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One  作者: マン太
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7-2.仕事

「お、お帰りー」


 虎太郎が玄関まで迎えに出てきた。いる時はいつも出てきてくれるのだ。

 結局、帰りは十時を回っていて。

 マンションの部屋の玄関まで、蒼木が送ってくる。ちなみに、ここは地下駐車場からも中へと入れた。駐車場の入口には管理人がいて、不審者が入らないよう見張っているため、人目を気にする必要があまりない。

 蒼木は玄関先で鍵を開けて入るまで見守って、あとは帰ってしまう。必要事項は、全て移動の車の中で済ませてあるからだ。

 忙しいのもあるのだろうが、お茶の一杯を飲んでいくこともない。他のマネージャーも同じで、それが当たり前なのだが、虎太郎が来てから、蒼木はことに素っ気ない気がした。

 挨拶もそこそこに、さっと帰ってしまう。どこか距離をとっている様で。

 それは虎太郎も同じ。大学時代の話はしたがらないし、蒼木のこのとも話題に上らせることはなかった。仲が悪いわけではないらしいが。


 まあ、いいけど──。


 虎太郎はそこに触れない限りは、島にいた時と同じで。

 時折、大学へ向かい何事かして帰ってくる以外は、部屋にいて試料の整理や、論文をまとめたりしていた。

 薫にはわからない世界だが、熱心に調べたり書いたりしている姿は、いつものちょっと抜けたポヤンとした虎太郎とは違い、頼もしく目に映る。


「疲れた…」


 薫は靴を脱ぎ、玄関を上がる。


「だろ? 歌って踊ってだろ? いくらレッスンしてたって、久しぶりは疲れるよなぁ。さきにシャワー浴びるか?」


「うーん…。一応、向こうでも軽く浴びてきたけど、先に食べてから、また浴びる…」


「よし。じゃ手洗って、椅子すわってろ。すぐに用意するから」


「ありがとー。虎太郎さん…」


 手を洗い、ダイニングテーブルにつくと、そこへ突っ伏した。

 かなり疲れた。帰りの車ではほとんど寝ていたくらいだ。やはり、久しぶりの仕事は、体力以外に精神も削る様で。


 休む前の俺、よくやってたよ。


 それは、病みもするだろうと思う。

 薫が突っ伏した腕の横に、ぶつからないようにして、おかずにご飯、味噌汁を置いていく。

 おかずはコロッケメインで、付け合わせのサラダが山のように盛られていた。漬物は大根。醤油漬けらしい。副菜に近所の豆腐屋で売られている豆腐が冷ややっこで出されていた。


「…コロッケ、揚げたんですか?」


 突っ伏した腕に顔を預けたまま、それらに目を向けた。


「おう。時間あったからな? ネットで検索すれば簡単な方法が幾らでもあるしな。まあ、コロッケに簡単も難しいもないだろうけど…」


「すげー。だって、ゆでて潰して、形にして──揚げて…。やることいっぱいじゃないっすか」


「まあな。生クリームがちょこっと入ってんのがみそだ。あったかいうちに食べろよ?」


「ん。了解」


 薫はムクリと上体を起こして、おかずと味噌汁、ごはんを引き寄せると、


「いただきます」


 そう言って手を合わせてから食べだす。温め直しとは言え、衣はサクッとしていた。


 ──美味しい。


 それまでぼんやりしていた頭も、徐々にはっきりとしてくる。


「あー…。ほっとする」


「みんな、どうだった?」


 虎太郎は向かいに座ると、肘をつきこちらを見つめてくる。

 リビングのローテーブルには、パソコンが開いたままになっていた。まだ途中だったのだろう。けれど、それは後にして、一緒にいてくれる。

 虎太郎がいる時は、薫が一人きりで食べることはまずなかった。


「うん…。すごく。口ではふざけてばっかだったけど。長期間休んでたから」


「そっか。皆、いいやつで良かったな?」


「ですね。あらためてそう思いました。俺がけっこうやばいんじゃないかって思ってたみたいで──って、あれ? 俺、長期休暇の理由、話してましたっけ?」


「あ—…。いや。なんとなく、ただの休みじゃないのかなぁと…」


「──まあ、気づきますよね…。アイドルやってるくせに、長期間休むってあんまりないですから…」


「今は…もう、大丈夫なのか?」


「はい。それもこれも、虎太郎さんのおかげです」


「お、俺…?」


「島で虎太郎さんと出会わなければ、たぶん、ここまで回復しませんでした。──ありがとうございます」


 テーブルの向こうの虎太郎に向かって、深々と頭を下げた。これは、本気でのお辞儀だ。虎太郎は慌てだす。


「なに、言ってんだよ。世話になってるのはこっちの方だし。助かってるのは俺の方で…」


「俺なんて、居場所を提供してるだけだし。けど、虎太郎さんは違う。…正直、いてもらわないと困ります」


「……」


「こんな風に依存するのは良くないんだろうけど…。でも、こうやって、疲れて帰ってきても、虎太郎さんが笑顔で出迎えてくれるの、かなり力になってるんです。島にいた時だって、ひとりだったら、なにも変わらなかった。…感謝してるんです」


「…そっか。それなら、良かった」


「だから。島からまた帰ってきても、ここで住んでくださいよ。ほとんど俺のため、みたいなところがあるんですけど…」


「いや。俺だって、助かるよ。──けど…」


 そこで虎太郎の表情が曇る。しかし、薫はたたみかけるように。


「虎太郎さんが、うんって言わないのは、俺のプライベートを考えてのことだったら、気にしないでください。ここへは持ち込みませんから」


「けど──」


「今までだって、そうだったんです。ここに彼女連れてくることはなくって。…なんか、嫌だったんです。部屋に呼ぶと自分を見られるようで…。次、彼女が出来ても、ここには連れてこないです。だから、安心してここにいてくれていいですから。ね?」


「…うん」


 虎太郎は困ったような顔で、曖昧に頷いて見せた。

 薫は思った。どうしたら、虎太郎が心からうんと頷くのだろうかと。


 その夜、グッタリしていた薫に、なにか手伝えることはないかと尋ねてきた虎太郎に、ドラマの相手役に仕立て、台本の読み合わせをお願いした。

 ざっと最後まで読んだが、やはりしっくり入ってこない。誰かに相手をしてもらった方が、イメージしやすかったのだ。

 二冊あるうちの一冊を虎太郎に渡し、始めたのだったが。


「『ワタルくん、いい加減、付きまとうのはよして』」


「だって、仕方ないじゃん…」


「『仕方ない?』」


「俺は──、カホのことが好きなんだ!」


「『…ワタルくん。私も──本当は、ワタル君のことが──』」


 薫はそこまで虎太郎が口にしたところで、台本から顔を上げて。


「…虎太郎さん。全部、棒読みっすね」


「だって…。こんなセリフ、恥ずかしくってさ…」


 虎太郎は、薫から渡された台本をぱたと閉じて、もじもじと気恥ずかしそうにするが。薫は手にした台本を丸めて虎太郎に向けると。


「これは、あくまで架空のでき事です。せめて、もうちょっと感情込めてくださいよ。こっちばっかり盛り上がって…。力ぬけちゃうんで。──よろしくお願いします!」


「…わかったよ。うーん…。『ワタルくん。私も──ワタルくんのことが──』」


 また、棒読みだ。

 途中まで言いかけた所で、薫は突然、それまで座っていたソファから立ち上がって、虎太郎の隣に座った。

 そうして、何ごとかと驚く虎太郎の手首をつかみ。


「虎太郎さん! 俺──本当は、虎太郎さんのことが──ずっと好きだったんです!」


「……は?」


「キスしても、…いい?」


 虎太郎の目が見開くが、薫はそれを目にした後、にっと笑み。


「──ね? ドキッとしたでしょ? これくらい、感情込めて──って、虎太郎さん?」


「──っ」


 見れば虎太郎の頬は真っ赤だ。視線が彷徨っている。


 ──なんか、かわいい。


 間近で見下ろす虎太郎の動揺した姿に、なぜか心がざわついた。


 本当に、ここでキスしたらどうなるんだろう? 


 そんなことを思いかけ、はたと我に返り気を取り直すと。


「──虎太郎さん、ここまでしなくてもいいですけど、もうちょっとだけ、感情込めてお願いできますか?」


「…わかった」


 赤くなった頬のまま、虎太郎は頷いて見せた。




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