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第8話 預けるだけじゃない!命を守る議会バトル

重苦しい空気が控室に張りつめていた。

俺の手のひらは汗でぐっしょり濡れていて、スーツの裾を何度も握り直してしまう。


――やっぱり怖い。俺なんかに務まるのか。


そんな弱音が頭の中をよぎった瞬間、ドアが開いた。

新藤党首が入ってきた。いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、まっすぐ俺の方へ歩いてくる。


「増子くん」


肩を軽く叩かれたとたん、心臓の暴れるような鼓動が少し落ち着いた。

その笑みを見ていると、背中を預けてもいいと思える。


「榊原市長から君の話を聞いたよ。ずいぶん頑張っているじゃないか、大我」


 その声音は、これまでで一番柔らかかった。

「ありがとうございます。でも……正直、不安です。保育園の体験は自分の人生を変えるくらい大切な経験でした。昨日の保護者会でも、現場の切実な声をたくさんもらえた。けど……本当に僕に変えられるのか」


 思わず口から漏れた弱音に、党首は静かにうなずいた。

「僕もね、大我……子どもが生まれるんだ」


「えっ……!」


「親になるんだ。だからこそ、君の言うことがよくわかる。自分の子のためにも、社会全体の子どものためにも、もっと安心して預けられる環境を作らなきゃいけない。保育園を支えることは、未来を支えることだ。君はもう立派な仲間だよ。一緒にやろう」


 胸が熱くなった。あの保育園で出会った子どもたちの笑顔、親御さんの涙、真凛先生たちの必死の姿……全部が背中を押してくる。

「……僕、やっぱりあの園に行けて良かったです。大切な子どもたちや親御さん、先生方の笑顔を増やしたい。そのために、全力でぶつかります」


「そうだ。実体験を持っている君は強い。堂々と行け」


 党首の言葉に、心が定まった。絶対にみんなの声を議場に届ける――。


 * * *


 だが、議会の現実は甘くなかった。

 子育て支援の政策を訴えるたび、与党の重鎮たちが眉をひそめ、次々と反論を浴びせてくる。


「子どもなんて、昔から勝手に育つものだろう」

「少子化で子どもは減っているのに、人員や給与を増やす根拠はあるのか?」

「遊んでいるだけの仕事に、そんなに待遇を良くする必要があるのか」


 ……信じられなかった。

 目の前の議場と、僕が見てきた現場とのあまりのギャップに。

 保育士さんたちが過労で倒れ、保護者が孤独に泣いていた姿を、どうして「遊んでいるだけ」で片づけられるんだ。


 怒りで指先が震える。机を叩きつけたい衝動に駆られた。

 ――違う。違うんだ。

 僕が見たのは、「勝手に育つ」なんて言葉で済ませられる世界じゃない。


 喉の奥に熱いものがこみ上げ、心臓の鼓動がやけに大きく響いていた。


だが、隣に座る新藤党首がそっと手を添えてきた。


「任せてくれ、大我。逆上すれば同じ土俵に落ちる。僕のやり方を見ていなさい」


新藤は静かに立ち上がった。

その表情は穏やかだが、瞳には鋭い刃のような光が宿っている。


「なるほど。“子どもは勝手に育つ”。立派な信念ですね」

彼は声を張った。議場の空気がピタリと凍りつく。


「実は来月、私も第一子が生まれます。ぜひ、その育て方を直接伝授いただきたい。

 ……ああ、でも田中議員。奥様は地域紙のインタビューで“二人の息子はほぼ祖父母に預けっぱなし”と話しておられましたね。そのご家庭の成功秘話を、ぜひこの場で!」


議場にくすくす笑いが広がり、田中議員の顔がみるみる赤くなる。


「さらに、“保育士は楽”との発言。これは朗報です!」

新藤はわざと大きく両手を広げた。

「増子議員が体験された保育園から、正式に“ぜひフルタイムでボランティアに来てください”との招待状が届いております。

 楽なお仕事なら、田中議員、あなたが率先して体験されるべきです!」


「な、な、何を……!」

田中は椅子から半ば立ち上がり、汗が額から滝のように流れ落ちる。


新藤は微笑んだまま、声を一段低く落とした。


「現場に立たない者が現場を語る資格はありません。

 子育てと教育は“国家の礎”。

 それを軽んじる政治家が、この国の未来を守れるはずがない」


沈黙。

与党議員たちは顔を伏せ、資料をめくるフリをする者、咳払いでごまかす者、目を逸らす者ばかり。

誰も反論できなかった。


大我はその光景を見つめ、心が震えた。

(これだ……!これが、本物の言葉の力!)


子どもたちの笑顔。泣きながら訴えた親たちの声。

自分が現場で必死に学んだすべてが、今この壇上で刃となり、敵を沈黙させている。


「よし……! まだ戦える!」

大我は拳を固く握りしめた。


議場の空気は、完全に新藤と大我のものだった。


今だ。立ち上がらなければ。


 俺は深呼吸し、声を張った。


「僕は、この一か月、保育園で現場を体験しました。

 そこで耳にしたのは、政治や世間から見過ごされてきた、子育て世帯と先生方の“本音”です。」


 目の前に座る議員たちの顔を、一人ひとり見据える。


「夜の仕事をしている親御さんは、子どもを預けられる場がなく、キャリアを諦めざるを得ない。

 孤立したシングルマザーは、相談できる場所もなく不安を抱えている。

 “父親は育児に関わらないものだ”という古い価値観に縛られた家庭もある。

 子どもの病気で早退した母親は、職場で穴を埋めるプレッシャーに押し潰されそうになっている。

 そして保育士自身も、人手不足と過重労働で倒れるまで頑張り、休職に追い込まれる現実がある。」


 声が自然と熱を帯びていく。


「保育の現場では命が育まれています。

 ただ“預かっている”のではない。

 先生たちは一人ひとりの心に寄り添い、成長の土台を築いている。

 限られた時間と資源で子どもたちを育むために、毎回創意工夫を凝らしているんです。

 ただ走り回って遊んでいるわけじゃない。彼らはプロです。

 そして、初めての育児に奮闘するご家族にも寄り添っている。


 あなた方が見ているのは“労働”ではなく“育み”なんです!」


 拳を握りしめ、机を叩きそうになるのを必死に抑えた。


「“子どもは勝手に育つ”なんて絶対にありません!

 僕はこの一か月で、何度も何度も、その現実を目の当たりにしました。

 その無責任な言葉が、どれだけの命を軽く扱ってきたのか…。


 ニュースで流れる保育中の事故や悲しい事件は、疲弊した現場でどんなに必死に働いても起こりうる可能性があるんです。

 保護者だって助けを求めても、“産み育てると決めたのは自分だろう”と突き放され、追い詰められてしまう。

 善人でも、誰でもそうなり得るのが育児なんです。」


 喉が焼けるように熱くなった。

 だが止まらない。


「だからこそ――社会で、子育てする大人を支えなければならない!

 大人が支えられて笑顔になれば、子どもも必ず幸せになる。

 親の幸せこそが、子の笑顔なんです!


 僕はここに誓います。

 子どもたちの命と笑顔、そして未来を守る政治を、必ず実現します!」


 声が議場に響き渡った。

 張り詰めた空気の中で、誰もすぐには言葉を発せなかった。


シン…と静まり返る議場で、一部から拍手が沸き起こった。野党の子育て世代の女性議員だ。「よく言ってくれた!」と拍手する人、少し目を潤ませる人もいる。もしかして、子育て世代の声を少しは代弁できたのかもしれない。


反面、先ほどの与党議員たちは居心地悪そうにソワソワしている。テレビでも放送されているから、子育て世帯の反感は確実に買っただろう。


――場所は保育園。


「今日は戦うたいが先生、テレビに映るってママ言ってたー!」


子どもたちは大騒ぎで、今回は特別にテレビを流すことにした。


私には、議会の内容なんてまだ子どもたちには理解できないだろうと思える。でも、彼らの目は画面に釘付けだ。どんな反応を見せるか、ちょっと楽しみでもある。


画面に映る大我。与党の議員たちの野次に顔を歪めているけれど――その隣には新藤党首。あの人の穏やかで鋭いフォローがあって、大我はきっと戦えているんだろう。


子どもたちが「…やるじゃん、税金泥棒!」なんて真似して叫ぶ。

「たいがせんせいー!がんばれー!」

キャーキャーと応援する声。


小さな声援かもしれないけれど、確かに彼らは彼の味方。私も胸が熱くなる。

ああ、ここに来てよかった。テレビ越しでも、彼の成長と覚悟が伝わってくる。


そして心の中で、私も誓った。

これからも子どもたちの笑顔を守るため、彼の支えとなる存在でいよう。

保育園の毎日も、議会の戦いも、すべてが子どもたちの未来につながっている――私ができる限り、彼と共に歩み続けよう、と。


議会が終わり、どっと疲労感が押し寄せる。

「いやー、配信と全然違う。覚悟もって話すって、こんなに体力削るんだな」

「本当にお疲れ様!僕も弁護士時代を思い出して、つい詰めちゃったな」

新藤党首、絶対敵に回したくない。


「分かってもらえたと思うけど、これからの政治には“現場を知る人間”が必要なんだ。増子くん、君が『風』を起こしてほしい!」


昔の俺なら「恥ずかしいこと言うな」と思っただろう。でも今は自信をもってうなずける。

俺はもう迷わない。子どもたちの未来を背負って戦う。そして、あの保育園の笑顔を、この国の未来の当たり前にするんだ!


そのとき、スマホが震った。母からのメッセージだ。


『たいが先生、テレビ見たよ!

すごい!あなたがあの子たちの声を届けてくれたんだね。

私も、こんな大我の姿を見られて本当に誇りに思うよ。ありがとう』


胸がじんわりと熱くなる。

子どもたち、親御さん、保育士の先生方…みんなの想いが、確かに届いている。


そして、この経験で当時の母のことも理解できたと思う。

俺は何て言うのが良いか分からなかったけど、これだけはとメッセージを送った。


「母さん、いつもありがとう。」


深く息を吸った。

(よし……ここからだ。もっと、みんなの声を現実に変えていくんだ!)


子どもたちの笑顔、そして母の温かい言葉。

これが、俺に次の一歩を踏み出す力をくれたんだ。



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