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One  作者: マン太
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6-3.居候

「すげ…」


 まず、玄関のたたきの両側にはごみの袋が山と積まれている。

 それでも、ビニール袋の中の生ゴミは、きっちり新聞に包み、水分が出ないように捨てられていた。意外に几帳面なのかも知れない。

 その向こう、廊下の片側には、薫の胸辺りまで、本がうず高く積まれていた。虎太郎なら、下敷きになるレベルだろう。

 先へ進んで、リビングらしき部屋に入ると──壁の両側に今にも崩れ落ちそうなくらい、本が積み上がっている。

 その真ん中はまるで、円形劇場のようにあいていて、ちゃぶ台とその向こうにテレビ置かれていた。そして、舞台袖に引くように道がキッチンへと繋がっている。

 広がっているのがごみではないだけましだが、掃除はいつしているのかと思う。


「これでも、片付いている方なんだ。あまりにも本が重すぎて、二階はだめだって大家さんに言われて、一階に移ったんだけど、これじゃあ、ね」


「確かに…。でも、じゃあ、虎太郎さんの部屋は?」


 すると、虎太郎は苦笑し。


「隣なんだけど──」


 そう言って、隣の部屋へと続く引き戸を開ける。

 そこも本が山ほど積まれていた。寝る場所などどこにもないほどだ。虎太郎はその中を器用に避けて歩き、一番奥へと向かうと。


「ここに、居候」


「は?」


 にこにこと虎太郎が差し示したのは、押し入れだった。薫は虎太郎の顔を見て、また押し入れに目を向けた。


「ここに?」


「うん、ここに。奴に聞いたら、部屋は空いてないけど、押し入れは空いてるって。中のものは捨てていいから、掃除してくれるならそこが空くって。家賃は電気代、ガス台、水道代を折半して払ってるんだ。でも、本当は何もいらないって言ってくれてさ。仕方なくそれで折れてくれたんだ」


「でも…ここ、人が住むところじゃないですよね?」


「結構快適だよ? 冬場以外は開けてるし。もちろん、作業するときは外にでてやるけど、こんなだから、広げられなくてね。細々と。俺の荷物は全部下に突っ込んでて。上は寝る用なんだ」


 薫は頭痛を覚える。こどもの隠れ家ではないのだ。押し入れに住むって。考えられない。


「やっぱり、俺の所に来て正解です…。よかったぁ、帰さなくて。こんなの、だめですって」


「そうかな? 俺はテントみたいで好きだったけど…」


「ずっと、俺の所にいてくれていいですから」


「なに言ってんの。ひと月で十分だよ。あそこも、会社の持ち物でしょ? いつかは出てかないといけなくなるだろうし。薫も、彼女が出来れば、家に呼びたくなるだろうし。そこは分かってるから。時期が来たら出ていくよ。遠慮しなくていいからな?」


 諭す虎太郎に、薫はムッとして。


「なんですか。それ。勝手に決めないでくださいよ」


「いや、だってそうだろ? 今までどうしてたんだ? 部屋に連れてきたこともあっただろ?」


「いや。いつも外です。プライベートまで入れたい相手に会ったことなくて…。てか、俺まだ高校生ですから。建前上、健全なお付き合い、してます」


「はは、そっか。そうだったな。まだ、高校生だったな」


「とにかく、追い出すようなことしませんから。こっちに戻っても、どっか行かないで下さいね?」


「そうだなぁ…。まあ、一応、頭には入れとく」


 そう言って、本の山を背に笑った。



 その後、バンへ虎太郎の荷物を運び終えると、再び、マンションへと戻った。

 虎太郎の使う部屋にそれらを運び込む。荷物は岩石の標本の数が多く。これが若干かさばったが、それくらいで、虎太郎自身の荷物は殆どないに等しかった。

 着るものにもあまり頓着しないらしく、同じ様なTシャツが数枚。数も多くない。それを着まわして、古くなってきたら買い替えるらしい。後はジーンズとスウェット、採取で着る登山用の服だ。


「着替えもほとんどありませんね?」


 薫はバッグやザックに詰め込んだ荷物を広げながら。


「うーん。最低限はあるけどな。でも、ちゃんと毎日銭湯はかかさなかったし着替えてたからな? そこだけは譲れなくてさ」


 虎太郎は、運んできた試料を丁寧に整理し直している。

 衣類だけなら、詰めて衣装ケースに一つと言ったところか。会社勤めをしているわけでもない。スーツも必要なければ、それに付随するものもいらないから、余計に荷物は減るのだろう。


「これなら、部屋に置くスペースは幾らでもありますね。もっと置けますよ」


「そうだけど…。あまり持ちこまないようにするつもりだよ。次に引っ越すときにまた荷物になるし。大学の研究室のどこかに置いてもらうよ──」


「また…」


 そう言うと、薫は手を休め、虎太郎の肩に手をかけ、正面に立って向き合うと。


「引っ越すとか、出ていくとか。当分、考えなくていいですから。だいたい、行く先ないでしょう? さっきの部屋の押し入れだって、次行ったらもう荷物で一杯になってますからね?」


「そうだろうけど…」


「遠慮はしなくていいです。俺も仕事が忙しくなれば、高校と両方で忙しくなるし、好きに使ってくれてかまわないですから」


「うん…」


「ねえ…。前から思ってんんですけど、どうしてそんなに遠慮するんですか? 広く綺麗な部屋、ただ同然に住める環境、隣には仲のいい友達──何が不満なんですか?」


 虎太郎はその言葉に、困った様に眉間にしわを寄せたが、


「不満は…ないよ」


「ならいいじゃないですか。心置きなく、いてください。ね?」


「…そうだね」


 何か言いたそうにしたが、それを虎太郎は口にすることはなかった。



 次の日から、虎太郎との日々は始まった。

 とは言っても、ここに虎太郎がいるのはひと月ほど。あとは島にいったん戻る予定だ。

 一緒に戻りたくなりそうだったが、とにかく、今は不在で迷惑をかけた分を取り戻さなくてはならない。それに、高校に顔を出す必要もある。


 コンサートの打ち合わせもあるし、ドラマの撮影も始まるって言ってたしな…。


 コンサートについてはすでにあらかたが決まっていて。セットリストも決定済みだ。

 ただ、リハーサルはこれからで。薫抜きで何度かやったようだが、やはり一人欠けた状態では、つかめない部分もある。

 ドラマの方は、いわゆるダブル主演という奴で。顔合わせはすんでいた。

 相手は新人賞もとった、実力もある若手女優、立木(あたちき)愛花(あいか)、十九才。目にやたら力のある、凛とした印象の女性だ。

 

 いっこ上か。


 年代が近いのは安心できるが、こちらも負けてはいられない。

 島にいる間は仕事は放棄していたが、これからはそうはいかない。すべて真摯に向き合っていかねば、自分の為にもならないし、周囲に迷惑もかける。

 気持ち的には乗り切ってはいないとは言え、手は抜けない。やっぱりアイドルだからと、舐められなくはないのだ。


 前はそれで自分を追い詰めていたけど──。


「薫ー! ほんと、これ貰っていいのか?」


 虎太郎が、Tシャツを身に着け、こちらにとてとてと歩いてくる。

 それは薫が数回着たが、サイズがやや小さく、それでもデザインが気に入っていて、捨てるに忍びなく思っていたものだった。


「いいですよ。ほかにもまだありますから。後で出しときます」


「なんか、悪いな…。てか、いままでになく、せめてるデザインだ。俺らしくない…」


 白地にサイケなデザインの図柄がプリントされている。黒が主で、あとはブルーとイエローが少々。何が描かれているのか分からないが、色合いが好きで購入したのだ。

 虎太郎は、描かれたTシャツの柄に、照れ臭そうに苦笑して見せた。


「それくらいでいいんですよ。似合ってるし。…でも、虎太郎さんにはちょっと大きかったかなぁ?」


 襟元が少し緩い気もする。丈も若干だが長めの気も。


 ま、でも。


「…それも、かわいい感じでいいですよ? 童顔だからギャップがあっていいかも」


「なあ…。童顔て言われて喜ぶと思うか? なあ、なあ」


 虎太郎は機嫌を悪くしたのか、近寄ると。背中を拳でぐりぐりとしてきた。


「あはは! だって、本当のことじゃないですか? でも、悪いことじゃないですって。今日はそのまま大学行ってくださいよ?」


「…きっと、笑われるな」


 大学での知人友人を思いだしたのだろう。虎太郎は重いため息をついたが。


「彼女に選んでもらったって、言えばいいですよ」


 そう何気なく口にしたが、ぴくと虎太郎の肩が揺れた気もした。


「…だな」


 ひと呼吸、おいて答える。


「そうそう。いい彼女もったって言われますって」


 薫は笑って、虎太郎の背を軽く叩いた。

 虎太郎がいてくれるお陰で、笑顔でいられた。自分を追い詰めることはない。面倒で気が滅入る仕事が入っても、虎太郎がいると思うと、乗り切ることができそうだった。


 その日、虎太郎は大学へと向かい、薫は自宅で、ダンストレーニング後、ドラマのセリフ覚えを行っていた。

 仕事も高校も一週間後だが、できることはやっておきたい。


 負けたくない。


 その思いが強かった。

 虎太郎はなんだかんだ言って、しっかりと自分の道を歩んでいる。それを間近でみると、やはりそう思う。

 いくら年上だから先を行って当たり前だと言われても、隣に立って、恥じ入るような存在にはなりたくなかった。



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