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第4話 シャンパンタワーとパパの涙

第3話の後日談的なものです。

玲央名さんの過去とホストになったきっかけの話です。

和解して一安心したのもあってか、夕暮れ時の園庭はどこか優しい色に包まれていた。

子どもたちの笑い声が遠くから響き渡る。

玲央名さんから話がしたいと誘われて、俺と玲央名さんは園庭を見渡せる木製のベンチに並んで座る。

目の前のれおくんは砂場で一生懸命何かを作っている。


「れお、大きくなったなあ。不謹慎ですが、先ほどの話し合いでれおが自分の非を認めて謝ることができたのを見て、心も成長してるなとかみしめちゃってました。」ピリピリした話し合いをした後と思えないくらい玲央名さんはニコニコしている。

「…亡くなった妻も見たら喜んだんだろうな…。」

そう言う玲央名さんの目はどこか寂し気だった。れおくんの言葉は聞いていたれど、ママさんの話題にはどう関わったらいいのか、まだ俺には分からなかった。

「れおくんもりくくんも自分でお互いに謝ってましたよね。すごいことですよ!本当に誤解が解けて良かったです。…ママさんもきっとれおくんの成長を喜んでると俺は思います。」

玲央名さんは少し驚いた顔をしたが、静かにフッと笑みを浮かべて話す。

「大我先生、ありがとうございます。喧嘩も、誤解も。どっちも、根っこは“想い”なんですよね。ぶつかるってことは、それだけ大事にしてるってことです。」


玲央名さんの声は静かだったが、その一言には、積み重ねてきた経験がにじんでいた。


「……想いがすれ違って、争いになる。」


「ええ。僕も昔は“伝わるはず”って思ってた。でも、それってただの期待なんです。」

玲央名さんの視線が夕空に向かう。そこに、ほんの一瞬だけ亡き妻の姿がよぎったのかもしれない。


「先生。実は僕、妻が先立ってれおが2歳までは心理カウンセラーだったんですよ。あの時は相談者の本音が分からなくて悩んでいた時期がありました。」


「カウンセラーだったんですか!?」

現職のホストとのつながりがどれだけ考えても浮かばなかった。

あ、でも傍から見たら俺も配信者で議員になって今は保育士って中々の変わり者だよな。


「ええ。心理カウンセラーです。れおが生まれた頃もそうでした。でも、悩んでる人ほど、自分を繕ってしまう。“ちゃんとしなきゃ”ってね。それが壁でした」

確かにそうだ。弱さを見せたくなくて大丈夫って言う人は多い。

「僕の妻はとても明るくて太陽のような人でした。僕の職業が職業だから家では休ませないとって思ってくれてたんでしょうね。育児の事も大変なこととか悩みを聞いても大丈夫って言ってました。直接の死因ではないでしょうが、育児や仕事での過労もあったかもしれません。」

「……そんなこと、ない…と、思います」

口から出たのは、どこか頼りない声だった。本当は『大変だったんじゃないですか』と聞いてみたい。

でも、そんなことを口にすれば、玲央名さんも、天国のママさんも、どちらも傷つけてしまう気がした。

何が正しいのかなんて分からない。ただ、この場で選べるのは、これくらいの言葉だった。

でもちゃんと分かることはある。れおくんは自分だけでなくママもパパに愛されていることを理解していた。普段から玲央名さんがママもれおくんにも愛情を示しているからこそだと分かる。


「ええ。心を扱う仕事。でもね、カウンセラーという肩書が壁を作っていたのかもしれません。鬱や適応障害というのは頑張りすぎてなる人が多いんです。相談者も根が真面目な人だから、自分の悪いところを見せてはだめだと感情に蓋をして見せない人が多いんです。”自分の感情に蓋をする癖”がついてしまっているんでしょうね。」


その話を聞いて俺は小さいころの母を思い出した。

俺が小さいってのもあったけど、弱音は吐いていなかった。…母は当時話せる人っていたのだろうか?


「そこで転機が来たんです。僕のもとに昔の相談者が訪ねてきた。今はホストクラブのオーナーで、“人に優しく寄り添う店を作りたい”って言うんです。で、来てくれませんかって」


なるほど――。ホストというより、“夜のカウンセラー”か。人の心に寄り添う仕事なら、玲央名さんにはうってつけだ。

「それで……ホストに?」


「ええ。俺も最初は戸惑いました。でも視点を変えると、れおが寝ている間に働けるから起きている間のれおはずっと見ることができるんです。オーナーの”人に優しく寄り添う”というコンセプトから優しい人が集まってきているんです。そのため、漫画とかでよくある蹴落とされるとか嫌がらせはありません。仲間も気にかけてくれるいい人達です。何より不思議とね、人の“素”が見える。ああ、この人、いま辛いんだなって、伝わってくる。」


玲央名さんの目、心なしかイキイキしている。今の仕事に本当にやりがいを感じているんだ。


「あるお客様に言われたんです。“玲央名さんには、だめなところも話せる”って。それが、嬉しくて。」


「正直偏見を持っていました。申し訳ございません。」


「俺も当初はそうだったので気にしないでください。俺は今、毎日が幸せですよ。夜から朝まで働いて、れおを送り出して。昼に仮眠して、夕方にお迎え。フルタイムでカウンセラーとして働いていた時よりもれおと濃い時間を一緒に過ごせる。」


俺はすっかり玲央名さんの話を聞き入っていた。

玲央名さん、れおくんと一緒に過ごせて本当に嬉しいんだ。

「僕、思うんです。まず自分のグラスを満たさなきゃ、人には優しくできない。シャンパンタワーってあるでしょう。一番上のグラスが満たされなきゃ、下の段にこぼれていかない」


例えにシャンパンタワー持ってくるなんて、さすがホストだな…


「あ、ホストジョークとか思いました?元カウンセラーなので心理学でも”シャンパンタワーの法則ってあるんですよ。」


こ、心を読まれてる!?


「親だって完璧じゃないし、子どもが生まれてからお父さんとお母さんになるんです。でも、世間が”親なんだからちゃんとしなさい。”とか”自分よりもまずは子どもに与えなければ。”って親は自己犠牲して頑張りすぎてしまうんです。でも、まずは自分を大切にすることが、子どもにとっての優しさにつながる。全国のお父さんお母さん、本当によく頑張ってる。僕はいつかそんな人たちが一息ついてまた立ち上がれるような居場所を作りたいと思っているんです。」


「……玲央名さん」

少し迷いながら言葉を紡いだ。この人になら、不思議と話せる。


「政治の力で、子どもたちの未来は……よくなると思いますか?」


玲央名さんはその問いに、しばらくの沈黙のあと、まっすぐに答えてくれた。


「思いますよ。あなたが信じて進むなら。その時は僕にも手伝わせてください。」


目を伏せてすうっと深呼吸した。気を抜くと思わず安心の涙が流れそうだ。

さすが”夜のカウンセラー”だ。


「……ありがとうございます。力を、貸してください。」


「もちろん。今度“息抜き場”を作るときは、ぜひアドバイザーとして呼んでくださいね。」


夕焼けが俺たちの肩を照らす。

その光の中で、胸の奥に小さな希望の種が静かに芽吹いていた。

この希望の種を大切に育てていこう。


「パパ―見て―!砂でこれ作ったんだ!」


小さな手の中に、砂の塊。…いや、よく見ると家の形だ。


「俺と真凛先生が結婚したら将来建てる一軒家。パパと2世帯住宅で住めるように大きい家だぞ。」


れおくん…ぶれないな。


「…れお。パパも一緒に住みたいと言ってくれる優しい子に育ってくれてありがとう。大好きだよ。」

そう言って涙ぐむ玲央名さん。


保育園を後にして玲央名さんとれおくんが手をつないで仲良く帰っていく後ろ姿は、夕日の優しい光に包まれて輝いていた。

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