エピソード・オブ・進藤竜彦 ‐党首の険しい育休宣言‐
今回は進藤党首のお話です。
1話から登場。大我を政治の世界に導いたきっかけの人です。
「前例がないからできない」だと?
そんなセリフを胸を張って言われると、
どうしても口が滑る。
「じゃあいつ前例を作るんだ?
永遠に“できない”って言っとくつもりか?」
若手議員は書類を落とし、廊下に静寂が落ちた。
ベテランたちは、わざとらしい咳払いで空気を誤魔化す。
(この国の大人はどうなってる。
考えて、新しい答えを作るのが大人の役目だろ。
『答えがないから宿題できません』って
子どもと同じじゃないか)
……落ち着け、俺。
深呼吸。
控室に戻り、ネクタイを緩めながら小声で毒を吐く。
「いっそのこと、
議員は成果出したら報酬にしたらどうだ?
多少はやる気出すだろ」
自分で言っておきながら、思わず吹き出した。
政治家が政治家に毒を吐く。
趣味としては悪くないが、寿命は縮む。
と、スマホが震えた。
妻からだ。
『陣痛きた。
あなたの子がもうすぐ会いにくる』
——真っ白になった。
国会という巨大な牢獄の中で、
突然、出口が現れた気がした。
(この子の未来を守るために、俺は政治家になった。
なら今こそ、前例をぶち破る時だ)
ネクタイを締め直し、鏡の中の自分に宣言する。
「育休、取る。
仕事も続ける。
やれるかどうかじゃない。
やるんだ」
秒針が進む音が、
俺の背中を押した。
スマホが震えたあの日から、数日。
今、保育器の中で眠る小さな命を前にして思う。
これまでは“子どもの未来を”と漠然と言ってきた。
だが今は違う。
守る対象は、今目の前にいる。
(前例?知るか。
この子のために、前例ごと塗り替える)
まずは、自分でできるところから変えた。
委員会と法案関係は出席するが、
それ以外はリモートへ移行。
自宅で子どもを見ながら仕事を続ける形だ。
——そこに、第一の壁。
「進藤さん、夜の会合は参加するだろ?」
ベテラン議員の誘いという名の圧。
「ありがたいですが、妻と子どもが待ってまして」
丁寧に断っても、食い下がる。
「進藤くん、会合も仕事だよ。
子どものことなんて奥さんに任せればいい」
まだ昭和か。
言い返そうとした、その時——
「先生、今は令和ですよ。
我々も考えをアップデートしないといけませんな」
低く響く声。
振り返ると、桜丘市の榊原市長。
隣には彼の孫——なおとくん。
「私は孫と過ごす時間を最優先している。
政治の意味を思い出せるからだよ」
なおとの真っ直ぐな瞳に、ベテラン議員は言葉を失った。
「進藤さん、お昼にしよう。
なおとがどうしても会いたいと言っていてね」
「は、初めまして!
ずっと……会いたかったです!」
小さく震えながら頭を下げるなおとくん。
「こちらこそ。
未来の日本を支える若者に会えて光栄だ」
ベテラン議員はいそいそと退散。
榊原市長がいたずらっぽく笑う。
「なんならリモートで水谷市長も呼ぼうか?
なおとに、政治の“今”を見せてやりたい」
俺は胸が熱くなった。
(この国は…やっぱり変われる)
有意義な昼食を終え、自宅へ戻る。
生まれたばかりの娘が起きていた。
「お帰り。最近ね、にこってするのよ」
「なに!?その瞬間は必ず見たい!」
贅沢なのだろう。
でも、すべての瞬間に立ち会いたい。
その願いを察したように、
娘はーーにこっ。
「あら、笑った!」
頬が緩む。
この子が俺に、そう言ってくれた気がした。
「父だって、子の成長が嬉しい。
俺は、そういう父親なんだ」
数日後。
温かい家庭とは反対方向へ、世間の空気は想像以上に冷たかった。
『進藤党首、イクメンを免罪符に職務怠慢か!?』
スマホ画面の文字が視界に刺さる。
委員会には出ている。
法案の打ち合わせも続けている。
だが切り取られたのは――
「現地調査への“怠慢”」
任意の視察や、会合という名の深夜飲み。
そこだけを“サボり”に書き換えられていた。
ニュースには、例のベテラン議員。
『税金で働いている立場ですよ?
いかがなものかと』
(あんたの“仕事”の定義、昭和で止まってる)
続いて街の声。
『子どもの顔すら見れないのに、議員だけ育休なんてズルい』
胸がちり、と痛む。
責めたいのではなく、苦しんでいる声だ。
「国民の悲痛な声…か。
…堪えるものがあるな」
(俺だって――この時間を得るまで
ずっと会えなかった)
スマホが鳴った。
画面には『増子 大我』。
「進藤さん、大丈夫ですか?ニュース見たんです…」
かつての仲間の声が温かい。
「政治家でパパは、難しいようだ」
声が弱った自覚が、余計に苦い。
そのとき――
「竜彦さん、やめないでください!
あなたは唯一、本気で子育て世代を守れる政治家です!」
真っ直ぐな叫びが鼓膜を撃った。
「だが、国民が否定した」
「違います!
“変わる痛み”に戸惑っているだけです。
あなたを必要とする家族は何万人もいます!」
涙が落ちる。
腕のなか、娘の寝息がやさしく響く。
「ありがとう、大我」
娘を抱き、囁く。
「パパは諦めない。
君が生きやすい日本にする。絶対にだ」
「そうだ、竜彦さん。案があります。後でメールします!」
自信満々な声が嬉しい。
──翌週。
「皆様こんにちは!増子大我です!今日は豪華ですよ!
桜丘市の“じいじ市長”榊原市長!
子育て熱血・水谷市長!
そしてパパ議員!進藤党首です!」
(じいじ市長…?)
紹介は雑だが、視聴者は爆増した。
“発信には発信”――大我の言う通りだ。
榊原市長は言う。
「孫たちと過ごして、私も気づかされたことがあります。
子どもたちが健やかに育つためには、“家庭だけ”でも、“学校だけ”でも足りない。
地域全体で支える環境が必要だと。
そこで桜丘市では、三世代が自然につながれるイベントを積極的に展開します。
シニア世代の経験と技を子どもたちへ、子どもたちの活力をシニアの元気へ。
それが交流と支え合いを生み、子育ての孤立も防ぐ。
子どもを大切にすることは、市の未来を大切にすることです。
その未来づくりを、行政も“当事者”として担っていきます。」
水谷市長も続く。
「うちは18歳までの医療費無償化を進めています。
無料施設の開放もね。
するとどうなったと思います?」
大我が身を乗り出す。
「……出生率、上がったんですよね?」
「そうですわ!
実際、働き盛りの世代がどんどん移り住んできています。
子どもを大切にするということは、
その地域の未来を丸ごと守ることですからな!」
榊原市長もうんうんとうなずく。
「子育てを甘えと言わせない社会にしなきゃいけない。
そのためには自治体も、国も、同じ方向を見ないと」
未来を語る声が力強い。
俺も覚悟を決めて口を開く。
「育休を取れる議会にします。
リモート出席も実現させる。
政治は“家族の幸せ”を守るためにある」
「素晴らしい!」
二人の市長から即答の賛同。
SNSにも声が溢れた。
「進藤党首ありがとう!」
「子育ての味方が国会にいた!」
少しずつ。
だが確実に風が変わる。
(日本は――変われる)
画面の向こうの大我が、誇らしげに頷いた。
こんな頼もしい味方がいるなら――
私は政治家として子どもたちの未来を守る。
必ず。




