その後 4.胸キュン
朝、起きると傍らに、虎太郎がいる。
そよそよと寝息を立て、こちらに顔を向けて。思わず、その寝顔をじっと見つめてしまう。
かわいい。つつきたい。
頬っぺたとか、額とか、鼻先とか。
きっと、くすぐったくて、無意識のまま、顔をこするだろう。それが、またかわいいのだ。
まろ、だ。
クスと笑って、肘をつき眺めていれば。
「……? 薫…」
虎太郎が目を覚ました。寝起きでボーッとしている。それがまた、かわいかった。
「今日、お休みだから、まだ寝てていいよ」
「…ん──」
そのまま、ぐんと伸びをして見せる。
付き合い出してから、敬語は止めた。その方が距離も近く感じられるし、虎太郎からの強い申し出があったせいもある。
虎太郎は寝つきもいいが、寝起きもいい。起きる時は、パッと起きて、寝る時は、おやすみ五秒で寝てしまう。
薫の様に、起きてもダラダラと布団に入っていたり、寝る前にも、布団に入ったまま端末をいじったりはしないのだ。
けれど、寝ている間はほとんど目を覚まさないし、寝る時間も長い。平均、八時間は必要だと、前に言っていた。
もちろん、必要があれば夜遅くまで起きている事もあるが、何もない日は、夜十時には眠りにつく。
寝る子は育つ──らしいけれど。
今のところ、虎太郎の身長が伸びたり、身体が大きくなる事はない。
薫的にも、このままでいて欲しいとは思う。本人の気持ちは置いておいて。
「──んか、ドラマのワンシーン、みたい…」
寝起きの少し掠れた声で、顔を腕で覆いながら、虎太郎がそう口にした。
「ええ? あったっけ?」
「うん…。ほら、あのドラマ。愛花ちゃんの…」
「あー、あったあった。『彼女』。最後の方のシーンだ。一緒に朝を迎えるって奴。あったねぇー」
「…あれ、視聴率、良かったよなぁ。薫、スゲー嫌な奴だったのに、最後は素直になってさ…。惚れちゃったよ。まさに胸キュン」
「嬉しーな。もっと惚れて貰えるように頑張るんで。キュンキュンしてよ」
と、虎太郎はジッと薫を見つめたあと、
「…そんなの、ずっと、しっぱなしだって」
「ホント? 惚れてる?」
薫は横になったままの虎太郎へ、ほふく前進よろしく、じりじりと近づいて見下ろす。
「…そうだな。他の人に、あーゆー顔、して欲しくないなって思うくらいは──」
拗ねた様な口振りに、薫の口角は自然と上がる。
「良かった…。虎太郎さん、あんまりそう言う素振り見せないから。ちゃんとやきもち妬いてくれるんだ」
「…そりゃあ、妬くよ? でも、年上だし、あんまりみっともないの、見せたくないし…」
「みっともないの、見たいな…」
薫は手を伸ばし、虎太郎の髪を梳く。茶色がかった髪は、寝癖でアチコチに向かって跳ねていた。
「…やだよ。そんなの、恥ずかしい…。俺は『大人の薫りが漂う、カッコいい年上の男』を目指すんだ」
「…匠さんみたいに?」
「──先輩は関係ない」
どこかムスッとした顔になった虎太郎は、それまでされるがままになっていた状態から、手を伸ばし、薫の頬に触れて来ると。
「薫が胸キュンする様な、カッコいい大人になるんだ! …負けないからな?」
そう言って、上目遣いで見上げてくる虎太郎に、大いに胸キュンしたのは──言うまでもない。
ー了ー