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One  作者: マン太
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その後 1.仲間

「薫、最近、いつも楽しそうだね?」


 ダンスレッスンの休憩時間。ペットボトルの水を飲んでいれば、唯鈴が顔を覗き込んでくる。薫はべつに、と言いながら。


「いつもと同じだけど?」


「そうかなぁ? なーんか、前と違う」


「違わないって。──あ、でも」


「でも?」


 唯鈴はぐいと更に顔を近づけてきた。


「虎太郎さんが帰ってきたからかな?」


 すると唯鈴は、ああ、と呆れ混じりの声を漏らし。


「例の──同居人さん?」


「そうだよ。やっと島から帰ってきてさ。ひと安心ってとこ」


「その人のこと、すっごい好きなんだね? なんかあると、会話にでてくるもん」


 薫は少し考えるようにした後。


「──そうだよ。大好きだよ」


「うは。のろけ」


 唯鈴は鼻にしわを寄せて首を振って見せた。

 薫は虎太郎の存在を隠していない。マンションの部屋に住む同居人として紹介している。

 ルームシェアだ。何も可笑しいことはない。

 メンバーらはすでに周知のことで。島で出会って、一緒に住んでいたことも話してある。とりあえず、今のところはそれだけだ。

 ふざけて、夫婦みたいだとからかうメンバーもいて──瑛二と王一郎だ──いつの間にか、そう言う設定になってもいる。

 薫が夫。虎太郎が妻。もしくは、逆になる時もある。

 そのおふざけに乗っているが、実際は間違っていなかった。どっちがどっち、はさておき、恋人であり、パートナーである事には変わりない。


 ま、当分言うつもりはないけど。


 とにかく、虎太郎が気にして、ばれないように気をつけろと念押ししてくるのだ。

 薫としては、メンバーならいいかと思うが、どこから外へ漏れていくかわからないからと、今はまだだめだと虎太郎が言う。

 それは、蒼木も同じで。口をすっぱくして、お前はそういう所が甘いから、気をつけろと言う。

 今、映画の話が来ている。一人の若手ダンサーの話だ。ストリートから、プロの世界へと花開いてく──という話で。

 ダンスにも力を入れている薫からすれば、嬉しい仕事だった。恋愛映画を撮るより、気持ちも入りやすい。

 その話が、ぽしゃっては困るからと、それもあって厳しく言うのだ。

 薫だって仕事は失いたくない。ことに、興味を引かれる内容で。しかも主演だ。力を試されるが、大きく羽ばたくチャンスでもある。

 スキャンダラスな話題で、それを失うことは避けたいのだろう。


 スキャンダル。ただ、好きな人と過ごしているだけなのに…。


 世間は偏見に満ちている。

 今更それと戦う気はしないが、放っておいて欲しいと言うのが正直な所だ。

 誰が誰を好いていてもいいじゃないか。それが、他人にどんな迷惑をかけると言うのか。

 ただ、気にいらない、受けいれられないからと、個人の価値観で否定する。

 価値観はそれぞれ。好き嫌いがあって、当然だけれど、それを押しつけるのはどうかと思う。

 正しさなんて、一つじゃない。


 まあでも。ファンの子らは──ショックか?


 相手が異性であれ同性であれ。好きな彼氏を他人にとられた、そう思うのだろう。

 ごめん、とは思っても、こればかりはどうしようもない。

 そのファンの子らだって、身近に好きな相手を見つけるのだ。薫のそれも、当たり前のこととして、受け入れて欲しいと思う。


 そうもいかないのが、ファンの心理なのだろうけど──。


 それは、それ。これは、これ。生涯独身、私だけの『薫』でいて欲しいのだ。

 それに蒼木曰く、独身だと、もしかして──が、あるかも知れないと、期待を抱かせるかららしい。

 アイドルは、本当に大変だ。


「なに? 眉間にしわ。めっずらしー」


 つんと、眉間を突かれた。敦だ。


「いっつも、幸せいっぱいって、顔してるくせに。悩みがあるなら、お兄ちゃんに話してごらん?」


 そう言って肩を組んでくる。


「…大丈夫。ってか、一カ月だけお兄ちゃんなだけだろ? 兄貴面すんなって」


「俺は本当のお兄ちゃんだぞ。頼るなら俺を頼れ」


 そう言って、横に現れたのは佑京だ。さっきまで翔琉とふざけあっていたはず。


「悩んでなんかいないっす。元気いっぱいっす」


「まぁ、幸せな悩み、って感じ? 久しぶりに大好きな虎太郎さんに会えて?」


 翔琉まで会話に入ってくる。


「ラブラブって? ラブ爆発?」


「いやだー、いやらしー。薫!」


 瑛二と王一郎だ。気が付けば、メンバー全員に囲まれていた。


 なんなんだよ。こいつら。


 よってたかって、薫をからかって楽しんでいる。盛大なため息をついた後、


「そうだよ。幸せ過ぎて、不安なくらいっす」


 そう言えば、皆がまたどっとはやし立てた。

 本当と嘘が入り混じり、なんとも複雑な心境でもあるが、これはこれでいいと思っている。まったく話さないでいるよりずっといい。

 とにかく、今はまだ未成年で。あと少し、高校を卒業すれば、少しは一人前に近づく。誰かに話すにしても、それからだ。


 それまでは──。


 と、薫の端末が着信を知らせた。虎太郎からだ。通信アプリに送られてきたメッセージを読んで、笑みを浮かべる。


『今日の夕飯は、ジャーン。海鮮丼、デラックス。仕事、頑張れ!』


 画像には、タイにブリ、マグロにサーモン、イカに甘エビが用意されていた。きちんと虎太郎が焼いた卵焼きもある。

 手抜きとは言いつつも、手が入っていて。

 最近は、こうして他の仕事やダンスや歌唱レッスン、スタジオにこもっての録音などが続き、帰りが遅く。

 当分、夕飯担当は虎太郎となる。


 虎太郎さん、気合はいってんな。


 と、その様子を目ざとく見つけた、唯鈴が。


「まーた。いやらしい笑顔! 顔、崩れてるよー。アイドル失格!」


「うっせーの」


 言って、唯鈴の頭をくしゃりと手でつかんだ。

 でも、デレている自覚はある。だって、仕方ない。嬉しいのだから。

 部屋に帰っても、そこは暗いしんとした部屋ではなく。虎太郎が出迎えてくれる、暖かい空間なのだから。

 

 早く帰りたいな…。


 メッセージに返信してから、ふうとため息を漏らした。



「なんか…。まるで、恋してるみたいだな?」


 敦は少し離れた所で、そんな薫をみて一言。応じる佑京は。


「てか、あれは恋だろ? まごうことなき…」


 相手が誰なのか、薄々感づいてはいるが──そこはまだ、触れずにいた。いつか、その時が来れば、薫は話すと思っているからだ。

 それは、まだ先になるだろうけれど。

 

「なんか…。真剣だし。しばらくは、見守っておくのが正解?」


「だろうな?」


 敦と佑京は顔を見合わせてから、笑った。



—了-

  

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