり上だろ? それなのに可愛いって…」
「そう言えば、何歳なんですか?
「…やだな。言いたくないな…」
モジモジとしだす。
「そう言わず。二十代前半?」
「──二十六才…。だいぶ大人だよ。薫は十八才くらい?」
「そうです。十八才。今年卒業です」
「そうなんだぁ。青春だなぁ。って、卒業したらどうするの?」
「え…あ──っと。どうしようかな…」
それは、そうだろう。卒業となれば、次の進路が決まっているはず。
薫の通う学校は芸能人が多く通っている。そう言うものたち専用の科があるのだ。出席日数が足りずとも、必要なレベルさえ超えていれば卒業が可能で。半ば通信制の学校のようだ。
薫の周囲にも芸能関係者はいて、進学するものもいれば、その後は芸能一本になるものも多かった。
俺も多分、このままやっていくはず──。
グループで売れた以上、ひとり抜けますとは言いにくい。
それに、ストレスを抱えたにしろ、歌やダンスが嫌いではないのだ。最近は俳優業の仕事も入ってきているが、今の所は舞台が主だ。
事務所的には、そこで鍛えてから、映画やドラマへと考えているらしい。