第9話 やっぱり泣いた保育園最終日
あの緊迫した議会バトルが、また行われていた。
……ここ、保育園なんだけど。
「あの時の熱量と同じくらいに再現して! そうじゃないと与党の狸おやじ議員は倒せないわよ!」
あかり鬼監督の気迫が、もはやスモークすら出そうなレベルで迫ってくる。
俺は必死すぎて、どう熱量を出すかに苦戦中だ。
「進藤党首役は俺だ! パパが世界一かっこいいけど、あんなにかっこいい人を演じるのは俺だ!」
「進藤党首役は譲れません。相手を直接攻撃せずに核心を突く。与党議員が難しい言葉で煙に巻こうとしても、進藤党首は理路整然として分かりやすい。僕の理想です」
れおくんとなおとくんが、まさかの進藤党首めぐって本気の役争奪戦を繰り広げていた。
「そりゃ進藤党首はかっこいいけどさ、増子大我議員役もかっこいいでしょ?」
そう言うと、二人は顔を見合わせて声を揃えた。
「いや、そこは本人出演で」
あ、つまり俺がやれってことか。良かった、評価が低いわけじゃなかった。
「この子たち、どうしても議会を見たいって応援してくれてたんだよ。『たいが先生がんばれー!』って」
真凛先生が教えてくれた。
「でもあんたの党首の戦い方はいいな。相手の攻撃を受け止めてカウンターにするなんて、昔の私の戦法とそっくりでワクワクした」
戦法って……過去、何してたんだろうこの人。写真見せてなんて言ったら怒られる気しかしないので黙っておく。
そして――罰ゲームから始まった保育園での実習も、とうとう今日が最後の日になった。
園庭には子どもたちの笑い声が響き、空気すらまぶしく感じる。
「せんせー! これ見て!」
「せんせー! おにごっこしようよ!」
体力がついたのか、俺も全力で走り回れるようになった。筋肉痛でほぼゾンビだった頃が懐かしい。
お昼前、遊戯室に園児全員が集まる。
最後の挨拶をするときが来た。
もう目が潤んでいる。……まだ泣くのは早い。
「みなさん、たいが先生は今日で最後になります。まだまだみんなと遊びたかった。みんなの笑顔が、いつも元気をくれました。君たちのような宝物を守るために、明日から国会で戦ってきます」
次は保育士の先生方へ顔を向ける。
「先生方、多忙な中、こんな僕を受け入れてくださり本当にありがとうございました。
保育園は“ただの預ける場所”じゃない。子どもを笑顔にするために、毎日工夫してくれる。育児の心強い仲間なんだと、やっと気づけました」
そして――脳裏に浮かぶのは、ご家族の姿だ。
「ご家族の皆さんも、子どものために毎日一生懸命頑張っている。微力でもいい。僕は、皆さんのためにできることは全部やります!」
礼をして顔を上げた瞬間、
「せんせいとまだあそびたい!」
「せんせい、またきてね!」
泣き顔と笑顔が押し寄せてきて、心が揺れる。
そのとき。
「では子どもたちから、大我先生への贈り物です」
安西園長の一言で、園児全員が一斉に絵を差し出してきた。
「せんせい、ありがとう!」
「たいがせんせいだいすき!」
「またあそぼうね!」
画用紙には、俺の似顔絵、園庭で遊ぶ姿、ニュースごっこのカメラを持つ俺……。
全部、全部、宝物すぎる。
胸の奥が熱くなった瞬間――もう耐えられなかった。
「……ありがどう……。俺……みんなのこと大好きだ……」
膝から崩れ落ち、そのまま泣き崩れた。
真凛先生が涙ぐみながら「お疲れさま」と肩を叩く。
子どもたちと目線を合わせながら、一人ひとりとハイタッチしていく。
――この笑顔を、絶対に守りたい。
その決意は、もはや揺るがない。
子どもたちが帰り、静けさが戻った職員室。
荷物をまとめながら、この数週間を思い返す。
泣いて、笑って、怒って、生きている。
その全部がキラキラしていて、この場所は“命の現場”そのものだった。
最初は「政治家の罰ゲーム」だと笑っていた。
でも気づいてしまった。
子どもは勝手に育つなんて、大嘘だ。
親や保育士、周りの大人たちの努力で初めて生きられている。
――子どもの笑顔がある、それだけで奇跡だ。
だからこそ、今の政治のままでいいわけがない。
「子どもの未来を奪う政治なら、ぶち壊してでも変えてやる」
気づけばそう呟いていた。
ここで誓おう。
俺は政治家としても一人の人間としても、あの子たちの「ありがとう」を絶対に裏切らない。
……絶対にだ。
「おい、税金泥棒!」
懐かしい呼び名が響く。
「なーに湿っぽい顔してんだよ。明日から子どもたちのために戦うんだろ。……頼んだよ、増子大我議員!」
真凛先生が背中をバシッと叩き、気合いを注入してくれた。
「いてて……うっす! 俺、みんなのために戦ってきます!」
もう大丈夫。気分はスーパーサイヤ人だ。
――その時、スマホが震えた。
画面には進藤党首の名前。
胸の奥がざわつき、深呼吸する。
通話の向こうから落ち着いた声が聞こえた。
「大我、大事な話だ。……衆議院解散だ」
その一言は重く、冷たく、しかしはっきりと俺の胸に落ちた。
子どもたちの笑顔が、一度ふっと遠ざかる。
でも――俺は拳を握りしめたまま立ち上がる。
胸の奥に刻まれた「ありがとう」が、背中を押す。
「……わかった。俺、やるしかねぇ!」




