9-2.思い
そうこうしていれば、とうとう、コンサート当日となった。
コンサートが終わった次の日、虎太郎は島に戻る。
すでに出発の荷物はまとめれていて、いつでも持っていかれるように玄関の隅に置かれていた。それを目にするたび、胸の片隅が傷む。
離れたくない──。
そう思ってしまうのだ。
それでも、虎太郎はあの島の、あの家にいてくれる──。
そう思うと、胸の痛みも薄れ。
次に会う時まで、何とか乗り切ろうと思う。
「虎太郎さん、絶対、遅れないように。行き方は、分かりますよね? 分からなかったら、サブマネージャーに連絡してくれればいいですから。連絡先は知ってますよね?」
「大丈夫。だいたいさ、子供じゃないんだから。今どき、ナビもあるし迷わないって。──ほら、俺の心配はいらないからさ。行っといで。蒼木さん、外で待ってるだろ?」
虎太郎は苦笑しつつ、玄関先でなかなか靴を履こうとしない薫の背を押した。蒼木は扉の向こうで待機している。
急かされ薫はようやく靴を履くと、振り返ってこちらを見上げている虎太郎と向き合った。
小柄だけれど、薫にとってはとてつもなく、大きな存在。この、あふれてくる愛おしさはなんなのだろう。
「その──虎太郎さん…」
「なに?」
「…勇気、もらっても?」
「ん? 勇気って、どうやって──」
虎太郎が尋ね終わる前に、薫は腕を伸ばし、虎太郎を抱きしめていた。
身長差があるから、抱きしめると腕の中にすっぽり収まってしまう。腕の中の虎太郎は温かく、少しばかり鼓動が早くなっている様だった。
ふわふわと柔らかい色の抜けた髪が、鼻先をくすぐる。
「──ありがとう、虎太郎さん…」
「──」
一瞬、虎太郎が息を飲んだように感じたが。薫はさらにぎゅっと抱きしめて、
「──行ってくる。絶対、見てて」
虎太郎さんのお陰で、強くなれた俺を──。
「…うん」
そう言って、虎太郎もしっかりと抱き返してくれた。
コンサートが始まった。
真っ暗な会場が一転、光の溢れる空間となる。
大歓声。揺れる空気。溢れる熱気。
視線の先には──。
いた。
照らし出された客席。そこに、虎太郎はいた。満面の笑みを浮かべて。
好きだ──。
ただ、それだけだ。誰になんと言われてもいい。この気持ちに嘘はつけなかった。
曲に合わせ、ウィンクをして、指で銃の形を作って、胸を撃ち抜くフリをする。
周囲は皆、私だと思っただろう。
──でも、違う。
虎太郎が、胸を軽く押さえ、撃たれたふりをしてくれた。薫は、顔をクシャリとさせて笑う。
虎太郎の反応は、期待を裏切らない。
今は、あなたの為だけに歌います──。
思いを込めて。
俺は、あなたが好きです──。