最終話 大我母座談会の涙ー広がるスマイルシードの花畑ー
玲央名と誠司が営むカフェ「スマイルシード」には、午後の光がやさしく差し込んでいた。
NPOスマイルシード主催の小さな座談会。テーマは〈保育の現場から生まれる“スマイルの種”〉。
司会を務めるのは、増子夕実。
大我の母であり、いまは保育士向け相談員として働いている。
保育士、保護者、支援員たちが集まり、湯気の立つコーヒーを手に静かに笑い合っていた。
「いやぁ、まさか俺が“園務員”になるとはなぁ……」
元議員の田中雄三が、照れ笑いを浮かべながら語り始めた。
「最初は家族に“更生のため”って無理やり送り込まれたんですよ。
でも、子どもたちの『先生、今日も来てくれたの?』の一言で、胸が熱くなっちゃって……」
会場に笑いが起きる。
「人生で初めて“ありがとう”を素直に言える仕事を見つけた気がします。
……でもまあ、年齢もあるし、保育士はさすがに無理かなぁ」
俯いた田中の肩を、元ホストでいまは保育士の海斗が軽く叩いた。
「じゃあ、ファミサポ支援員どうです?
僕が世話になったこのカフェ、子どもも来るし、玲央名さんと誠司さんも優しいですよ!」
玲央名が笑って手を挙げる。
「じいじ支援員、めちゃくちゃ欲しかったんですよ!」
誠司も笑顔でうなずく。
「子どもたち、雄三さんに懐きそうですね!」
「……本当に、いいんですか」
「もちろん!」
田中は目頭を押さえながら、しわだらけの手でマグカップを包んだ。
「ありがとう。こんなにあったかい場所があるとは思わなかった。」
「私……休職したとき、“迷惑をかけた”と思ってました。」
上川さつきが、静かに口を開く。
かつて真凛と同期だった保育士。責任感が強すぎて燃え尽き、しばらく休んでいた。
「でも、あの時間があったからこそ、自分の“無理”と“限界”を認められるようになったんです。」
真凛が優しく微笑んだ。
「迷惑なんてとんでもない。戻ってきてくれて、私たちすごく嬉しかったよ。
自分を大切にできる人が、いちばん子どもに優しくなれるから。」
夕実もうなずく。
「保育士だって人間ですもの。泣いて、休んで、また笑えばいい。」
拍手が広がり、会場があたたかい空気に包まれた。
ふと、夕実が小さく息を吸い込んだ。
「私……保育士の仕事が大好きだった。
でも、息子に寂しい思いをさせたこと、ずっと後悔してたの。」
沈黙を破ったのは春日美月・たつきくんの母だった。
「夕実さん、これ……ご存じですか?」
スマホの画面には、大我のSNS投稿が映っていた。
『園児が言っていた。
「ママはお仕事で頑張ってるのに、いつも“遅くなってごめんね”って謝るの、なんでだろう」
これが俺の原点かもしれない。
お母さんが頑張っているのを、子どもはちゃんと見ている。
だから、大人はもっと胸を張っていい。』
夕実は画面を見つめながら、そっと涙をぬぐった。
「……そうね。“ごめんね”じゃなくて、“待っててくれてありがとう”だったのね。」
美月が言う。
「私もこの言葉に救われました。あのとき、母親としての自分を肯定できた気がして。」
真凛もうなずく。
「子どもたちは、親のがんばりをちゃんと見てる。」
玲央名が笑って言葉を添える。
「僕ら大人が笑っていれば、子どもたちも安心する。」
夕実は深くうなずいた。
「ありがとう。やっぱり、私はこの仕事が好き。
子どもたちの笑顔が、何よりの報酬だわ。」
夕実のその一言に保育に関わる全員が静かにうなずいた。
カフェは温かく優しい空気に包まれていた。
会場の片づけをしていると、カフェのドアが開いた。
「母さん、今の話……聞いてたよ。」
そこに立っていたのは、大我だった。
夕実は驚き、そして笑顔になりながら息子を抱きしめた。
「大我、ありがとう。
お母さんの仕事を、肯定してくれて……本当に嬉しい。」
大我は少し照れくさそうに笑う。
「俺さ、母さんの背中を見て育ったんだ。
保育士資格を取ったのも、政治を志したのも、全部そこからかもしれない。」
そして小さく付け加えた。
「俺のスマイルシードの原点は、母さんだよ。」
夕実は声を詰まらせながら笑った。
「ありがとう。……これからも、子どもたちの笑顔を咲かせていこうね。」
誰かが蒔いた小さな種は、
いつか誰かの笑顔になって花開く。
保育という畑で、今日も新しい芽が顔を出している。
――スマイルシードの花畑は、これからも広がっていく。




