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One  作者: マン太
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9-3.思い

 虎太郎の席は、会場からステージを正面に見て左手だった。一番隅だが、最前列で。

 とにかく、ステージが良く見えた。あまりに近いと見上げるようになってしまうのだが、距離はとってあるため、そこまで見上げるようにはならない。

 コンサート会場に入る前、虎太郎は駅に到着して、改札を出るまでの間、薫や他のメンバーの大きなポスターを目にしてきた。


 凄いな。


 ポカンとして、それを見つめる。

 一番最初に見たポスターは、電車を降りて直ぐにあった。

 キメ顔というのか、キリリとした表情で、薫が虎太郎を見つめている。しかも、アップだ。

 ファンの子達が、代わる代わるそのポスターを背景に、一緒に写真を撮っている。

 あらためて、人気の高さがうかがえた。

 そこでポーズを決める薫は、やはり普段の飾らない薫ではなく、アイドルの『薫』だった。

 

 かっこいいな。


 今さらながら、住む世界の違いを感じる。

 マンションの一室で、虎太郎とじゃれあっている薫はただの高校生だと言うのに。


 惚れたって、仕方ない。


 素の薫を好きになった。

 あの島で出会ってから、ずっと惹かれていた。

 だって、仕方ないだろう。

 ひとり、黙々と岩石とばかり向き合っていた日々に、突然、きらきらと眩く輝く青年が現れたのだ。

 それは、茶色一辺倒だった世界へ、虹色に輝く光が差したようで──。

 惹かれるな、という方が無理だった。


 けど、知ったら、薫は気持ち悪がるだろうな…。


 ふっと自嘲の笑みを浮かべる。

 なにかしたかったわけじゃなく。ただ、一緒にいると心地よかった。かなり年下なのに、一緒にいると落ち着けた。こんな風に、楽しく日々を送れたらいいのに。

 それだけだった。


 でも、無理だ。


 分かってる。薫はごく普通に、異性を好きな青年で。思いを告げられないことは十分、承知している。せめて、一緒にいて楽しい兄貴分として、傍にいられれば良かった。

 それに、どうやらここ最近、ドラマの共演者、立木愛花と親しくしているらしく。

 仕事から帰ってくると、寝るまでの間に、ちょこちょこよメールをしている様で。それもかなり頻繁に。

 薫はただの仕事仲間と言っていたが、それまで、そんなことをしていなかった。たぶん、いい感じなのだろう。

 彼女とは一緒にテレビへ出演しているのを見たことがある。

 誰もが目を瞠るような美人だ。

 薫とのやりとりで楽しそうに笑う。笑うと人形の様な表情が崩れ、途端に可愛らしくなる。

 美男美女カップルとでも言うのか。目の保養になるようだ。

 放っておいても、互いに惹かれ合い、付き合いだすだろう。

 だから、まかり間違っても、自分とどうのこうのとはならない。──なるはずもない。

 ふと、覗いていた端末の画面ごしに映った自分を見て、笑う。

 だいたい、匠もどうかしているのだと思った。いくら心に引っかかっていたからと言って、こんな冴えない自分に声をかけてくるだなんて。


 女性に不自由はしてないだろうに。


 あれから、特に匠からのアクションはなかった。すでに以前の電話番号もメールも変えてある。こちらから連絡しない限りは、連絡もつかないようになっていた。

 ただ、蒼木には教えてある。薫と住むにあたって、連絡が取らなければならないこともあるからだ。そこから洩れなければ、まず連絡はつかない。

 薫には言っていないが、島での調査を終えたら、別の場所に住むつもりだった。

 そこも大学からは距離があるが、家賃も安く、なんとかバイトでしのげそうで。

 このまま、大学の研究員として残ることができれば、もう少しましな場所に移動するつもりだ。


 薫とは距離をとるいいタイミングだ。


 女優の彼女とはどうなるかは分からないが、いずれにしても、自分が薫の傍にいると、邪魔になる。

 虎太郎がいることを理由に、女性を遠ざけるようなことがあってはならないし、なにより、薫を好いている同性が傍にいてはいけないだろう。どう考えても。


 好きにならなきゃ、友達でもいられたけれど。


 どちらにしても、このまま一緒に暮らすことはできない。

 この事は、蒼木にはすでに伝えてある。そうかと、それだけだった。あっさりしたものだ。

 ただ、薫の場合は、うまく距離をとらないと納得しないだろう。

 そう思っていれば、蒼木がこの先は、仕事がかなり忙しくなるから、虎太郎ばかりに気取られている場合ではなくなるだろうと教えてくれた。薫が興味を持つような仕事らしい。

 そうなれば、意識はどうしても、仕事へ向かう。もちろん、きちんと休みは取らせると言ったが。


 それなら、安心だ。


 その前に、女優の彼女ともうまくいっていれば、なおいい。そうすれば、もっと話は早いはず。


 公私ともに忙しくなれば、俺どころではなくなる…。


 ちなみに、匠の元へ行くと言う選択肢はなかった。

 匠の事は傷ではあったけれど、当に終わっていて。今更、昔の記憶を呼び覚ますのは不可能で。

 それに、薫を意識した時点で、もう過去のものとなっていたのだ。だから、今更、で。

 もしかして、薫が現れる前なら、なにかあったかもしれない。

 それでも、やはり躊躇っただろうと思う。それほど、過去の匠の行動は、虎太郎を傷つけたのだ。


 いまさら、どんなに言葉をつくしても、元には戻らない。戻せない。


 壊れたものは、二度と同じ形にはならないのだ。


 けど、これで本当に、ひとりだな。


 また前にもどるだけ。ただ、黙々と岩石と向かい合う日々。もちろん、好きな世界に没頭できる事は喜ばしいし、望んでいることだ。

 これで当分、誰かと笑いあって、楽しく過ごすことはないだろう。蒼木の心配は当たった訳で。──でも、前ほどつらくはない。負け惜しみじゃなく。

 だって、薫は元気に笑って、そこにいる。

 画面の向こうから、自分だけに笑いかけてくるのだから──。

 

 開演間近となり、場内がざわつきも静まる中、一番端に座っていた虎太郎の列に入ってくるものがいた。


「すみません…」


 女性二人連れが済まなそうに声をかけてきた。隣が二席分、ずっと空いていたのだ。どうやらぎりぎりの到着になったらしい。


「どうぞ…」


 虎太郎は、一度席を立って道を作る。

 後から続いた女性が、虎太郎の前を通り過ぎる際、ふわりと甘い香りを漂わせた。

 若い女性が好みそうな香り。マスクと伊達メガネをして、前髪も長めに下ろしている。顔を隠したいのだと思った。

 そうこうしいていれば、会場が暗転して、ライトが会場を駆け巡った後、大音量と共にそれが始まった。

 ライブは久しぶりだったが、アイドルのそれは初めてで。かなり黄色い声が多い。当たり前だ。

 (おとこ)全開の男性アーティストのコンサートではない。皆、一様に推しメンバーの内輪を掲げたり、サイリウムやペンライトを振っている。


 これがそうか──。


 なかなか、これはこれで面白い。

 そんなことに目を向けていれば、いつの間にかメンバーがステージ上に立っていた。下からせり上がってきたらしい。

 それだけでもう、会場内が割れんばかりの黄色い歓声で埋め尽くされた。耳が聞こえなくなったかと思うくらいだ。


 すごい。


 メンバー一人一人が歩き出し、スポットライトが当たっていく。

 最後は薫だった。ひときわ高い声の歓声があがる。休養していたことは周知されていた。

 おめでとうー! とか、おかえりー! とか、声が聞こえてくる。その度、薫は手をあげ、丁寧にお辞儀を返していた。


 ああ、アイドルなんだな…。


 改めて実感した。

 虎太郎はとにかく、ステージ上の彼らから目を離さないようにした。とくに薫からは。

 ソロ曲もあって、その時はあちこちに投げキッスをし、ウィンクを投げ。

 最後にこちらに歩いてきたかと思うと、歌いながら視線を向けてきた。

 周囲の女子から悲鳴があがる。そうして、指で銃を形作って、撃ち抜くようなポーズ。


 ああ、あいつ…。合図するって言ってたっけ。


 虎太郎は、ふざけて胸を押さえてやった。

 見えたのか見えなかったのか、とにかくそこで一瞬、薫はくしゃっといつもの素の笑みを見せ。

 それで、また、ステージ中央に戻って行った。


 ──なんか、キザ。


 でも、これくらい、普通なんだろう。

 そう思っていれば、


「あれ、きっと愛花にだよ? ね?」


「そ、そうかな?」


「そうだって! こっち、ぜったい見てたし。オーケーって事じゃないの?」


「わかんないよー」


 照れくさそうな声が隣から聞こえてきた。


 愛花って、薫の共演者の…?


 まさか顔を見ることはできないが。

 それを聞いて、ああ、なんだそうかと納得した。


 俺に向けたわけじゃない。


 あの合図は隣の彼女にしたのだ。なんて、間抜けだろう。自分への合図だと思うなんて。

 黄色い歓声を上げている彼女らと変わらない。

 苦笑し、できればあの時の自分が、薫に見えていなければいいのにと思った。


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