表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
One  作者: マン太
27/34

11-1.それから

 その後、島に着いてからも、匠は虎太郎について回った。泊るところもないからと、薫の母の実家へも押しかけて。

 嫌だったが、何も用意していなかった匠をそのまま、外へ放り出すこともできず。結局、居候させている。

 あれから、匠は一度も虎太郎に手を出すことはしなかった。寝る部屋も別々だ。まるで、以前、自分の気持ちを知る前の匠に返ったようで。

 虎太郎は警戒しつつも、いつしか、匠がいる生活に慣れて行った。

 もともと、匠も料理も家事もできる。マメに部屋も掃除する方で、よく遊びに行った匠の部屋も、まるでモデルルームのようにきれいに整えられていたのを思い出す。過去の一件がなければ、喜んで迎え入れたのだが。

 

「…匠先輩。いい加減、帰ってもらえませんか?」


 その日、朝食を取り終えた後、居間の縁側でくつろぐ匠にそう声をかけた。庭からは、咲き残ったジャスミンが薫ってくる。

 あれから一週間になる。その間、炊事洗濯を虎太郎と分担しこなすくらいで、あとは日がな一日、何もせず過ごしていた。

 置いてある本を読んだり、持ってきた端末で研究について調べ物をしたり。あとは、島を散策し、近所に知り合いを増やしたり。それくらいだ。

 薫のように虎太郎の採取までついては来なかった。やはり、そこには興味がないらしい。


「まだだな。いや──そろそろか…」


 空を見て、そう呟く。


「…何がなんです?」


「まあ、待てよ」


「ていうか…。どうして、俺がここへ戻る日、知っていたんですか? …蒼木先輩から聞いたんですか?」


「いや? 蒼木はなにも。あいつ、虎太郎の連絡先も含め、何を聞いても話さねぇんだ。仕方ないから、お前のお世話になってる教授に聞いた。世間話のついでにな。連絡先以外にも色々話してくれたぞ?」


「──いったい、何を企んでるんです? …これ以上、俺を苦しめて楽しいですか?」


 すると、それまで眺めていた庭から視線をはずし、虎太郎へと向け。


「苦しめるつもりはないさ。前もそうだった…」


「前って…。あれは、どう考えても嫌がらせでしょう? 嫌いなら、そう言って欲しかった。それで済んだのに…」


「あいつに言ったみたいにか?」


「話を混ぜ返さないでください。今は過去の話です…」


 匠は髪をクシャリとかき上げると。


「あの時は──俺もよくわかってなかったんだ。自分の気持ちにな…。だって、信じられないだろう? それまで、女としか付き合ってこなかった俺が、男のお前に興味を持ち始めてるなんて。──認めたくなかったんだ。それを自分い言い聞かせるために、ああした…」


「…俺が傷つくとは?」


「それ込みだ。お前がショックを受けて、それで俺はどう思うのか。放っておけるのか、それでも、女がいいのか…」


「結局、放っておいたでしょう? …俺が、どれだけ、傷ついたか…。それは、勝手に好きになった俺が悪いんです。──けど、断って欲しかった。なのにずるずると期待を持たせて、そのたびに裏切って…。俺も、きっぱり断ればよかったと後悔してます…。自業自得だったんだって…」


「今更だが、すまなかった。…あの時は、俺も分かっていなかった。それでも、お前と向き合いたくて、最後にお互いに機会を作ったんだ。──空港で待ってた。もしかして、お前が来たら、考え直そうってな。…けど、お前は来なかった。──前も言ったが、時間が経ってようやく気持ちに気づいたってわけさ。…が、後の祭りだ」


「当たり前です。もう、もとには戻らない…。俺は、先輩を信じることができません」


「それだけじゃないだろう? 他に好きな奴ができたんだ。だから俺が現れても揺らがなかった。──あの、港にいた奴だろ? お前たちの会話を立ち聞きしてな」


「……」


 虎太郎は黙って、匠を睨みつける。


「島で一緒に住んでたんだって? 蔵田のおばちゃんが教えてくれたよ。──で、帰ってからも一緒に…。これは、唯一、蒼木が漏らした情報だ。──あいつ、アイドルなんだって? 好きにならないわけないよな?」


「…アイドルだから好きになった訳じゃない。──知らなかったんです」


「で、知って恐れをなして、断った。か?」


「──好きに解釈していただいて、結構です。あなたに話すことはない」


「図星か…。お前みたいなのが、好きなんて、相当な変わり者だな?」


「…あなたより、ずっと何倍も増しです。気持ちを胡麻化したりしませんでしたから…」


「お前は誤魔化したんだろ? 自分の性的志向も話さず、嘘をついた──」


 匠は薄ら笑いを浮かべた。虎太郎は軽く唇を噛み締めると。


「…薫の為です。──だって、そうでしょう? こんな、冴えない男になんて、かまけている場合じゃない…。薫はファンにとって、一等星です。たったひとり、唯一の存在で…。それが、誰かと──しかも、同性と付き合うなんて、ありえません!」


「…お前は自分が思うほど、いけてないとは思わない。そりゃ、見た目は平凡さ。だが中身は悪くない。自分を卑下するのは難点だが…。無類の女好きの俺が、好きだと認めさせたくらいだからな? …一緒にいると、その良さがわかる」


「そんなの…。今更…」


「ま、そうなるよな? ──けど、あいつがもし、諦めず追っかけてきたらどうする?」


「…来るわけがない。仕事もあるのに、俺なんかのことで…」


 いくらキスシーンを見たからと言って、飛んでくるはずもないのだ。

 逆にそれを見たことで、腹を立てたかもしれない。自分をふったくせに、他の男と、なんて。あきれ返っている事だろう。

 

「──ほら、悪い癖だ。『俺なんか』。…何度も言うが、お前は自分が思うほど、悪くない」


「……」


「あいつがもしここへ来たら、俺と付き合っていると言えばいい。断るにはいい理由だろう? 以前ふられたが、よりを戻したってな。のってやってもいいぞ」


「…そんな、調子のいい。先輩を利用するつもりはありません。──だいたい、追ってはきませんから。そんな必要もありません…」


「…どうだかな? 今日は船のつく日だろ? 昼過ぎか…。見に行ったらどうだ?」


「そんな必要、ありません。俺は採取の続きがあるんで…」


「ここんとこ、休みなしだな? 今日くらい休めよ。俺とドライブでもしないか?」


「島は歩き回って、だいたい知ってるんで、必要ありません。──先輩こそ、明日の便でもう帰ったらどうですか?」


「ったく冷てぇな。──わかった。明日の便で帰る。だから、今日の午後、つきあえよ。な? 少しは先輩をいたわれよ」


「…わかりました。昼ご飯を食べた後なら」


 虎太郎は仕方なく折れた。


「よし。決まりだ。──じゃあ、車借りてくるな?」


 匠は嬉しそうだ。

 もちろん、この島にレンタカーなど持ち込まない限りない。隣のばあちゃんの所から借りるのだ。

 週に一回、島の診療所に行くとき以外使わない軽自動車がある。必要があればいつでも貸すからと言われていた。

 いつの間にか、おばちゃんとも親しくなっていて、虎太郎を呆れさせた。


「なにが楽しいのか…」


 すると、匠は悪戯っぽく笑い。


「好きな相手とデートなら、誰でも嬉しくなるだろう?」


「あきれます。それ…」


「ったく、つれねぇな」


 匠は肩をすくめて見せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ