11-2.それから
昼食をそうめんで軽く済ませたあと、さっそくドライブとなった。
「どうしたんですか?」
車に乗り込んで、さあという所で、忘れ物、と言って、いったん匠が家に戻ったからだ。けれど、帰ってきた匠はなにも手にしていない。
「ああ? いや、何も。たいしたことじゃない」
それだけ言うと、あとは何も答えず、エンジンをかけると、出発となった。
借りた軽自動車の窓を全開にして見慣れた島の道を行く。運転は匠だ。髪を巻き上げる、潮風が心地いい。
まず、一番眺望のいい展望台まで行って、海原の広がる島の周囲を見渡すと、そのまま来た道を戻らず、ぐるりと島を巡る様にして港まで下った。大周りになり時間もかかるが、観光気分なら丁度いい。
「距離はないが、ドライブすると楽しいな。──いい道だ」
「信号もありませんから。あんまり飛ばさないでくださいよ? 借りてる車なんですから…」
「分かってるさ。もう、島はほとんど歩きつくしたのか?」
「ええ。調査個所を巡っているうちに、必然的に」
「なら、港の傍にある、神社に行ったことは?」
「ああ、…あそこは一番最初に行ったはず…」
世話をしてくれた町長に島内の話しを聞いたあと、まずは挨拶をと、訪れた記憶がある。
「あそこの裏手に、洞窟ががあるんだってさ。そこを抜けると夫婦岩がある──。そこには?」
「ないですね…。そんな場所、あったんですね? 誰に聞いたんですか?」
「スーパーに買い物に行った時に、近所のばあちゃんにな。なんでもいわれがあるそうだ」
「どんな?」
興味を引かれ、思わず聞き返した。匠は面白がるような口ぶりで。
「昔、村で裕福な屋敷の娘が、農民だった男と恋に落ちて、逢引きに使った洞窟だそうだ。ある日、娘が身ごもっていることが知れて、逢引がバレた男は、処罰され命を落した──。遺体は海に流されたらしい。それを知った娘はこどもを生んだ後、あとを追って海に身を投げたとか…。そうして、次の日、その男と娘が岩となってそこに現れた──らしい」
「…ありそうなお話ですね。大抵はあとからつけたんでしょうけど。でも、真実も入っているんでしょうね」
「まあな。で、その岩の前で愛を誓いあうと、必ず結ばれるそうだ。ばあちゃんも、そこで旦那さんに告白されてつきあったんだとさ。別れるんじゃないってのがいいな。俺も告白すれば、結ばれると思うか?」
「…冗談はよしてください」
「とりあえず、全部、行きつくして、残すはそこだけだ。行ってみていいか? そこから見える景色は最高に綺麗なんだとさ」
「わかりました…。行きましょう」
これで最後だと思えば、我儘にも付き合うと思えた。渋々ながらも、匠の運転でそこへと向かった。
「…んだよ、これ」
息を切らした薫がそこに到着すれば、玄関先にメモが一枚あった。木枠の一つにそれが挟んである。なんだろうと、手に取って読めば。
『虎太郎を取り返したければ、神社の裏の洞窟まで来るように。匠』
と、あったのだ。
匠…って、あの男か。
甲板で、虎太郎とキスしていた男だ。
虎太郎と別れたあと、ファンを巻くためにあちこち走り回って身を隠し。しばらくしてまた戻った。
そうすれば、出航した後で。
慌ててテラスへと向かったのだ。同じく、なかなか戻ってこない薫に、業を煮やした蒼木が迎えに出て。その時のことだった。
同じく、匠の所業を目撃した蒼木が、帰りの車の中で教えてくれた。
薫が事の顛末をすべて、蒼木に話した後の事だ。虎太郎を好きになって、告白したこと。そして、振られた事。
すると、話してくれたのだ。
虎太郎は昔、匠を好きになり、こっぴどく振られたことがあると。それで一時体調を崩したことも。さっさ、キスしていたのは、その匠だと。
なんで、俺はだだめで、そいつはいいんだ?
すると、蒼木は、虎太郎はすでに匠とは終わっていると教えてくれた。
あいつが何を考えているか、分からないでもないが、とにかく、お前はどうしたい? と尋ねられ。
俺は──虎太郎が好きだ。
あんなキスシーンを見せつけられ。余計にそれを自覚した。
誰にも渡したくない。
虎太郎は、自身が同性を好きだと一言も口にしなかった。ただ、薫の先を思って、応えられないと言った。
あの時、虎太郎が自身の志向を話していれば、薫は諦めが付かなかっただろう。どうしてもと粘ったはず。
だから、虎太郎は──。
何も言わずに、去ろうとした。薫の為に。
でも、俺のことを思うなら…。
「俺は…虎太郎さんが、好きなんです…。いくら反対されても、変えられない。諦められないんです…。虎太郎さんは、俺が弱っていた所為だって言ったけれど、そのせいじゃない。虎太郎さんといた時は、もとの自分でした。──それが、答えなんです…」
すると、蒼木は大きなため息をついた後。
「お前はうちの商品ではあるが、その前に、ひとりの人間だ。自分の人生を選ぶ権利がある…。もちろん、責任を負う必要もな。──後悔がないと言うなら、選べばいい。お前の人生だ」
「…蒼木さん」
「ただ、すぐには追えない。もし、虎太郎を追う気があるなら、一週間はまて。そうすれば、なんとか二日は空けられる。行って帰ってくることはできる…」
「──ありがとう、ございます!」
そうして、なんとか勝ち取った二日。明日の午前の便で帰ることになる。今は昼過ぎ。すでに日が傾き始めていた。
神社の──裏?
洞窟なんて、あったか?
記憶の糸を手繰り寄せる。幼い頃、数えるほどだが、ここへ来たことがある。確か夏祭りがあって。その前には、村にまだ子供がいて、一緒に遊んで。神社でも確か、鬼ごっこやかくれんぼうをして。
『この裏に、洞窟あるの、知ってる?』
『うそだぁ』
『ほんとだよ! 行ってみる?』
『行く行く!』
ああ、思い出した。あそこだ──。
薫は来た道を走り出した。
バスは待っても、折り返して戻って来るのに数十分かかる。
なら、走った方が早い。
薫は荷物を放り出すと、来た道を、全速力で駆け戻った。