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One  作者: マン太
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1-1.出会い

登場人物


杦本(すぎもと)(かおる)…高校三年生。十八才。アイドルグループに所属する


松岡(まつおか)虎太郎(こたろう)…大学院生。二十六才。地質学専攻。


蒼木(あおき)則近(のりちか)…二十九才。薫の所属するグループのマネージャー。虎太郎の大学の先輩。


(たくみ)直匡(なおまさ)…二十九才。アラスカの大学で研究員をしている。虎太郎の大学の先輩。



「はぁー、やってらんね…」


 (かおる)は、バスの窓枠に片肘をつき、大きなため息を吐き出した。

 自分ひとり、こんな何もない所へ放り込んで、どう過ごせと言うのか。


 幾ら、休養ったって…。


 ため息は深い。

 ついた肘が窓枠にしっくりはまらず、何度もずり落ちて落ち着かない。時刻は昼過ぎ。これでもかと言うくらい、冷房がキンキンに効いた車内は、初老の運転手の他、誰も乗っていなかった。

 それでも、港からスーパーが二軒ある(と、言っても、ひとつは雑貨屋に近い。食品のみならず、スコップや(くわ)、竹ぼうきまで売っている。もう一方の店に至っては、三歩歩けば向こう側に行きつく広さだ)商店街までは、パラパラと乗降があった。が、そこを過ぎるとパタリと人の動きは途絶え、後は薫ひとりとなる。

 バスに乗って三十分。ガタガタと揺れる車内、四隅が白く汚れた窓の向こう、薫の晴れない気分とは裏腹に、鈍色の海原と、抜ける様な青空が広がっていた。

 それを見るともなしに眺めながら、数日前の母とのやり取りを思い出す。


『母さんの実家、行きなさいよ。今は誰も住んでいないから。あそこ、近所のおばさんに管理頼んであるのよ。だから、すぐ入れるし』


 電話口の向こう、嬉々として、母暁子(あきこ)はそう口にして勧めた。まるで、自身が帰るかのようだ。

 そこへは、幼い頃、数度行ったきり。記憶にはほとんど残っていない。


「いいよ。部屋でゆっくりする…」


『なに言ってんの。それじゃ、休まらないでしょ? あそこなら、だーれもあんたのこと、知らない。絶対、休めるから。ね?』


 結局、母の強い押しにより、薫の休養先は、本州からはフェリーでしか行けない、離島となった。

 なぜ、休養が必要となったのか、経緯はこうだ。

 杦本(すぎもと)(かおる)、十八才は、なにを隠そう──隠すつもりもないが──今、売れに売れているアイドル七人グループ、ル・シエル・ブルーのメンバーのひとりだ。

 ちなみに日本語訳すると『青空』。事務所社長がつけた名だ。

 薫は百八十センチ以上の長身に、万人受けする甘いマスクで、センターを任されている。

 真顔だとモデル然とした彫りの深いキリリとした風貌。けれど、一旦、笑えば一気に甘い容貌に変化する──らしい。

 そこまで意識して表情を変えているつもりはないが、一応、そうなる、と言うのは理解している。

 アイドルとして、プロとして、高い意識を持つようにと、今、ここにはいないマネージャー蒼木(あおき)に、口をすっぱくして言われていた。

 蒼木はオールバックの前髪に、シルバーフレームの眼鏡が光る、皆が想像するマネージャーそのものの風貌の男だ。

 

 アイドル。


 なりたくてなったのか、と問われれば、否となる。

 なったきっかけは、スカウトだ。

 マネージャーでもある蒼木が、若者が多く集まる通りで、目を鷹のごとく光らせ、周囲に向けていた際、その探知機に引っかかったらしい。これは、売れる、と。

 今にしてみれば、垢抜けしない、ごく普通の、でもちょっとカッコいい? くらいの中学生だったと思う。

 両親は、蒼木マネージャーと事務所社長揃っての、押しの一手に根負けし、学業に影響のない範囲なら、と制約つきでオーケーしたのだった。

 当時、中学二年。学校にも部活にも、そこまで熱を入れていなかったため、変わったことでもすれば、楽しくなるかも、と、それだけで事務所入りしたのだ。

 が、年齢的にも若く、ガシガシ磨かなければ、原石は光らない。

 直ぐ様デビュー等ということはなく、始まったのは、レッスンに次ぐレッスンだった。

 ボイストレーニングに始まり、演劇指導、ダンスレッスン、乗馬に居合、茶道にボクシング、ギターにピアノなどなど。

 思いつくあれこれをやらされた。

 歌とダンスは楽しかった。どうやら、自分を表現できる場が欲しかったらしい。

 鬱屈した思いをそこへ注ぎ込める。若者特有の、どこへ向けて発散していいのか分からない、溜まったフラストレーションを払うにはいい機会だった。

 お陰でメキメキ上達し、歌とダンスはそれなりのレベルになった。けれど、売り込むには更にもう一つ、ギアを上げなければならないらしい。

 そこで一度つまずき、もう辞めてしまおうか、もとの路線に戻ろうか、そう思っていた時、グループでデビューしないかと提案された。

 ピンでは厳しいが、グループで売り出せば、そこそこでも、アラは目立たない。それに注目も分散されて、そこまで格好良くなくとも、いい感じならいけるらしい。

 グループなら、こっちはタイプじゃないけど、こっちはタイプと、選択肢が広がるため、ファンも付きやすいのだとか。


 そんなもんなのか?


 せっかくここまでやって来たのだから、とりあえずデビューして、駄目だったら普通に戻ればいいと、両親の助言も受け。

 初めは三人でデビューした。

 が、パッとせず。そのうち、五人となり、更にふたり追加して、七人となった所で、ようやく、認知される様になった。

 七人となってから売りだした曲がバカ売れし。

 気がつけば、休む暇もなく働いていた。それが、高校二年の時。

 その状態がしばらく続き、高校三年になった頃、急にめまいや息切れ、動悸が起こるようになった。

 大事な仕事が入った時にかぎってそうなる。

 重篤な病が隠れていてはいけないと、医者に見せに行くと、心療内科を勧められた。

 そこでついた病名は、適応障害。

 鬱まで行かないが、このまま何もせずに放っておけば、潰れる可能性がある、と言う診断だった。

 それで、せっかくここまで育ってきた薫を潰すわけには行かないと、マネージャーが奮起し、なんとか休みをかき集め、ひと月、休養をもらえた。そうして、今に至る。

 こういう時、グループはありがたい。

 ひとりかけても、他がいる。仕事はこなせるのだ。

 心配したメンバーが、幾度か連絡をよこしたが、結局、それもストレスに繋がるからと、マネージャーが禁止とした。

 お陰で、ぐんと端末を見る機会は減った。見ても何の連絡も入っていないからだ。

 マネージャーは、この移動について行きたかったらしいが、他に面倒を見なければならない相手が六人もいる。

 とにかく、体調の変化に、今何処にいるか、何をしているか、こまめに連絡を入れるようにと念を押された。その連絡はオーケーらしい。


「今はバスで移動中。空も海も青い。以上」

 

 そう通信アプリで連絡を入れ終わった頃──数秒で終わったが──視界の端を黄色っぽい何かが掠めて行った。


 なんだ?

 

 黄色いくすんだ色のそれは、見たことがある。顔を起こして見直すと、麦わら帽子のようだった。

 それが、フワフワと舞うように移動して、前方にある昇降口から上がってきた。

 そう見えたのだ。きっと、麦わら帽子が大きいせいに違いない。


「やあ、先生。今日はこの辺で?」


 初老の運転手が親しげに話しかける。どうやら、顔見知りらしい。

 すると麦わら帽子は、フワリと、後ろへ舞って──いや。後ろに跳ね上げられたのだ──人の顔が現れた。


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