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One  作者: マン太
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9-1.思い

「あ、お帰りなさい!」


 薫は玄関の鍵がガチャリと音を立てたのを聞き逃さず、それまで手にしていた端末を放り、急いで玄関に向かう。いつもとは逆だ。

 扉の向こうから、やや疲れた表情の虎太郎が姿を見せる。薫の姿を認めて、驚いたようだった。いつもなら、この時間には帰って来ていない。


「──ただいま。今日は帰りが早かったんだ?」


「はい。撮影機材の調子が悪かったのと、愛花ちゃんが体調崩したみたいで。早めにきりあげになったんです」


 後半の撮影に入った所で、メインカメラに不具合が起こり。調整していれば、その間に愛花が体調を崩したのだ。

 軽い貧血だったらしいが──愛花から例のアドレスにメールがあった──それなら、今日は一旦、終了にしようとなり。

 さっきまで、その愛花に返信をしていたのだ。親しくなりすぎず、かつ、よそよそしくならない程度の距離感は難しい。

 

「そっか…。とにかく、お疲れさん。今日はゆっくり休めるな」


「ま、その分、明日、早いんですけど…。──てか、虎太郎さん、俺より疲れた顔してません?」


「え、そうかな…?」


 虎太郎は手の甲で頬を撫でる。その様子が、顔を舐めるネコの様で思わず笑ってしまった。


「なに? 俺、可笑しい?」


「いえ。ちょっと。──さ、とにかくシャワーでも浴びてくださいよ。今晩は俺が準備しますから。なんと、餃子です!」


「本当? 包むのできるのか?」


「実は初めてで…」


 苦笑いを浮かべた。動画を観ているうちに、試しに作ってみたくなったのだ。今は作ったタネを冷蔵庫で寝かしてある。

 食べるのは好きだが、実際、作るのは初めてで。因みに具材はニラと豚ひき肉オンリーだ。

 

「やるやる。何度か作ったことあるから」


「たのもしー! じゃ、お願いします!」


 そうして、虎太郎は手を洗うと、腕捲りをして、さっそく手伝ってくれた。

 帰宅して早々休む間もなく。申し訳ないと思いつつも、やんやんや言い合いながら包むのは楽しくて。


「あ、それだと具が──、そうそう、そうやって寄せて──って、それじゃ…」


 虎太郎が肩を震わせて笑い出す。薫の手にある餃子は、かなり不格好で。いつの間にか作ったはずのひだが全部潰れて、ワンタンのようになっていた。


「どうしてそうなる?」


「だって…。難しいですって。いいんですよ。要は具が出てこなければいいんですよね? ね?」


「そうだけど…。ま、いっか」


 そうやって、肩を寄せ合い、作り上げた餃子は三十個。一応、明日の撮影も考え、にんにくは抜いてある。

 包み終わると、焼きの作業となった。


「中火にして、水をカップ半分、入れて──」


 急いで蓋をして数分、水分が減ってくるまで待つ。ある程度、水分が蒸発したら、軽くごま油を回し入れ、さらに焼いていく。

 じゅうじゅう、パチパチと水と油が元気よく跳ねた。流石に三十個を一緒には焼けない為、十五個ずつ別のフライパンを使って焼く。おかげでコンロ周りは慌ただしい。


「フライで取れる?」


「あー行けそうです。ちゃんと焼けてるー、うまそー」


「あ、こっちも大丈夫。お皿、それなら一つで行けるな?」


「ですね──っと。これでオーケー」


 ガスレンジに盛大に飛んだ油は、素早く虎太郎が拭き取っていた。

 大皿に三十個、綺麗とまではいかないが、美味しそうな焦げ目を上にして盛り付け、夕食となる。


「あーおいしー。それに楽しいっすね?」


 薫はパリッと焼けた皮を口にして、目を細める。至福の時だ。


「ワイワイやるとね。一人だと黙々と作ることになるからな…」


「前に作った時ですか?」


「うん、そう。居候していた奴にな。あいつの部屋、台所も本に占領されててさ、火が使えなくって。月に数回、台所だけ綺麗にした時だけ使えたからさ。何が食べたいかって聞いたら、餃子って。お礼もかねて作ったかな?」


「手慣れてましたもんね」


「まあ、少しは。──でもこれ、笑えるって」


 そう言って虎太郎がつまんだのは、ワンタンもどきの餃子だ。ひだが作れず、結局、端を押しつぶして塞いだ結果で。


「笑わないでくださいよー! 今度、ぜったいリベンジで。あーでも、島から戻ってきてからになりますね? いつになりそうですか?」


「うーん。いつになるか…。ある程度はあっちでまとめておきたいからなぁ」


「ぜったい、連絡下さいよ? 迎えに行くんで」


「なに言ってんだよ。薫は忙しいだろ? アイドルが一般人を迎えにこなくてよろしい」


 最近、虎太郎はテレビの番組表をチェックし、薫が出ている歌番組を見るようになった。朝のニュースでも出ると分かると録画して。すっかり、おっかけとなっている。


「こうしてみると、改めて凄いなぁって思うよ。まるで、俺の知ってる薫じゃないみたいだ…」


 そう言って、しきりに感心していたが。

 薫としては、特別な目で見て欲しくはないが、こればかりは仕方ないのだろう。

 でも、その他はちっとも変わらない。前に言った所為もあるのだろうが、アイドルの『薫』としての扱いはしなかった。ただの薫だ。

 薫は島から帰ってきて、一度診察を受け、薬もいらないと診断され、今に至っている。なんせ、睡眠は十分とれているし、食事もちゃんと喉を通っている。何もかも順調で。


 それもこれも、虎太郎のお陰だ。


「なに言ってるんですか。絶対、迎えにいきますって。黙っているのなしですから」


「わかったよ。──うん、連絡する…」


 そう言って、どこか寂し気に虎太郎は笑った。その理由を薫はあとになって知ることになる。が、今はまだ知る由もなく。

 虎太郎は渋ったが、今の段階で離れる──と言う選択肢はなく。島から戻って来ても、一緒に住むつもりだった。

 薫にとって、虎太郎は特別な存在へとなりつつあって。

 その、特別が何を意味しているのか──。

 家族とは違う。ただの友達にしては、距離が近い。


 どっちかって言うと──。


 『彼女』に対するのと似ている。そうっとしていて、大事に扱おうとする。でも、彼女ほど気を遣わずにすむ。


 なんだろう。これって…。


 とても近く、とても大切にしたいと思う。家族の様に、一緒に過ごしたいと思う。

 でも、お互い好きな相手が出来れば、離れて行くのだろう。


 好きな人。


 できるんだろうか。虎太郎より大きな存在が。

 愛花ほどの美人を見ても心が動かない。もっと美人なら、動くのだろうか。──それも、違う気がする。


 そうじゃないんだ。


 見た目じゃないから、心が動かない。虎太郎だから、だ。


 虎太郎を好きな理由。


 なんとなく、分かってきた。

 家族でも恋人でもなく。どのくくりにも入らない、大切な存在──。

 それが、今の薫にとって、虎太郎に対する思いだった。


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