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One  作者: マン太
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1-2.出会い

「先生はよしてくださいよ。コタロウで。──いや、そうなんです。今さっきまで、そこの滝の辺りにいて。今日はちょっと、この先の海岸にも行こうかなと。あそこ、いい岩があって──」


 そうか、そうかと運転手は相槌を打つ。麦わら帽子の主は、白いTシャツにハーフパンツを身に着けていた。背には重そうなザックを背負っている。


 て言うか。そろそろ、出発して欲しいんですけど。


 薫がジト目で睨んでいれば、ふと、背中に跳ね上げた麦わら帽子ごと、顔がこちらに向けられた。


「ああ、お客さんがいましたね。すみません、立ち話してしまって」


 済まなそうに頭を下げる。よく日に焼けた、人懐こそうな顔だ。

 薫はつられて頭を軽く下げる。

 男は慌てて前の方、すぐ近くの席に着く。薫からは斜め前方の席だ。他にやることもない。その姿をつぶさに観察した。

 男が背負っていた重そうなザックを床に置くと、ガチャリと音を立てた。何か金属製のものが入っているらしい。

 色の抜けた髪が襟足辺りまでフワフワしている。日に焼けているのは、前出通り。年齢は──不詳だ。身長は百六十五センチくらい。身長と童顔のせいで若く見える。


 けど、高校生には──。


 見えない。運転手との話しぶりは大人のそれだ。さて、何歳だろう。

 よく日に焼けた頬の辺りを、盗み見ていれば、ん? と、気配に気づいた男が、


「学生さんですか?」


 そう声をかけてきた。周囲を見回しても、薫以外に客はいない。


「え? あ、はい…」


 声をかけられると思っていなかったため、やや動揺する。そこで、さっきまでしていたサングラスを外していた事に気がついた。

 頭の上にそれは跳ね上げられている。


 ヤバ。かけるの忘れた。


 田舎ののんびりした空気に当てられたのか、すっかり緊張感をなくしていた。何者か、気づかれれば面倒だと思ったが。


「そっかぁ。そろそろ夏休みだもんね? 地元のこ? ──じゃないか。焼けてないもんね。てか、ここに子どもって住んでないか…」


 半ば独り言だ。自分で言って、自分で答えている。会話に入るタイミングはなかった。

 とにかく、薫が誰か、気づいていない事は確からしい。


「しばらくいるの?」


「ええ…。はい…」


「この先の停留所って、蔵田(くらた)さんの家しかないよね? そこ行くの?」


 蔵田は、母の旧姓だ。家の管理をしているのは、その親戚筋で。周辺には蔵田ばかりらしい。


「ええ、まぁ…」


 と言うか。なんでこの人は色々聞いてくるのだろう。都会暮らしではあり得ないし、ヘタをすれば不審者扱いだ。

 薫の様子に、何か察したのか、ああ、と呟いたあと、後ろ頭をかきつつ。


「ごめん、ごめん。不躾だったね。なんか、しばらくここに住んでると、新しい人が珍しくて、つい。聞かれるの、嫌だよね」


 そう言って、あははと笑う。


「俺は、松岡(まつおか)虎太郎(こたろう)。大学院生、地質学専攻。ここで研究調査してるんだ」


 へぇ、なるほど。


 だから、若くもなく、かといって、老けているわけでもなく、か。

 

「俺は、杦本薫、高校三年です。今は休暇で母方の実家に遊びに行く途中で…」


 本名を名乗れば、バレるかと思ったが、松岡は気づいた様子もない。本当に知らないのだ。

 研究ばかりに熱心で、芸能関係には興味がないのかも知れない。


「ああ、じゃあやっぱり、蔵田さんとこの。昨日、蔵田のおばちゃんに会ったら、親戚の子がくるって言ってたから。それは、それは。たくさん、楽しめるといいね。──っと、次が降りるバス停じゃないの?」


 俺は慌てて、車内の電光掲示板を見る。確かに次が降車だった。すると、松岡が気を利かして降車ボタンを押してくれる。


「じゃあ、気をつけて。またどこかで会うかもね」


 降りる際、松岡はニコニコと笑顔で手を振りながら、見送ってくれた。


「はい…」


 薫はバスを降り、松岡を見送った。バスは白い排気ガスを残し、去って行く。

 バスがカーブを曲がり見えなくなるまで見送ったあと、大きく息を吐き出した。

 空は相変わらず青い。ガードレールの向こうには、眼下に海が広がって見えた。

 確かに狭い島だ。どこかで出くわす可能性はある。普段なら、見知らぬ人間と関わるのはごめんだと思うが、今は、なんとなく、まぁいいかと思えた。

 他に年齢の近そうな人間はいない。いい話相手になりそうだし、何より、その人の良さそうな所に警戒心は薄れた。

 薫の事を知らないのもいい。

 

 せっかく休みに来たのに、騒がれれば休みどころじゃなくなるし。


 ファンがいれば、条件反射で、営業用スマイルを作る事になってしまう。すっかり張り付いたそれは、もはや呼吸をするように出来てしまうのだけれど。


 やっぱり、疲れはするんだよな。


 いつもどんな時も、気は抜けない。コンビニに立ち寄っても、本屋にはいっても、電車に乗っても。

 いつもひと目を気にする。

 マネージャーの蒼木にも、それは言われ続けて来た。自分の部屋に入るまで『アイドル杦本薫』であることを忘れるな、と。

 

 でも。


 時々、思う。普通の人に戻れたら、と。

 なにを言ってるんだ。自分で選んだ道だろう。ファンもいる。応援してくれる人もいる。

 『薫』の存在で救われている人もいる。

 なのに、普通に戻りたいなんて。なりたくても、なれない人もいるのに。選ばれた人なのに。


 贅沢な悩みだ。


 そう言う声が聞こえてくる。

 たぶん、いや。きっとそうなのだと思う。贅沢な悩みなのだ。けれど、時折、すべてを捨てて、どこかへ走り出したくなる時がある。それもこれも。


 ストレスが溜まっているせいだ。


 ここで休んで、気分も晴れれば、そんな気持ちもなくなる──はず。

 やや不安は残るが、今は何も考えず、のんびり過ごすのが一番なのだろう。

 とりあえず、母親の実家に向かうのが先決だ。

 薫は母親に説明された道を思い出す。

 バス停を降りたら、すぐ横にある坂道を上がって、とにかく、行ける所まで行く。もう行けない、と思う頃、左手に家が見えてくる。

 それが実家だ。

 

 適当な道案内だよな…。


 ただ、真っすぐ道なりに行けということだ。

 仕方なく、足を交互に動かしアスファルトの道を歩き出す。

 ふと、坂道をのぼりながら思った。

 まるで、自分の人生の様だと。

 のぼりきったら、そこに救いはあるのだろうか、と。


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