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One  作者: マン太
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10-3.岐路

「…どうして、って聞くのも、分かり切ってはいるんでしょうけど…。やっぱり、同性は無理ですか?」


 虎太郎は俯いたまま、組んでいた手をくっと握ると。


「…俺、薫が持ってた薬、飲んでいたこと、あるんだ」


 告白は突然だった。あれは睡眠導入剤で。


「そう…なんですか」


「前に言ったろ? 大学の先輩と仲をこじらせたって。そのとき…」


「──言ってましたね。かなり、大ごとだったんですね?」


「まあ、当時の俺には…。仲良くさせてもらっていた分、ショックが大きかったって言うか…。──てか、その話はもういいんだけど、だから、薫が弱っていたのは知っていて…。そんな時に、俺がちょうどよく現れて。──だから、余計に頼もしく見えのかなって、思うんだ…」


「…吊り橋効果だって?」


 虎太郎は頷く。人は危機的状況に助けに来てくれたものに対して好意をもつらしい。


「そんな薫の助けになれて良かったと思う。けど、元気になったら、もっと別の人に思いを向けるべきだと思うんだ。…だって、薫はもともと、異性が好きだったろ?」


「まあ、そうですけど…」


「それに、一番大事なのは、薫が『アイドル』だって言うことだ。異性ならまだしも、同性となんて、ファンが知ったらどう思うか…。マスコミに嗅ぎつけられれば、うるさく騒がれるし、活動に影響も出てくるだろう? 薫は──嫌な言い方だけど、一般人じゃないんだ。どうしても、ひとめを気にしなきゃならない…。なのに、俺になんか、関わってちゃいけないんだって──」


「…俺の為に?」


 虎太郎はコクリと頷く。


「うん…。薫の将来はこれからもっと長い。愛花ちゃんだけでなく、また別の女性との出会いもあるはずだ。そこで、本当の出会いがあるはずで──」


「虎太郎さんとの出会いは、嘘だって、言うんですか?」


 薫は詰め寄った。


「…一過性のもだと思う。弱っていれば、藁にもすがるだろ? 俺はそれと一緒で。錯覚だと思う…。俺とは離れて、もっと時間が経てば冷静な薫が戻って来ると思うんだ。だから──」


「これで、お別れ?」


「うん…。その方がいいと思う…。もともと、そのつもりだったんだ。島での調査が終われば、早々に借りた家も引き払うから。鍵はまた、おばちゃんに渡して置く。マンションの荷物は、後で大学に送ってもらうよう、蒼木先輩に頼んであるから。──薫には、本当にすまないんだけれど…」


「嫌じゃないって、言ってくれましたよね? それって、少しは思ってくれているって事じゃないんですか?」


「俺はただの学生で、薫は──スーパーアイドルだ。みんなが知ってる…。彼氏にしたい俳優、ナンバーワンだ。俺は──男で、薫も…男だ。薫の気持ちは嬉しいけれど、やっぱり、無理なんだ」


 薫は虎太郎の肩を掴むと自分の方へ無理やり向き合わせた。虎太郎の目には戸惑いが浮かんでいる。


「じゃあ! じゃあ…嫌いだって、気持ち悪いからって言ってくださいよ。俺は異性しか好きになれないって。そしたら、諦めますよ! でも──虎太郎さん、そうは言わないじゃないか。俺の気持ちが嬉しいとか、そんなことばっかり…。きっぱり、切ってくださいよ!」


「…薫」


 と、にわかに背後が騒がしくなった気がした。


「ね、やっぱそうだって! 薫だよ! うそー! まじ?」


「ほんとだ! やだっ! 信じられないっ! 声かけていいかな?」


「え、どうだろ? でも私らだけなら、いいんじゃない?」


 見れば三人ほどの女性グループが、柱の陰からこちらをうかがっていた。やはりバレたらしい。流石に今は舌打ちしたい気分だった。


「薫。もういいよ。ありがとう。──薫の気持ちが嬉しかったのは事実だよ。でも、さ」


 そう言った虎太郎の視線は、背後の集団に向けられた。


「薫は──俺とは違うんだ」


「…最後に、それ、言うんですか?」


「だって、仕方ないだろ…。俺は──」


 もう少し、話しが続きそうだったが、もう待てなかった。背後からさらに声が聞こえてきたからだ。


 くそ。


 背後を振り返っていれば。


「…もしもを思って、蒼木先輩に連絡してたんだ。さっきのロータリーで待機してる。──もう行けよ」


「虎太郎さん…」


「薫といられて、楽しかった! いい思い出だった…。元気でな! ──ずっと応援してる…」


 笑顔でそう言ったけれど、その目の端がきらりと光って見えた。

 虎太郎は、素早くバックパックを背負うとベンチを後にする。


「虎太郎さん!」


 けれど、いくら呼んでも虎太郎は振り返らない。その間にも黄色い歓声は数を増した様で。その場を離れるしか選択肢はなかった。




「ふー…」


 虎太郎は、甲板の手すりに身体をあずけ、そこから港を眺めていた。

 泣き顔を見られたくなくて、甲板の端、柱の陰に身を隠すようにしていた。

 テラスには見送りの人々が出てきている。そこに薫の姿は当然ない。もう、蒼木とともに帰ったのだろう。


 あとは、蒼木先輩がなんとかしてくれる…。


 じきに出航だった。アナウンスが入り、それを告げる。続いて出航のドラが鳴り響いた。

 薫に好かれていたなんて。思いもしなかった。あんなキラキラした青年が自分を、なんて。


 俺の片思いだとばっかり──。


 虎太郎に告白された時は、心臓が爆発するかと思えるほど、ドキドキして、興奮して。

 とても眠りにつけるような状況ではなかった。


 やっぱり、帰ってきたら、間違いだったと言うんじゃ──。


 でも、帰ってきた薫の意思は変わっていなかった。安心して、そのまま眠ってしまった。

 けれど、朝起きて冷静になるうち、どう考えても無理だと思え。

 一般人ならまだしも、薫は国民的な人気を誇るアイドルで。

 それまで、そちらの世界にまったく興味を持っていなかったため知らなかったが、こちらに帰ってきてから、薫について調べあげ、それを理解した。


 それが、同性の俺を好いているなんて。


 一般人だったなら、虎太郎の性的志向を話せば、付き合いは始まったかもしれない。けれど、薫の立場でそれは無理だった。

 異性でも騒ぐのに、それが同性となれば、ただでは済まないだろう。薫たちの活動にも悪影響を及ぼすだろうし、仕事を失う可能性もあるのだ。

 それを分かって、応じられる虎太郎ではなく。

 自分が女性だったら、それでも、乗り越えて行こうと思えたかもしれない。それが、世間の言う、普通だからだ。


 けど、俺は──『普通』じゃない。


 匠を好きだった時、それを痛感したのだ。

 匠のことは、出会ってからずっと好きで。一緒に遊んでくれるようになって、有頂天になっていた。

 でも、夏の終わりごろ、なんとなく、虎太郎の思いが匠に知れたようで。

 それからが酷かった。

 いつものように部屋に遊びに行けば、女性が寝室にいて。匠は寝乱れた姿で、虎太郎が来ることを忘れていたと笑った。

 あの時のショックは筆舌に尽くしがたい。がんと頭を殴られたような──なんて、説明があるが、まさにそれで。

 どこかで、匠も自分を好いてくれている、そんな思いがあったせいかもしれない。それが裏切られ。

 その後も、何度か似たようなことがあり。

 飲みに誘われれば、女性といちゃつく姿を見せつけられ、久しぶりに海に誘われたかと思えば、彼女同伴で。虎太郎が席を外したすきに、車で彼女とことに及んでいた。それも、前に見た女性とは違う。

 あれは、わざとそうしていたのだ。虎太郎への嫌がらせ。嫌いだったら、言葉で断ってくれればいいのに、匠はそうせず。

 もう、だめだと思った。壊れていく自分を感じて。自分が女性だったら良かったのにと、普通でない自分を呪った。

 

 普通じゃないから、薫とは──付き合えない。


 薫は、たぶん『普通』だ。今まで、ずっと女性と付き合っていたようだし。

 虎太郎のことさえなければ、愛花とも付き合っただろう。まだ、十分、戻れる。


 俺なんかと、関わってちゃいけないんだ…。


 匠とのことによって、突きつけられた現実。お前は普通じゃないんだ、と。


「──あれで、いいのか?」


 突然、背後からそう声をかけられた。びくりと肩を揺らして振り返る。


「──…先輩」


 そこに立っていたのは、匠だった。

 白のプリントTシャツの上に薄手のグレーのパーカー、下は黒のジョガーパンツと、ラフないで立ち。

 ためらいもなく、虎太郎の傍らに来ると、同じように手摺に手をかけ、見送りのテラスを眺める。

 船はゆっくり波止場から離れていくところだった。このまま旋回して、湾を出ていくのだ。


「どうして? なんでここに?」


「…用があってな」


「島に? あそこには、先輩が調べるようなものはなにも──」


 言いかけた虎太郎の顎を捕えると、迷いなく、その唇にキスをしてきた。


 何を──!


 はっとして、その手を振り払おうとしたが、その手ももう一方の手につかまれる。


 いったい、どうして──!

 

 キスを終えると、匠はにっと笑みを浮かべ、手首を掴んだまま、睨みつける虎太郎を見下ろす。


「──お前へ、罪滅ぼしをしようと思ってな」


「なっ! 何を言って──!」


「あいつ、見たぞ。──今の」


 え?


 匠の視線を追って、同じように港へと向けると、先ほどまで見ていた見送りのテラスの端に、薫の姿があった。

 サングラスは頭に跳ね上げ、マスクも外されている。


 ──薫…。


 隅の方で、手摺をつかんだまま、こちらを注視しているのが見て取れた。


 なんで? 帰ったんじゃ──。


「あの顔…。笑えるな? 自分をふったお前が、他の男とキスしてる──どうしてだ? ってな?」


「──!」


 虎太郎は今度こそ、匠の肩を押し返すと。


「ふざけないでください! 何が罪滅ぼしですか? また、嫌がらせですか? ここまできて、どうして──」


「じきにわかるさ。理由がな…」


 匠はただ、笑って見せるだけだった。



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