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One  作者: マン太
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7-3.仕事

 その後、もう少しだけ感情をこめてくれた、虎太郎の助けもあって、なんとかイメージを掴むことができた。薫の場合、やはり相手がいた方が覚えやすい。

 寝室で寝る前、スタンドのスイッチを消す前に、虎太郎に話しかけた。


「虎太郎さん、すみません。遅くまで手伝ってもらって」


「…いいよ。なかなか楽しかったし。学生時代は演劇、たまに見に行ってたし。それ見てるみたいで、面白かった」


「ちなみに、この内容、誰にも言わないでくださいね? 関係者以外に話すなって言われてるんで」


「わかってるよ。言わない。──てか、俺の周りで恋愛ドラマ見てるやつ、たぶん、いないだろうなぁ…」


「そう言えば、虎太郎さんは、彼女いたことは? 恋愛話、したことなかったですよね?」


「あ…、うん。まあ、あんまり得意じゃなくて…」


「それだけ研究熱心だと、彼女も逃げてっちゃいそうですもんね?」


 冗談めかしてそう口にしたが、虎太郎は笑うだけで。


「まあ、ね。そうだね…」


「──てか、虎太郎さん、どんなタイプが好きなんですか? やっぱり、大人しくって真面目なタイプ? それとも、元気良くてはきはきした感じ? ロングヘアがいいとか、ショートがいいとか…」


「──あんまり、考えたこと、なかったな…。ただ、人として惹かれるのは──多分、自分にないものを持ってる人、かな? やっぱり、憧れるだろ?」


「あー、分かる…。なんか、キラキラして見える感じ?」


 そこまで思って、ふと、虎太郎を思った。

 自分にないものを持つ虎太郎は、どこかキラキラして見えた。好きな相手はそんな風に見えるもの、なのかもしれない。


 好きな相手──。


 隣には、布団の中からこちらを見上げている虎太郎がいる。確かに虎太郎が好きだと思う。

 けれど、それは女性に感じるような、恋愛感情とは違う──はずで。

 でも、そもそも、人を好きになるのに、男だから女だから、という括りはなくて。好人物だから好きになる。

 そこで、自分が恋愛対象としている相手なら、そういった感情が湧くのだろう。

 薫は女性が好きだから、好きの後の、それ以上を想像して、好意をさらに加速させる。自分のものにしたいと思ってしまうのだ。

 だから、虎太郎は違う。


 けれど。


 なんだろう、独占欲は──ある。

 虎太郎を独り占めしておきたいと思う。他の誰かに渡したくない、その笑顔は自分だけに向けられて欲しいと思ってしまう。


 これは──友情の範囲、だよな?


 仲のいい友人を、独占したいと思うのと一緒。


「薫?」


 突然、黙り込んだ薫を不審に思った虎太郎が声をかけてきた。

 なんとなく、視線がその口元に行く。さっきも間近で戸惑っていた虎太郎に、妙にどぎまぎした自分がいた。

 キスしたら、どうなるんだろう? かと。

 そこで、はっと我に返る。


 俺はいったい──。


 こんなの、どうかしている。それに、虎太郎にあまりに失礼だ。ボスリッと、枕に突っ伏した薫に、虎太郎はさらに不審げだ。


「もう寝るのか? 寝るなら電灯を──」


「ううん…。ちょっと、反省してた…」


「反省?」


「…なんでも、ない。──じゃあ、おやすみ」


「うん、おやすみ…」


 虎太郎が答えたのと同時、スタンドの明かりを落す。


 ああ。俺。どうかしてる…。


 深々と息を吐き出した後、目を閉じた。



 『おはよう。薫──』


 優しい声音が耳朶にひびく。いい声だ。優しくて、俺だけにそそがれる。

 そうして、柔らかく暖かいキスが唇に落ちてくる。俺はそれに応えるように、キスをしてきた主を抱き返し、同じようにキスを返して、目をあけた。好きだと言う思いが、強く広がる。

 そこにいたのは──。


「薫! もう起きないと、学校間に合わなくなるぞ!」


 一週間がすぎ、とうとう、高校にも行かねばらず、仕事も本格的に始まった。今日は午前中だけ高校で過ごし、その後仕事だ。ドラマの撮影に本格的に入るのだ。


「…虎太郎、さん?」


「なんだよ? 寝ぼけてるのか? 起きないと──」


「起きないと?」


 恐る恐る尋ねれば。


「こうする!」


 とう! そう言って、薫の眠る布団の上にダイブしてきた。ばふん! と、掛け布団から空気が抜ける。もちろん、怪我をしないように、ふりではあるが。

 それでも、顔に布団がかかり、身動きが取れなくなる。虎太郎は得意げな顔で、布団の隙間から覗く薫を見降ろすと。


「どうだ? まいったか?」


 そう言って、笑った顔が、先ほどの夢と重なり──あらぬ想像をかきたてた。


 俺、なに考えて──。


 薫はその想像を振り払うように。


「まいった! まいりました!」


 大きな声をあげて、降参する。


「じゃ、起きろよ?」


 ポンと、薫の頭を軽く叩くと、虎太郎は起き上がり、ニッと笑って去っていった。

 その背を見送りながら、布団の中で薫は胸の動悸に困り果てていた。


 どうかしてる。ほんと…。


 昨晩のやり取りから、どうもいつもと勝手が違ってしまい。台本に影響されたかな? そう思いながら、ベッドから身体を起こし、シャワーを浴びるため、浴室へと向かった。



 その日の送迎には蒼木がきた。

 朝、時間になると玄関先まで迎えに来て、軽く虎太郎ともあいさつした後、薫を連れ出す。

 相変わらずの態度だ。もっとべたべたしろとは言わないが、もう少し、互いに打ち解けてもいいとは思うのだが。


「蒼木さんて、虎太郎さんと仲よくないんですか?」


 移動の車の中で尋ねる。蒼木はシルバーフレームをキラと光らせながら。


「…それは、仕事と関係あるのか?」


「ないですけど…。大学時代、先輩後輩の仲だったわりには、お互い、他人行儀というか…」


 蒼木はハンドルを切りながら、ため息をもらすと。


「お互い、数年ぶりだしな。変わることもある。松岡も先輩面されても困るだろう」


「そうですか? 学生時代は助けられたって言ってましたけど?」


 すると、しばらくの沈黙の後。


「どうだろうな…。結局、俺は見ている事しかできなかったしな…」


「なに? それ…」


 とある先輩と拗れた時のことだろうか。しかし、蒼木は首をふると。


「…なんでもない。もう終わった話だ。それより、ドラマの台本は読みこんだのか? 着いてからセリフを覚えるなんて言うなよ?」


「大丈夫! 昨日、虎太郎さんに手伝ってもらって、完璧にしてきましたから!」


「松岡に?」


「そうです。──ま、どうやっても棒読みは直らなかったんですけど。それでも、最後の方は頑張ってくれて、迫真──とまでは行かなかったですけど、演技して相手してくれましたよ?」


「…相手役をやらせたのか?」


「もちろん。だって、そうしないと練習にならないでしょ?」


「そうだが──」


 そのまま、蒼木は黙り込む。

 蒼木も、内容把握のためドラマの台本は読んでいる。きわどいシーンや回避して欲しいシーンなどがないかチェックするのだ。

 今回は、高校が舞台の青春恋愛ドラマ。そう、気にするシーンはないはずだが。


「虎太郎さん、告白シーンで、顔赤くなっちゃって。案外、というか、見た目通り、初心ですよね? かわいすぎで」


 すると、はあと聞こえる程大きなため息をついた蒼木は。


「お前が相手がいた方が覚えやすいのは分かるが、松岡も自分の研究がある。──ほどほどにしておけよ?」


「はーい! わかってますって」


 昨日からのやり取りで、なんだか変な風に虎太郎を意識してしまい、困ってもいる。蒼木の言う通り、ほどほどにしておいた方がいいのかもしれない。

 けれど、と思う。からかっているつもりなら、この先だって、虎太郎相手に恋愛ドラマの台本を読ませたってかまわないのだ。それで虎太郎が照れたところで、こちらはそれを面白がるだけで。

 そうならないから、困惑している。妙に意識して、こちらまでドキマギして。


 だってなんか。虎太郎さん、かわいいから。


 普通、男が照れた所で可愛いなどと思わない。メンバーが恥ずかしそうにしても、ケラケラわらって、それでおしまいだ。そんな風に思ったことなど、一度たりともない。


 なんだんだろ。これ。


 薫は初めての経験に、ただ困惑した。


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