7-1.仕事
夕方近く、虎太郎が帰ってきた。
手にはスーパーの袋。薫がやたらと出歩けないため、先に必要なものを伝え買ってきてもらったのだ。
「えーと、ハー〇ン〇ッツのマカダミアナッツに、クッキー・クリームにストロベリーに、抹茶、クリスピーサンド、レ〇ィーボー〇ンのチョコレートにバニラにコーヒーに──って、全部アイスかよ!」
袋を漁る様にして、中のものを取り出していた虎太郎が声をあらげるが、薫はソファに座って、読んでいた台本を胸に抱えると。
「だって、食べたかったんですもん。島にはそんなのなかったし。そりゃあ、アイスキャンデーだって美味しいですよ? 美味しいですけど、こう、こってりアイスクリームも食べたくなるじゃないですか」
島にはガ〇ガリ君とアイスキャンデーがすべてだった。あとは、小豆と練乳の入った甘い奴とか。真ん中にクリームの入った抹茶味の氷菓子とか。嫌いではない。けど、ないと無性に食べたくなるのだ。
「ったく。俺だって食べるからな? ちゃんと自分の分だって買ってきたからな」
「なになに?」
台本を置いて近寄れば、袋からとりだした虎太郎チョイスを見た。
あ〇きバー(六本入り)、〇ョコモ〇カジ〇ンボ、〇イス〇ナカジャ〇ボ、某メーカーの牛乳たっぷりバニラアイス、ジャ〇アン〇コーン。
「いいじゃないっすか。俺のとどれか交換しましょうよ」
「なんだと。これは、全部俺が食う! お前はゆったりクラシックでも聞きながら、おしゃれにソファで足でも組んで座って、高級アイスを食ってろ! 俺は、お笑い番組観ながら、座布団に胡座かいて、あ〇きバーを食う!」
「えー、そっちも食べたいっすー」
えーい、寄るな寄るな、と虎太郎は薫を追い払う。
そんな風に、虎太郎とじゃれ合い時間が過ぎていく。大したことじゃない。くだらないやり取りの連続だ。けれど、今までの俺にはなかったもので。
「あー。虎太郎さんと一緒に住んで良かった!」
「…なんだよ。急に」
虎太郎は買ってきたアイスを冷凍庫にしまい終え、薫を振り返った。
「だって、毎日、楽しいですもん」
「そんなの…、そのうち慣れて飽きるって…」
「えー。だって、もう島からですよ? 一緒にいたのって。飽きないっす。今後ともよろしく!」
「はいはい…」
虎太郎は苦笑しつつ、軽く聞き流すと、夕飯の支度にとりかかった。
今日は虎太郎の番で。明日は薫だ。朝は今の所、薫が用意している。仕事が始まると、きっとできなくなるからと、申し出た結果で。昼食と夕食は交代で。
虎太郎との生活はまったくもって、順調で楽しかった。
そうこうしていれば、薫の仕事が始まり。まずはコンサートのリハーサルからだ。
薫はその日の朝、寝ぼけ眼で起きてきた虎太郎に、とある提案をした。
「ね。虎太郎さん、島に帰る前に、俺の出てるコンサート見に来ません? ──てか、見て欲しいんですけど…」
キッチンで朝食準備をしながら、カウンターの向こうに立つ虎太郎へそう声をかけた。虎太郎はきょとんとして。
「俺が? って、でも、男が見るもんじゃないだろ?」
「そんなことないですよ。確かに女の子の方が断然多いですけど。男だっていますよ? 席は特別に前取っておくんで。必ず、そこで見てください。ね? 他のメンバーも家族とか呼んでますもん。それと一緒です。一度、俺が本気を見せてるところ、見てもらいたくて…。お願いします!」
カウンターから出て、深々と頭を下げれば。
「あっ、てもう、頭下げんなって。見に行く、行くから!」
虎太郎が、慌てて肩を起こそうと手をかける。顔を起こした薫はニコと笑むと。
「やった! じゃ、蒼木さんに伝えときます。コンサート楽しみだなぁ」
「…お前、自分のファンの為にやってるんだろ?」
「もちろん。感謝を込めてやってますけど。個人的に、見て欲しい人に来てもらったら、張り合いもでますから。合図送るんで、ちゃんと見ててくださいね!」
「…気は進まないけど」
「ぜったい、後悔させないですから!」
「うん…」
頭をかきつつ、虎太郎は困ったように頷いた。
リハーサルで久しぶりにあったメンバーには、かなり心配された。
なんせ、連絡もしないよう言い渡されていたのだ。かなり悪い状態では、そんな心配もあったらしい。
けれど、けろっとして、前より元気になって現れた薫に皆安堵してたようで。
「心配かけてごめん…」
「いいって。てか、なんかちょっと焼けたか?」
メンバーの敦が顔を覗き込んでくる。薫と同じくらい長身でリーダーを任されていた。因みに同い年だ。
すると横から覗き込んでくる小柄な影があった。唯鈴だ。こちらは、高校一年生。
「ああ、ほんとだー、いいのぉ。それ。アイドルが焼けちゃって! ドラマ始まるんでしょ?」
「ん…。撮影はまだだし、なんとか…」
「それは、メークさんに頼むしかねぇな。分厚く塗ってもらえ」
背後に現れたのは、メンバーで一番の長身、佑京だ。メンバーの中で唯一の成人、二十三才。メンズモデルとしても活躍している。
と、その横から仲良く二人組が現れた。背格好が似ているため、双子と呼ばれている。
「汗かかないようにしないと。撮影のはじめと後で、色がちがう! って、監督が発狂するよ。まあ、今はなんとかなるか?」
「なるだろうけど…。なんか、薫が焼けるって珍しいね?」
瑛二と王一郎だ。高校二年生。ふたりとも、大丈夫かと口にするが、
「いっそ、設定を変えてもらえばいいんじゃないのか? 『学園の生徒会長』じゃなくて『高校生サーファー』て。でも、設定は冬だったっけ?」
最後に顔を見せたのは翔琉だ。真面目な顔をして、変な事ばかり言う。大学三年生。
みな、適当な事を口にしながらも、心配をしてくれていたことは伝わって来る。
「勝手な事ばっか言うなって。とにかく、ご迷惑おかけしました。俺はもう大丈夫です。これからも、優しくお願いします…」
ワザとらしく頭を下げて見せれば。
「うわ! どうしよう、薫に頭さげられちゃった!」
「茶化すなって、唯鈴。薫がいない分、頑張った俺たちの成果を見てもらうか」
敦がそう言って、胸をはる。
「そうそう。俺たちよく頑張った。薫役はたまに敦がやってたからな。なかなか迫真の演技で、な?」
「佑京、それ、動画撮ってないの?」
「あー、あるある! 本当は送りたかったんだけどさ。蒼っちに止められてたからさ」
ほらと、瑛二と王一郎がじゃれあいながら、端末を見せてきた。そこには確かに、薫のパートを薫のものまねをおおげさにしつつ、踊る敦がいた。
「…なんっか。ムカつくのは俺だけ?」
「なんだよ。そっくりだろ?」
敦はにやりと笑う。
「けっさくでさ。でも今度は佑京が敦の真似してさ──」
翔琉がまた別の動画を見せてきた。
そうやって、薫を囲み会話が続く。時には喧嘩というか口論もするが、それも仲がいいからできることで。真剣に向き合っている証拠だ。
改めて、途中で抜けるようなことにならずに良かったと思う。
でももし、虎太郎と出会わなければ、ひとりあの島にいて、ここまで回復できたかは分からなかった。虎太郎の存在に感謝しかない。
「あれ? 薫、なにニヤついてんの?」
唯鈴が目ざとく見つけて声をかけてきたが。
「…なんでもない」
「あー、なんかやらしー、かくしてるー。なんかかくしてるー」
すると、他のメンバーからも総攻撃を受けた。
けれど、笑みの理由を今は、言うつもりはない。言えば二人の事を色々話さねばならず。しばらくは、隠して置きたかった。大切なものはそっとしておきたいのだ。
そんなこんなで、控室で騒いでいるうちに、リハーサルとなった。久しぶりの大舞台。ダンスも歌も、すでに完璧に仕上げてはいたが、コンサートバージョンは少し普段とは異なる。
それも頭にも身体にも覚えさせたが、実際踊ってみるまでは分からないのだ。
ああでも。
薫は目の前にひろがる、大きな空間、客席をみつめ。
楽しいな。
心からそう思えた。
「薫君、大丈夫みたいですね?」
サブマネージャーと舞台袖から、リハーサル風景を眺めていた蒼木は、薫たちに目を向けながら答える。
「そうだな…」
「この調子で、また行ってくれると助かりますけど…」
「当分は仕事もセーブする。それに、他のメンバーにもちゃんと休みを取らせるようにするつもりだ」
「それは、社長の方針で?」
「そうだ。佑京以外はまだ学生だしな。前のような無理なスケジュールにはしない方針だ。潰れたら元も子もない」
「そうですね…。社の命運がかかってますからねぇ」
その為には、使えるものは使う。薫が今の状態を維持できるなら、虎太郎でさえ使う。
奴の思いは、この際、二の次だ。
こればかりは仕方ない。だいたい、本人が認めていないのだ。気にする理由はなかった。
学生の頃とは違う。これが今の蒼木の仕事だった。