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第5話 ママを輝かせる脚本家 ― 子どもたちの未来に届け

保育士生活が始まって数日が経った。

最初は子どもたちの遊びや行動についていくだけで必死だったが、少しずつ体力もつき、自分から積極的に遊びの提案をして主体的に子どもたちと関わるようになった。

「人を変えるのではなく自分を変える」ーーそんな言葉を初めて実感する日々だ。

かつて冷たい視線を向けてきた子どもたちや親御さんの目が、いつの間にか柔らかくなっているのがわかる。


そんな中、俺の提案で園の日課に「ニュースごっこ」が加わった。

最初は俺がインタビュアー兼カメラマンだったが、今では“鬼監督”のあかりちゃんが全体を仕切り、りくくんやれおくんもマイクを握るようになった。俺は最近もっぱらカメラ役だ。


「かいとくん、その剣かっこいいな!どこで手に入れた?」

「幼稚園で作った世界で一つの剣!名付けて“かいとかりばー”!」

「おお、誰も持ってないヒーローの武器だ!これならパパもママも守れるな!」


「ゆめちゃん、今日は何の役?」

「バリキャリママ!ママのお仕事してる姿が超かっこいいの!」

「聞きましたか?お母さん、最高の称号をいただきました!」


子どもたちはキラキラした目で語り、撮影した映像はお迎え時にモニターで流される。

画面を見つめる親御さんの目には、笑いと涙が入り混じっていた。

「この園でよかった」「うちの子、こんな表情するんだ」――そんな声が増えた。


中には、りくくんが「折り紙で赤ちゃんが無事産まれるお守り作ってるんだ」と語る場面もある。

画面の向こうで見ていた両親は、「優しいお兄ちゃんになってるなあ」と号泣していた。


この企画は俺が子どもたちを覚える助けにもなり、先生方からは「うちでもやりたい!」と声が上がる。


「働いてる間に見られない我が子の姿が見られるって、親御さんは本当に嬉しいよな。ありがとう、大我先生」

真凛先生の言葉に、内心ガッツポーズ。好感度、着実に上がっているはずだ。


一人で配信していた頃よりもずっと楽しいのは、作ったものを見た人の反応がその場で見られるからだ。

動画配信の経験が、こんな形で役立つ日が来るとは思わなかった――あの時間は、確かに俺を育ててくれたんだ。


笑顔と笑い声で終わる、いつも通りの夕方…のはずだった。

帰り支度の時間。

玄関前では、あかりちゃんが靴を履きながら、近くの男の子たちと何やら話していた。


「昨日、あかりちゃんのママ、テレビに出てたよ!」

「ほんと? でも迎えに来るの、いつもあのスーツの人じゃん。ママじゃないよね?」


「マネージャーさんだよ。ママはお仕事で忙しいの」

「ふーん……でも、ほんとは違うんじゃないの? うそついてるんじゃない?」


「嘘ついてないもん! 本当だもん!」


その一言から、言い争いは一気にヒートアップした。

小さな手と手がぶつかり、取っ組み合いに発展する。

職員が慌てて二人を引き離したときには、あかりちゃんの頬にうっすら赤い傷が残っていた。


そこへ――園の入口からヒールの音が近づいてくる。

振り向くと、そこに立っていたのは、滅多に迎えに来ないあかりちゃんの母・水瀬葵。

大女優の名に違わぬ華やかな雰囲気が、園内の空気を一瞬で変える。


だが、葵の視線は一瞬で娘の頬に吸い寄せられた。

「どういうこと!? 顔に傷なんて……将来の女優の顔になんてことを…!」


「すぐに手当を──」と真凛先生が言いかけたそのとき、葵はさらに畳みかける。

「人数、最初に聞いてたより少ないじゃない!……前の担任の先生、休職になったって聞いたけど……あなたが追い詰めたんじゃないの?」


あかりちゃんは怒っているママの顔を見て今にも泣きだしそうだが、泣くまいとじっと耐えている。


真凛先生はぐっと唇を噛み、必死に涙をこらえた。

その瞬間、俺は堪えきれず前に出ていた。


「おい! あんた、自分のことしか考えてねぇだろ!? まず、自分の子どもの顔見ろよ!!」

「……え?」

「今にも泣きそうじゃねぇか! でも、あんたが怒鳴るから、泣くの必死にこらえてるんだよ! 自分の子どもより、自分の都合ばっかりじゃねぇか!!」


真凛先生が慌てて俺の腕を引く。

葵はあかりの顔を見てハッとし、俯き、声を震わせた。

「……寂しい思いさせてるのは分かってる。でも……この仕事、好きなの。愛情をどう注げばいいか、もう分からないの……」


葵の声がどんどん弱々しくなってきている。

もしかして、前に玲央名さんが言っていた親の重圧に精一杯になっている親御さんの姿ではないか。

それなら、俺がすることはこの人を責めるのではない。

もう“水瀬葵”じゃない。目の前にいるのは、あかりちゃんのお母さんだ。


沈黙の中、俺はお母さんにタブレットを差し出した。


「お母さんの気持ちや立場を理解せずに発言してしまい、申し訳ございません。こちらを見てくれますか?ちゃんとあかりちゃんはお母さんのこと好きだって伝わってます。このニュースごっこ……見てください。」


画面にはあかりちゃんが楽しそうにインタビューに答える姿が映っている。

──「私、女優じゃなくて、ママが生き生き演技してるのが好き。ママを輝かせる脚本家になるのがあかりの夢なの!」


お母さんは口元を押さえ、声を詰まらせる。

「この子、私の出てる作品たくさん見てるからてっきり女優になりたいんだと思ってた。あかり、ありがとう…。寂しい思いをさせてごめんねぇ。ママ、世界で一番あかりが大好きよ…。」


「ママぁぁ!あかりも、ママが世界で一番大好き!」

泣き崩れるお母さんを、あかりちゃんがそっと抱きしめる。

職員たちは静かにその様子を見守った。


園児たちが全員帰り、静けさが戻った職員室には、真凛先生、園長先生、他の保育士たち、そして俺だけが残っていた。


「園長先生、申し訳ございません。俺、感情を抑えられずに…」


園長がゆっくりと口を開く。

「大我先生。確かに感情をぶつけてしまってたけど、その後ちゃんと寄り添って行動できてたわ。結果的にお母さんも『大我先生、ありがとう』って言っていたわ。」


その言葉を聞いて俺は少し安心した。


「大女優で多忙っていうのもあるけど……普通の家庭だって同じか、それ以上に身を削って疲弊している親御さんは多いのよ。」


真凛先生も静かに頷く。


「どれだけ愛していても、余裕がなければ、人は壊れてしまう…。子育ては、一人じゃできない。」


別の保育士が言葉を続ける。


「両親が揃っていても、実際はワンオペ状態になっている人もいる。社会が冷たいのよ。少子化って言うけど、親を支える仕組みは全然足りていない。」


俺はまた当時の母と俺のことを思い出した。

この保育園での経験がなかったら俺は当時の母親の苦労どころか、世の親御さんたちの苦労を知らずにいたことが悔しかった。


同時にゾッとした。20年経っても社会はその状況が変わっていないどころか悪化している。

政治の現場に親御さんや子どもの声が十分に届いていない恐ろしさ。


俺は拳を強く握りしめた。こみ上げる感情をこらえながら、立ち上がる。


「子どもは未来の宝です。そして、親はその宝を育てる守り人です。社会全体で支えなければならないんだ!」


大きく息を吸い、震える声で叫んだ。


「俺は、必ずこの国を変える!!子どもたち、保育士の皆さん、そして家族を守れる国にします!!俺がやります!!!」


真凛先生は、鼻をすすりながら笑った。


「…くそ、あと2週間あるのに…終わる雰囲気出すなよ…!でも…絶対に、日本を変えてくれよ、政治家さん!!!」


職員室には、泣き声と笑い声が混ざり合った。


その夜、俺の中に宿った強い決意は、これから日本を揺るがす大きな一歩になることを、まだ誰も知らなかった――。

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