表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
One  作者: マン太
20/34

8-3.存在

 その日、虎太郎はいつものように大学の研究室に立ち寄った後、構内の図書館で調べ物をしていた。

 授業中とあって、館内は静かだ。脇に積み上げた本の山に囲まれながら、パソコンで作業をしていれば。


「…隣、いいか」


 ん──?


 イスの引かれる音と共に、聞き覚えのある声。忘れたくても忘れられない、この声の主は──。

 はっとして顔を上げた。


「…匠、先輩」


「かわんねーな。虎太郎」


 ニッと笑って見せる。日に焼けた顔。適当にかきあげただけの黒髪。

 以前と変わらないが、大人びた分、色気が増した様だ。──しかし。


 訳がわからない。ここは大学構内で。

 この人はアラスカにいて──いや、今帰ってきてるって、蒼木先輩が…。


 動揺する自分を隠せなかった。


「どうしてって顔してるが。ここは俺の母校でもあるし、親しい教授もまだご健在だ。挨拶がてら、ここふらふらしてたって、おかしくないだろ?」


「…でも」


 どうして、俺の所にまで。


 虎太郎は睨むようにこの男、匠直匡を見た。すると、そんな虎太郎に匠は苦笑し。


「そんな顔で見るなって。ラウンジに移らないか? ここだと話せない…」


 確かにここは図書館で。私語は慎むべきだろう。それに、断ったからと言って、匠が引き下がるとは思えなかった。


「…わかりました」


 それで荷物をまとめると、匠のあとについて図書館を出た。


 匠はラウンジのテラス席に陣取ると、虎太郎にも座る様に進めた。仕方なく、虎太郎も隣の席に荷物を置くと、向かい合うように座る。


「蒼木に聞いた。今は試料整理に、ここに来てるってな。──だから来れば会えると思った」


「…お元気そうですね? アラスカの大学はどうですか?」


「楽しくやってる…。毎日、海洋生物を追ってばかりだ。日本とはまた違う自然が広がるからな。本当に楽しいよ」


「良かったですね…」


 すると、テーブルに肘をついた匠は笑うと。


「ていうか、こんな話をするために、わざわざ会いに来たんじゃない。──おまえ、ここでずっと研究を続けていくつもりか?」


「…そのつもりです、けど」


 このままでは就職は厳しい。ありがたいことに、懇意にしている教授に目をかけてもらい、なんとか研究員になれそうだった。

 そこを足掛かりに大学に居場所を見つけられれば、ありがたいと思っていたのだが。


「どうせなら、こっちに来ないか?」


「──え…?」


 思わず、イスから腰を浮かしかけた。聞き間違いかと思ったのだ。それはどういう意味で、どういうつもりなのか。


「あっちでも、同じだろう? ここと違ってフィールドも広大だ。もっと珍しい地質も見つかろだろう。研究し甲斐もある。こんな狭い国で、小さな研究をしていても、たかが知れてる。もっと広い世界でやらないかと思ってな。お前の為でもある」


「…そんな誘いに乗るとでも? 俺は…もう、匠先輩と関わるつもりはありません。会うつもりもなかったんです。なのに…どういうつもりですか?」


 匠はただじっと虎太郎の言葉に耳を傾けていたが。組んでいた足をほどくと、また組み直し。


「どうもこうも、俺は会いたいと思ってた。──ずっとだ」


「今さら…」


「離れて見えてくることもあるだろう? あっちじゃ、同性同士のカップルも珍しくない。当たり前のように好きなもの同士がくっ付いてる。それを見てると、分からなくなってな。自分があれだけこだわっていたものがなんだったのか…。好きだから一緒にいる、それがあっちでは普通だった」


 虎太郎は膝の上で、手のひらを握りしめると。


「今更です! 今更、そんなこと言われても…。何が見えたって言うんですか? いったい、何年経った思ってるんですか? もう、七年です…。俺の中では終わってるんです。それを──」


「なんだ。彼氏でもいるのか?」


「っ! そう言う話じゃありません!」


「いないなら、別にいいだろう? お前がこだわりさえ捨てれば、どうにでもなる」


「勝手ですね…。確かに、今誰か特定の人間とは付き合ってません…。だからって、それが先輩とどうにかなるための理由にはなりません」


「そうなのか? 終わったっていうなら、また俺と向き合えばいいだろう? ──正直、俺だって、ここまで引きずるとは思ってなかった。向こうに行って、付き合った相手もいたしな。なのに、どっか心の奥に残ってて…。けりをつけたかったのもある。──お前が誰か特定の奴がいて、そいつと真剣に付き合っているなら、何も言わずに帰るつもりだった。──けど、蒼木に聞いた話じゃ、特定の奴はいそうにないってことだった。それならと思うだろ?」


「思いません! すっきり忘れてもらって結構ですから。これでもう──」


 虎太郎は荷物を手に取ると、席を立とうとしたが。その二の腕を匠がつかむ。


「…おまえ、誰か好きな奴がいるんだろ?」


「──!」


 カッと顔が熱くなるのを感じた。

 それからすぐ、虎太郎はバッグを肩に掛けると、匠の手を振り払い。


「…もう、関わらないでください」


 そうとだけ言って、大学を後にした。



 虫がよすぎる。


 自分をあれだけ、こっぴどく傷つけて、立ち直れないくらいにしておいて。

 挙句に、七年後現れて、自分と向き合えなどと。


 今さらだ。


 腹が立って治まらない。しかも──。


 『誰か、好きな奴がいるんだろう?』


 ああ、そうだ。その通りだ。認めたくないけれど、俺は──。


 また、バカみたいに辛い恋に走ろうとしている。──いや。走ることはない。思いを伝えることはない。…気づかせるつもりはない。

 ただ、今だけは、あと数週間だけは。

 誰にも邪魔されずに、大切に思える存在の傍にいさせて欲しかった。


 それだけだ…。


 今度こそ、それを邪魔されたくはない。乱されたくないのだ。


 どうして、あの人はそうやって、俺の人生を乱していくのだろう…。


 じきに終わる恋だ。

 せめて、それが終わるまでは、そっとしておいて欲しかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ