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One  作者: マン太
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10-2.岐路

 薫が帰ったのは、結局、夜の十時過ぎ。さすがに未成年を含め、背一杯頑張ったメンバーを深夜まで連れ回す事はできない。

 スタッフのみ残り、あとはお開きとなった。

 メンバーは皆、それぞれマネージャー送られ帰って行く。たいてい、同じ方向のメンバーをひとまとめにして家まで送った。


「薫さんは、こっちで」


「はーい」


 呼ばれてサブマネージャーが運転する車に乗り込む。薫は、帰りの方向が一緒となる、唯鈴(いすず)佑京(うきょう)だ。


「薫、今日、ずっとご機嫌だったね?」


 隣に座った唯鈴が顔を覗き込んでくる。


「…そう?」


「そうだって。なーんか、ずっとニヤニヤしてさ。しかも、ひとりで…。怖いのなんの」


 佑京が気持ち悪そうな顔をして、唯鈴の反対側から覗き込んできた。薫はその顔を嫌そうに押しのけると。


「べっつに。そんなこと、ないって…」


 そんな風にしていたつもりはないのだけど。

 言ってスッキリしたのもある。『好き』と言う気持ちを、どうしても伝えたかったのだ。

 帰ればきっと、虎太郎が困った顔で出迎えるに決まってる。気まずいこと、この上ないだろう。

 けど、それすら可愛いかも、と思ってしまうのだ。

 

 どうかしてる。──けど。


 パッしない、しかも、男をどうして? と、言われるだろう。けれど、そこを見ていたわけではないのだ。

 見た目や性別ではなく。ひとりの人間として、惹かれた──それがしっくりくる。


「やっぱ、笑ってるって。気持ち悪りー」


 隣の佑京が二の腕を抱える様にして、さすって見せた。



 一番先に降りたのは唯鈴。次が佑京で、最後が薫だった。マネージャーに見送られ、部屋のドアを開ける。薫が部屋に入ったのを見届けると、マネージャーは帰って行った。

 玄関の灯りはつけられていたが、ひと気はない。虎太郎は寝ているはずだ。玄関脇には、すっかり準備の整った荷物が置かれている。

 来た時と同じ、大きなバックパックが置かれていた。ただ、中身は軽い。主な荷物は着替え等で、研究に使うものは、あらかた島の家に置いてきている。そこまで重くはないはずだ。


 いよいよ、か。


 明日の午前、十時には出航だ。また戻って来るとは言え、寂しさは募る。


 必ず、連絡してもらわないと。


 そうして、靴を脱いでいれば、キイッとドアの開く音がした。顔を上げれば。


「…おかえり」


 寝室のドアが開いて、虎太郎がひょっこり顔を出した。


「ただいま。起きてたんですか? 寝てて良かったのに…」


「うん…。まあ、その……。寝られなくて…」


 虎太郎の視線が泳ぐ。


 それは、そうだろう。


 薫は靴を脱ぎ終わると、荷物を手に廊下を進む。そうして、寝室のドアから顔を出していた虎太郎の前まで来ると、その顔を見下ろし。


「俺、なにかしたいとか、そこまで、思ってませんから。安心して下さい。ただ、気持ちを伝えたかっただけなんで…」


「そ、れは…、わかってる…。男の俺、相手にそこまでは──な?」


「…別に。そういうわけじゃないんですけど…」


 見下ろす虎太郎は、俯き加減でそっぽを向いている。その頬が赤らんでいて、かわいいと思ってしまった。


「ごめん…。なんか、困らせたな? うん。取りあえず、もう寝るわ。おやすみ──」


「あの!」


 踵を返しかけた虎太郎を呼び止める。思わず大きな声になってしまった。

 虎太郎はびくりと肩を震わせて振り返る。


「あの…、無理に答え出さなくて、いいですから。なにかしようとか、思わなくても…。虎太郎さんは、そのままでいてください。…俺のこと、気持ち悪いとかじゃなかったら…」


「それは──ないよ…。薫の言いたいことは、よくわかったから。──おやすみ」


「おやすみなさい…」


 再び寝室へと戻った虎太郎を見送った。


 ま、寝る部屋は一緒なんだけど。


 とにかく、薫も今日は疲れた。コンサートで全て出し切ったあと、一世一代の告白もして。

 興奮で眠れないかも知れないが、早々にベッドに入ろうと思った。


 シャワーを浴びて寝室に戻ると、虎太郎はタオルケットに包まり、すっかり寝入っていた。

 意識して眠れなくなっているのでは──そう思ったが、そんな事はなかったらしい。

 背を丸めているから、まるで丸まって眠るネコの様。


 やっぱり、『まろ』だ。


 くすりと笑う。

 この時間まで薫を待っていたのなら、相当、眠かっただろう。薫を意識するより、睡魔の方が勝ったのかも知れない。

 薫は布団の上で、こちら側に顔を向けて眠る虎太郎の傍に膝をついた。かるく口を開けて眠る虎太郎は、あどけない。


 俺は──どうなりたいんだろう?


 離れたくない、そう思う。


 でも、その先は? 


 一緒に住んで、楽しい日々を送る。──それだけなのか?


 薫は虎太郎の唇に指先で触れようとして、その手を引っ込めた。

 代わりに額をつんと突いてみた。ん、そう言って虎太郎が顔をこすって、また眠りに落ちていく。


 かわいいな。

 

 身体を屈め、脇に腕をつくと、横になった頬にそっと、キスしてみた。間近で見下ろす虎太郎は、そよそよと寝息を立てている。


 これ以上のことを、虎太郎にできるのだろうか?


 少し想像して、それをやめた。なにか、虎太郎を汚すような気がして嫌だったのだ。


 ──でも、たぶん。

 

 できなくはない。そう思った。


 

 次の日、休みの薫は、港まで虎太郎を見送りに出た。

 休日はマネージャーも休みだ。タクシーを借りて向かう。本当は電車を乗り継いでも良かったが、ここでは『薫』だとすぐに知れてしまう。そうなると、面倒なため、タクシーとなったのだ。

 車窓の外の景色は都会のそれだ。街路樹の向こうには高層ビルが聳えたつ。


「島とは大違いですね…」


「…だな」


 今朝はいつも通り。朝食を作ったのは虎太郎だ。ごはんと豆腐の味噌汁。卵焼きに半身の塩鮭、漬物、海藻サラダ。簡単だけれど、量はそれなりに多い。

 会話もいつも通り──と、言いたかったけれど、虎太郎がどこかよそよそしいのは否めなかった。

 それも仕方ないことだと思う。男に告白され、その当人と一緒に朝食を食べているのだから。いつも通りを装うとしても、無理だろう。


 嫌じゃない、そう言ってくれたけれど…。


 気持ちは嬉しいと言ってくれた。ただ、好きという言葉を受け入れがたいのかもしれない。異性同志の好きとは重さが違うからだろう。

 ちなみに、薫は虎太郎以外の同性に、そう思ったことは一度もない。虎太郎だからそう思えたのだ。

 昨晩、頬にキスした時を思い起こす。

 それは、薫の虎太郎への好意が、異性間のそれと同等なのだと理解できて。


 虎太郎さんは、どうなんだろう?


 もし、この先も一緒にいてくれるなら、考えられるのだろうか?

 薫はそんなことを考えながら、隣に座る虎太郎の横顔を見つめていれば。


「…薫。見すぎ」


「え? あ、ああ、ごめん…」


 虎太郎の頬が僅かに赤い。


「お客さん、そこのロータリーでいいですか?」


 運転手に声をかけられ、我に返る。


「あ、はい」


 薫が答え、しばらくしてタクシーが、駐車スペースに横付けされる。

 先に虎太郎を下ろすと、料金を支払い、荷物を下ろす虎太郎を手伝った。バックパックを薫が背負い、虎太郎と共に乗船客の待合室へと向かう。

 平日の出発日とあって、そこまで人は多くなかった。それでも、学生はまだ夏休みの時期で。

 他の船に乗る客もいて、それなりの人ごみだった。薫は変哲もないジーンズに濃紺のTシャツ、サングラスにマスク姿だったが、長身のためひと目をひく。目ざといものなら気付きそうだった。

 すると、気を利かせた虎太郎が。


「薫。ここまででいいよ。面倒だろ? ばれると…」


「いえ。出航まで見送ります。外れの方なら人もいないから」


 そう言って、結局冷房の効いた待合室には向かわず、その二階にあるテラスに向かった。そこは見送る人の為に作られた場所で、確かに隅にいけば、ひとの気配はなかった。


「ここなら大丈夫」


 日陰にあるベンチに荷物を下ろすと、その隣に薫は座った。


「虎太郎さんも、座りましょ」


「うん…」


 おずおずと、その隣に座る。

 虎太郎は、朝からそんな調子で。よそよそしさもあったが、何か考え込んでいる風もあり。

 そんな様子にあまりいい印象は受けなかった。なにか、不穏な空気を感じたからだ。

 まさに、それは的中した様で。


「その…。薫」


「はい?」


「俺…。やっぱり、薫の思いには──応えられない、かも…」


 そう言って、虎太郎は視線を足元に落とした。



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