じいじ市長と少年なおと――失敗から始まる物語
榊原佳彦
なおとの祖父で桜丘市長。
第6話に登場。
弁護士として奔走し議員から市長になる。
孫のなおとには英才教育を受けさせていて保育園も軽く見ていたが大我の提案で1日保育園で遊ぶ事になる。戸惑いながらも無邪気に遊ぶなおとの姿に安心し心を入れ替える。
なおと
「10歳からの民主主義」が愛読書の幼稚園児。
一人で本を読むのが好きだったが他の子とも交流するようになり、後に分からないことはなおとくんに聞くという立場に。
8話の議会シーンから進藤党首のファンになる。
水谷市長
明光市の市長。
12話に登場。
明るくエネルギッシュな市長で「子どもは宝」を信念に子育て支援の施策をどんどん打ち出し、子育て世代に人気の市町村になる。
遥か向こうまで見渡せる海に、なおとは目を輝かせていた。
「おじい様、すごいですね。東京ではなかなか見られない光景です。海って広いんですね」
「実は私が生まれ育った土地だ。なおとが生まれるずっと前から来ていなかったが、ここは変わらず広いな」
私は榊原佳彦。桜丘市にも子育て支援を取り入れるため、なおととともに明光市を訪れた。
まさか、なおととこの場所に立つ日が来るとは――。
庁舎の向こうから、懐かしい人物が手を振りながら駆けてきた。
「よっちゃんー! 久しぶりやな。よう来てくれた。ようこそ、明光市へ!」
「……水谷市長。孫の前で“よっちゃん”は、ちょっと恥ずかしいぞ」
「えー、水臭いなあ。僕とよっちゃんは幼馴染やん。おっ、君が孫のなおとくんか?」
「水谷市長、はじめまして。榊原なおとです。本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
水谷市長は感心して目を細めた。
「なんや、君の中に礼儀正しいおっちゃんでも入っとるんか!? 偉いなぁ。こちらこそ来てくれてありがとう!」
「えらいな、なおと。私からも礼を言う。ありがとう、水谷市長」
「かまへんよ。せや! 増子さんも来てくれた遊び場、案内しよう。なおとくんも楽しめるはずや」
なおとは目を輝かせ、元気に頷いた。
こんなささいな表情を見て、心から嬉しく思えるようになった自分に、私は少し安堵した。
案内された親子交流スペースは、無料とは思えないほど設備が整っていた。
マットルーム、ボールプール、ままごとセット、そして子ども向けのボルダリング。
なおともその広さと多様さに驚いている。
「おじい様、あそこのボルダリングに挑戦してきます!」
予想外の選択に驚きながらも、私は笑って送り出した。
「ああ、やってみたいことに、どんどん挑戦しなさい」
なおとは力強く頷き、駆け出していった。
「活動的なものを選ぶとは……子どもって、いつ見ても飽きないな」
「旅で解放されてるのもあるやろうけど、失敗しても受け入れられる安心感があるからこそ、新しいことに挑戦できるんやろな。なおとくん、ええ環境で育ってる証拠や」
私は心の中で、保育士たちの創意工夫に改めて感謝した。
保育園は、ただ預ける場所ではなく――命を育む尊い場所だ。
なおとの遊ぶ姿は、新しい発見の連続だった。
譲り合い、初対面の子どもと笑い合う。以前よりもずっと自然に人と関われている。
「子どもってものはすごいな、水谷市長。なおとの成長を見られるきっかけをくれた増子さんには、本当に感謝だ」
「増子さんも言ってたで。よっちゃんがなおとくんと笑顔の写真をもらったてな。僕もよっちゃんが元気そうで安心したわー」
……笑顔の写真? ああ、娘が撮っていたのか。だからあのときカメラを向けていたのか。
「しかし、もっと早く気づいていたら、なおとにあんな顔をさせなかっただろうに。
増子さんの議会中継で野次を飛ばしていた連中は、昔の私そのものだ。余裕もなく、視野も狭かった。
あの頃の私に、もっと行動する勇気があれば……なおとを、あんな気持ちにさせずに済んだのに」
言葉が落ちた。沈黙の中で、水谷市長が私の肩を力強く叩いた。
「よっちゃん、顔上げてみぃ。なおとくんの笑顔を作ったのは、間違いなく君やで。
“変わろう”とした行動が、ちゃんと届いとる」
顔を上げると、なおとが笑っていた。
――そうか。もう過去のなおとじゃない。今のなおとを見るんだ。
「それにな、失敗せん人間なんておらへん。子どもが転んだら手を貸すやろ?
大人は、失敗した子の“手”になったらええ。起こすんやなく、一緒に立ち上がる手に」
胸の奥が熱くなった。今からでも遅くない。
できることを、子どもたちのために。
「水谷市長……私は桜丘市のために、新しい施策に挑戦したい。今からでも、間に合うだろうか?」
水谷市長はにっこり笑い、胸を張った。
「遅いわけあらへん。失敗から気づいたあんたになら、いくらでもできる!
政治も人生も、どれだけ失敗したあとに立ち上がれるかや」
さすがだ。彼は昔から、俺に元気をくれる。
「水谷市長、いや……さぶちゃん。明光市の施策を参考にして、桜丘市を“子育て世代に優しい市ナンバーワン”にしてみせる」
「ははっ、出た出た。負けず嫌いのよっちゃん! うちのもどんどん真似してええで。その代わり、ええのんできたら真似させてもらうからな!」
「おじい様ー! “政治クイズ100問”って本見つけました! 勝負しましょう!」
「おー、負けず嫌い、しっかり引き継いどるなぁ! さすがよっちゃんの孫や!」
「ふふ……よし、私に勝ったら、立派な政治家だぞ」
気がつけば、朝に見た海が夕陽に染まっていた。
討論に夢中になって、時間の経つのも忘れていた。
今日の経験を、桜丘市に持ち帰ろう。
子どもとシニア世代が共に笑い合える取り組み――そんな未来を作れたら、
きっと、誰もがもう一度立ち上がれる町になる。
「今日はほんまありがとうな。桜丘市にも遊びに行くわ!」
「うむ、さぶちゃんも驚くような桜丘市にしておくさ」
「水谷市長、ぜひ来てください!」
笑い声が夕陽に溶ける。
秋の光に包まれながら、三人の影がゆっくりと伸びていく。
――未来は、ここから始まる。




