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One  作者: マン太
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5-2.別れ

 それから、おばちゃんと、船長、その他その場に居合わせた知り合いらに見送られ、虎太郎と共に島を後にした。

 手すりにもたれ、遠く離れていく島影を見つめながら、これがひとりだったらどんなに気落ちしただろうと思う。


「見送られるのって、なんとなく寂しいよなぁ。すぐ帰って来るって分かってても」


 傍らで同じく島を見つめていた虎太郎がそう呟くが。


「寂しいけど──俺は、そこまでは…」


「あ、なんだぁ? 強がりか?」


「強がりじゃないですよ? …だって、帰り、一人じゃないですから」


 そう言って、虎太郎に視線を流すと、その視線を受けやや胸を張る様にして。


「ふふん。優しいお兄さんに感謝だな?」


「急にお兄ちゃん面、しないでくださいよって」


 ニヤニヤ笑う虎太郎の肩を軽く小突く。


「おいおい。何歳上だとお思いで? 八才上だぞ? これはかなり年上で──」


 そう口にした虎太郎の肩に腕を回すと、ぐいと引き寄せ。


「──感謝してます。お兄ちゃん」


 頬を虎太郎の頭に寄せる。


「──っ」


 虎太郎の顔がぼっと赤くなった。


「きゅ、急になんだよ?」


「だって。お兄ちゃん、ちょうどよく腕の中に収まりやすくって」


「んだとぉ! ちっちゃいからってバカにしてんのか?」


「…あー。なんか、このまま家に連れて帰りたい…」


 薫はそのまま、ぐりぐりと頭を虎太郎の側頭部にこすり付ける。


「…俺は捨てられた子猫じゃないんだぞ。そう簡単に連れ帰ったりできないんだぞ」


「わかってますって。──てか、虎太郎さん、どこに住んでるんです?」


「あー、〇〇区…」


「って、そこから大学に? 行ってる大学って、そこから遠くないですか?」


 引き寄せていた腕を解いて、虎太郎と向き合う。

 前もってどこの大学かは聞いていた。国立のそこはかなりの難関だが、学費の面からもなんとしてもそこに受からねばならず頑張ったらしい。


「うーん。でも、今のところ、すっごい安いんだ。未だに大学生してる奴の所に、間借りしてるんだけどさ。風呂無し、ガタピシアパートだけど、ひと月、一万円を切るって言う──」


「大学なら、俺の住んでるとこからの方が近いですよ? かなり」


「まあ、そうだな…。けど、あの辺、高すぎてさ。下に弟いるし、親にも早々頼れないから、学費以外は自分で何とかしてるんだ。となると、安さに変えられなくてなぁ」


 薫はそれならと。


「うちに来ればいいですよ。部屋余ってるくらいだし」


「…へ?」


「事務所が借りてるマンションなんですけど、リビングキッチンの他に、部屋が三つあって。一つは寝室につかってますけど、後ふたつは荷物置きにしてるくらいで。メンバーでルームシェアしてるやつもいるし。たぶん、大丈夫」


「いやいやいや。島の家だって、ただ同然で借りるのに、たとえ、数週間でも、こっちの家までお邪魔になるわけには──」


「だって、そしたら虎太郎さんと離れなくて済むし。…なんか、いてくれるとほっとするんです。安心するんです。虎太郎さんだって、大学に近い方が便利でしょ? 家賃はいりません。代わりに家事を分担するってので。──どうです?」


「どうですって…。そりゃ、いい話だとは思うけど…」


「マネージャーに聞いときます。身元が確かなら文句は言わないはずです。ていうか、言わせない…」


「けど、仮にもアイドルしてんだろ? 俺みたいなのがうろうろしてていいのか?」


「だって、男同士だし…。これが異性で女優や歌手だったら騒がれますけど。単に友だちと同居してるだけですもん。誰も何もいいませんよ。ね?」


「ま、まあ…そう、だけど…」


 虎太郎は頭をかき、俯く。その表情に陰りが見えて、あれ? と思ったが、島の家の時と同じく、遠慮しているだけだろうと、特に気にはとめなかった。


「とにかく。マネージャーからオーケーが出たら、決まり! ってことで」


「うーん…」


「じゃ、ちょっと聞いてきます!」


 そう言ってそこを離れ、甲板の裏手、ひと気のない場所まで来ると、早速、マネージャーの蒼木に連絡を入れた。

 すでに帰ることは伝えてあるため、港で船の到着を待っているはずだった。

 今の所、虎太郎がこちらに滞在するのはひと月ほど。その後、また島に戻る予定だ。その程度の期間なら別に文句も言わないだろう。

 それに、もし、仮にこちらに戻って来ることになっても、一緒に住んでもらって構わなかった。

 部屋が余っているのは事実だし、疲れて帰ってきて、誰もいない部屋に帰るよりは、誰かいてくれた方が安心する。それが虎太郎だったらなおさらだ。


「あ──蒼木さん? 俺だけど──」


 そうして、事情を説明した。すると、蒼木はため息混じりに。


『…ふだんなら却下と言う所だが、お前の今の状態を考えるとな。確かに誰かが傍にいた方がいいのはある──。だが、即答はできない。一緒に帰ってきたなら丁度いい。港について、本人と話してから決める』


「っとに。もっと柔軟に対応してよ。ひと月一緒に過ごしてたんだよ? 変な奴なわけないのに…」


『用心するに越したことはない。それに、あとで何かあって、後悔はしたくない。俺は自分の目を信じる』


「俺は信用ないって?」


『弱っている人間が正しい判断ができるとは限らないからな? しかし、本当に薬はまったく飲まずにいられたのか?』


「もうばっちり。不眠になんてならなかったって。虎太郎さんが睡眠薬の代わりだって」


『虎太郎…? その男の名前か?』


「そうだよ? なかなか渋いだろ?」


『…そうだな。──また、あとで』


 それでいったん、通話を終えて、虎太郎の元に帰ると、事の次第を告げる。


「うーん…。その感じだと、やっぱり無理なんじゃ」


 虎太郎に病のことは伝えていない。単に、マネージャーが渋っているように聞こえたのだろう。しかし、薫は。


「大丈夫。あの人、用心深いんだ。ほかのマネージャーならオーケーしてるって」


「まあ、へんな奴が傍にいたら、いい影響受けないと思うだろうしなぁ。期待はしないで待ってるよ」


「期待してくださいって。ぜったい、大丈夫!」


 薫が病のことで押せば、きっと蒼木はうんと言うはずだ。それだけは確信できた。

 なんせ、ここで薫がつぶれるようなことがあっては、グループ全体に影響が出てしまう。しいては、事務所自体もだ。

 今の所、一番の稼ぎ頭はル・シエル・ブルーで。他も売れ出したが、それは薫たちの活躍あってこそ。今が大事な時なのだ。

 薫が気に入ったと言えば、よほど胡散臭い人物でない限り、否とは言えないはずだった。


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