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One  作者: マン太
30/34

12.One

 それから。

 次の日の朝の便で、薫は匠と共に島を後にした。

 船の甲板の手すりに身を乗り出すようにして、最後まで虎太郎に手を振って。

 虎太郎の姿が豆粒以下になって、見えなくなった後も、遠くなっていく島に目を向けていれば、隣に匠が立った。

 薫に負けずスラリとした長身のこの男は、まだ線の細い薫と違って、胸板も厚く男の色気が、鼻につくくらい漂っていた。

 比べても仕方ないのはわかっているが、虎太郎に好意を持つ者として、やはり意識はしてしまう。


「…お前、これから、あいつとの付き合いをどうするつもりだ? アイドルしてんだろ? 虎太郎を守り切れるのか?」


 手摺に手をかけ、こちらを見やる。

 出航してしばらくは、薫と同じ様に甲板にいたが、途中から姿が見えなくなっていたのだ。

 なんとなく、遠慮したのでは──そう思えた。

 薫はチラと匠を見たあと、また視線を島へと向けて。


「…画面の中の俺は、アイドルです。けど──この人生は俺だけのものだし、誰に遠慮するつもりもありません」


「…へぇ」


「俺は俺だけの人生を生きます。俺の──たったひとりは、虎太郎さんだ。…どうしても選択しないといけない日がきたら、迷わず、虎太郎さんと生きる道を選びます」


 だって、一度きりしかない人生だ。好きな人と生きる事を、誰に遠慮する必要があるのか。


「……」


「これからも、俺は精一杯、虎太郎さんを大切にするし、きっと虎太郎さんもそれは同じだと思います。──どっちかが守って守られる、そう言う関係じゃない、そう言うのを目指します」


 たぶん、これは虎太郎も同じだと感じている。

 虎太郎は一方的に守られる事をよしとしないだろうし、逆に必死で薫を守ろうとするだろう。


「ふ…ん。言うことは立派だな? ──まあ、応援してやるよ」


 そう言って匠は笑った。


 その日の昼過ぎ、船は港に着き、そこで匠とは別れた。なんだかんだ、連絡先も交換して。

 別れ際。なにかあって、二人して逃げ出したくなればいつでも、自分を頼れと言ってくれた。

 思っていた以上に、いい奴らしい。

 虎太郎と二人きりにしなくて良かったと思った。でなければ、もう虎太郎は自分のもとに帰ってきてはくれなかったかもしれない。

 虎太郎を信用していないわけではないが、それほど、実は情の深い男だと分かったからだ。

 


 港に迎えに来た蒼木の車に乗って、帰途につく。蒼木はハンドルを握りながら。


「まったく…。これで、少しは落ち着いたか?」


「すみません…。蒼木さん、わがまま言って。でも、もうこれで大丈夫です」


「だといいが…。体裁は、ルームシェアしている友人同士だ。ファンは、お前たちを唯一の存在として見ているからな? 半端に向き合っていると離れていく…。アイドルでいる間は、私情は押さえろ。──分かっているな?」


「わかってます。画面の中の俺は──そうします。けど…」


 虎太郎とふたりでいる時は、体裁など知らない。

 薫は虎太郎だけのアイドルで、虎太郎もまた、薫だけの唯一のアイドルなのだから。

 蒼木は小さなため息をもらすと。


「画面の外では、好きにするといいさ…」


 とっくにお見通しだったのか、口元に苦笑を浮かべて見せた。



 会場は満員だった。無数のペンライト、サイリウム。光の点滅。

 それは、思いのひとつ、ひとつで。

 彼ら彼女らの思いを、一身に受けて、光の中に躍りでる。皆の胸にある、『アイドル』を演じる。

 それは、自分たちにしかできないこと。

 ここに立って、人々を感動させる、それができる事に感謝して。

 嘘のない思いを、皆に向ける。


 ありがとう──。


 それでも、そんな俺にも、舞台を降りれば、たったひとつがある。

 数ある出会いの中で、たった一つ。見つけられたなら、それは奇跡に近い。

 尊いひとつ。

 これだと思っても、違うこともある。

 これで終わりだと思っても、次が現れることもある。

 それでも、みつけた一つを、大切にすることができたなら、それがたった一つになる。



「薫、ただいま!」


「おかえりなさい。虎太郎さん!」


 島から帰ってきて。

 玄関を開けて訪れた、海の香りを漂わせた虎太郎を抱きしめる。胸がいっぱいになった。

 

「…って、薫。また、身長伸びたか?」


「そう言えば、最近、衣装のパンツの裾、伸ばされたんですよねぇ…」


 虎太郎を抱きしめたままぼやく。


「嘘だろ? ますます俺がちびっ子化するじゃないか!」


「大丈夫。歳をとったら、縮みますから」


「何年後の話しだよっ」


「それまで、ずっと一緒にいましょうね」


 ニッコリ笑んでそう口にすれば、ボボっと虎太郎の頬が見る間に赤くなった。


「…薫、なんか、大胆になったのな」


 そんな、虎太郎の荷物を受け取り、背を支える様にしてエスコートすると、リビングへと入るドアを開ける。


「そんなこと、ないですって。さ、取りあえず中で休んで下さい。お茶かコーヒー、淹れますから」


「うーん…。なんか、お姫さま気分だ…」


 そう呟く虎太郎の額に、軽くキスを落とす。ビクリと飛び上がった虎太郎に、軽く笑った。



 あなたは、俺のたったひとつ──。




ー了ー


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