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One  作者: マン太
19/34

8-2.存在

 その後も、撮影はほぼ、毎日入った。

 コンサートのリハーサルと歌唱やダンスレッスン。その間に高校と、毎日忙しい。

 時には早朝からの場合もあり。今日がそうだ。平日だと、高校を休み現場に向かう事になる。

 が、愛花に台本の読み合わせを頼まれているため、そんな時は更に早めに出ていかねばならないのだ。


「あれ? いつもより早いんだ」


 朝食を終えて、いつもならひと息入れる時間だ。洗濯物を干し終えた虎太郎が、声をかけてくる。

 薫はすでに準備を終えて、ソファに寝転がっていた。蒼木があと十分ほどで迎えに来るはず。正直まだ眠い。時計は朝の七時前を指している。


「うん…。撮影前に、愛花ちゃんと読み合わせしてんの。頼まれててさ。てか、そんな必要ないくらい、覚えてると思うんだけど…。真面目なのかな? どうしてもやりたいって言って…。不安なのかなぁ?」


 すると、虎太郎はポリポリと頬をかきながら。


「…それってさ。薫と話すきっかけ、欲しいんじゃないの?」


「え?」


「仲良くなりたいのかも──って邪推かな?」


「あ! ああー、なる。でも…」


 そう言えば、いつかの帰りの車の中で、蒼木も同じような事を口にしていた。

 今までの共演者とも、そうやって仲を深めて行ったらしいと。ここぞと思う相手にはかなり積極的らしい。

 セリフ合わせならいいが、それ以上に発展するつもりなら、その前に報告はしろと言われていた。

 うちの事務所は、恋愛禁止はなかったが、下手に騒がれ、イメージダウンになるような事態は避けたいらしい。ちょっと遊ぶくらいで騒がれては困るのだ。

 報告が必要なのは、本気の時と遊びの時で、対応がことなるから、だそうだ。遊びの時は、絶対に外へもれないよう、付き合う事になる。

 もし、別れたいときは、あとを引かないように、互いに仕事を理由に物理的に引き離しにかかるらしい。

 そうすると、向こうも仕事の忙しさで、結局、別れを意識するようになるのだと言う。

 もともと、芸能界で仕事をしたくてここに身をおいているのだ。天秤にかければ、おのずとそうなるのだろう。

 なかなかひどい話だとは思うが、仕方ない。彼らも社運がかかっているのだ。

 特にうちはそこまで大きな事務所ではない。唯一の有望株が薫たちで。余計に周囲には目を光らせることになるのだろう。


 でも、今回はそんなことにはならないな。


 自分でも分かっていた。

 薫は虎太郎の顔を見つめると。


「──でも、たぶん、共演者の立場で終わると思います」


「そうなの? かなりかわいいと思うぞ。彼女…」


「そりゃ、かわいいとは思いますけど──」

 

 たぶん、虎太郎さんには敵わない。


 口には出さず、そう思った。

 見た目の可愛さではないのだ。

 そこでインターフォンが鳴り、蒼木の到着を知らせた。それは口にせず、薫は床に放っていたディバックを肩にかけると。


「じゃ、行ってきます。帰り遅くなるんで、先食べててくださいね? あと、コンサートのチケット、取ったんで。特等席。楽しみにしててくださいね? ──じゃ」


「お、おう、行ってらっしゃい!」


 虎太郎に見送られ、仕事へと向かった。

 コンサートは今月末だ。それは、虎太郎が島へと戻る前日。

 蒼木にはすでに、虎太郎の席はかならず用意して欲しいと伝えてあった。コンサートの最終日。

 真ん中ではなく、ステージ袖に近い、でも最前列だ。中央付近はファンの為に残しておくべきらしく。

 けれど、最前列だけは譲れなかったのだ。だって、そこの方が見つけやすい。虎太郎だって、自分を見やすいだろう。

 島へ帰る前に、どうしても見て欲しかったのだ。

 自分がちゃんとアイドルをしている姿を。虎太郎のお陰で、つぶれることなく、ここに立つことができたことを。


 楽しみだな──。


 当日が待ち遠しかった。



「あれ、今日、なんか嬉しそう…。なにかあったの?」


 セリフ合わせをしようと、控室へ入った所で、先に来ていた愛花にそう言われた。

 そんなつもりはなかったのだが、外に現れていたらしい。薫はニコと笑みながら。


「いや、特に──。まあ、コンサートが近いから、テンション、上がってんのかも。楽しみで」


「なんだ。ここに来るのが──じゃ、ないんだ」


「あはは、大丈夫。もちろん、愛花ちゃんに会うのも楽しみでした。ハイ」


 冗談めかしてそう返したが、どことなく、愛花は寂し気に、


「なんか、言わされてる感、満載…」


「またまた。愛花ちゃんはかわいいから。他の共演者もメロメロだって」


「他はどうでもいいんだけどな…。ね、コンサートって、私も見に行ってもいい?」


「あ、それはもちろん。あとで、マネージャーに頼んどきますね?」


 蒼木はここへ薫を送ると、他に用事があると言って、あとをサブマネージャーに任せて、事務所へ戻って行った。

 頼むなら蒼木が確かでいいが、蒼木ほど融通は利かないにしろ、サブマネージャーでも問題ない。

 席は虎太郎の時と違って、正直どこでもいい。適当に良く見える場所を選んでもらおうと思った。


「よかったぁ。一度、薫くんの出るコンサート、見てみたかったんだ! 当日は変装してかないとだけど、見つけたら手くらいふってね?」


「もちろん。振らさせていただきます…」


「あはは、ほんと、他人行儀なんだから」


 そう言って、愛花は軽く薫の二の腕に触れてきた。

 最近、演技以外でこういったスキンシップが増えてきている。何かの拍子に頭を肩へ寄せてきたり、手をとったり。

 もちろん、流れでそうなっているから、不自然ではないのだが、明らかに距離を詰めようとしているのが見て取れた。

 以前の自分だったら、喜んで乗っただろう。愛花の性格は悪くない。仕事にも一生賢明で。こうして積極的なのも悪くはなかった。悪くはないのだけれど。


 気が乗らない。


 そうされても、冷めている自分がいるのだ。

 どうして、そうなるのか。理由は薄々、分かりかけていた。



 撮影も無事終わり、サブマネージャーと共にスタジオを後にしようとすれば、カツカツとヒールのなる音が聞こえた。

 振り向くと、愛花がこちらに駆けてくるところ。着ている白いワンピースの裾が、ふわふわと左右に揺れていた。まるでそこだけ別世界。妖精のようにも見える。


「どうしたの?」


「あの…、ちょっといい?」


 愛花は言いづらそうに口にする。薫はちらとサブマネージャーに目くばせした。それが何の合図かわかったらしく。


「…先に下に降りてるんで。十分後には来てくださいよ」


「了解」


 サブマネージャーはエレベーターで地下駐車場へと向かった。それを見送った後、愛花をまた振り返り。


「なにか話?」


「うん…。その、薫くんの連絡先、知りたくて…」


 ああ、これは。


 さて、どうしようかと悩んだ。

 ドラマの撮影はもう少しだけある。答え方によっては今後の撮影に響くだろうか。


「…その、事務所の方針で、共演者には教えないって事になってて…」


「だよね? ──ごめんね! もっと、仕事場以外で話したいなって思って…。うん、でもそうだよね? ごめん、ごめん!」


 顔を真っ赤にして立ち去ろうとする。勇気を振り絞って声をかけたのだろう。そのいじらしい様子に薫は仕方なく、


「でも! ここになら、大丈夫。事務所のメールだけど、俺個人のだから──」


 そう言って、事務所からもらっているメールアドレスを教えた。名刺の裏に走り書きして渡す。

 これは、どうしても個人の連絡先を教えたくないが、連絡は取りたい相手に使うアドレスで。事務所も承知している。申し訳ないが、これが限界だった。

 それでも愛花は笑顔になると、それを受け取って、マジマジと見つめながら。


「ありがとう! また…連絡するね!」


「うん。また──お疲れさん」


 愛花はまたひらひらと裾を翻し、まるで蝶のように去っていった。

 完全に薫を意識している状態だ。それに、なんとなく、遊びで終わらせられない相手のようにも思え。もし、手を出すなら、本気でないとだめだろう。

 なら答えは決まっている。


 申し訳ないけれど──。


 薫はため息をついた。


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