演出・あかり、主演・ママ
水瀬葵:あかりの母で女優。5話に登場。
仕事が多忙なためお迎えはマネージャーか祖母。感情的になる時があるが、あかりへの愛情は本物。
あかり:おままごとで鬼監督と呼ばれる女児。
脚本は大人顔負けで、演技指導も情熱的。女優ではなく、脚本家としてママを輝かせたい。
予想はしていたものの、ショックが隠せなかった。
私は水瀬葵。女優をやっている。つい最近まで“大女優”なんて呼ばれていた。
けれど、入れ替わりの早いこの業界では、その肩書きもあっという間に風化する。
今、自分の旬は過ぎ、世代交代が始まっているのだと、PC画面のネット記事が無言で告げていた。
「きれいだけど、演技はワンパターン。水瀬葵オワコン説!?」
勝手に“オワコン説”なんて言う記者には腹が立つ。
けれど、その言葉の棘は、確かに胸の奥に突き刺さっていた。
項垂れていると、隣のあかりが心配そうに見上げてくる。
ああ、かわいいあかり。私の大切な宝物に、そんな顔をさせてしまうなんて――女優失格だわ。
けれど、PC画面を覗きこんだあかりの表情が、みるみる怒りに変わった。
「なにこれ!?ママの演技がワンパターンなんて、まるで分かってない!」
「…あかり?あなた幼稚園児なのに文字が読めるの?」
「ひらがなとカタカナなら読めるけど、前後でだいたい分かる」
もうそんなに成長してるのか。最近の子どもの吸収力って、すごいわね。
「だいたい演技がワンパターンって言うけど、同じような役ばっかりママにオファーするからでしょ!
ママは悪くない。一度真凛先生とバトルしたママの迫真の演技を見てほしい!
あんなに感情を爆発させるママの表現を見抜けない演出家には、任せられない!」
あなた、あの時泣いてたのにそんなこと考えてたの!?
我が子ながら……恐ろしい子!
「でも安心して!保育園内で“おままごとの鬼才脚本家”って言われた私の出番だわ。
私の脚本でママを輝かせて、メディアをぎゃふんと言わせてやる!」
あかりの背後に、特撮の爆発が見えた気がした。
すごい気迫だわ。でも、大好きな我が子が私を“すごい”と思ってくれる――それだけで、私は無敵だわ。
数日後。リビングには段ボールが敷かれていて、そこにひらがなで「ぶたい」と書かれていた。
手作りの舞台の脇にはサングラスと長袖シャツをプロデューサー巻きしているあかり。
「さあ、まずはオーディションよ!今から渡す台本をママの解釈で演じてみて。読み込みは5分」
「わ、分かったわ」
差し出された紙には、色鉛筆で書かれた小さな台詞。
タイトルは『ままのひみつ』。
「……寂しい思いさせてるのは分かってる。でも……この仕事、好きなの。愛情をどう注げばいいか、もう分からないの……」
あれ?この台詞って… 葵は思わず台詞を止めて、あかりを見た。
小さな演出家は、腕を組んで満足げに頷いている。
「この子、私の出てる作品たくさん見てるからてっきり女優になりたいんだと思ってた。 あかり、ありがとう……寂しい思いをさせてごめんねぇ。ママ、世界で一番あかりが大好きよ……」
確か私が第5話で言っていた台詞…
あかり…恐ろしい子。『鬼才脚本家』じゃなくて、『鬼畜脚本家』だわ。
「ママ!あの時の感情と気迫を思い出すの。当時の言葉をなぞるだけでは私は一緒に泣けない」
…言ってくれるわね。でも、この時の言葉は本当の私。
今の私にとっても噓偽りない言葉だわ。
この言葉に一番感情を乗せられるのは…私よ!
その決心が起爆剤となり、私の目にはもう涙が出てきた。
「……寂しい思いさせてるのは分かってる。でも……この仕事、好きなの。愛情をどう注げばいいか、もう分からないの……」
あかりのまなざしも変わったが私は演じている自分に集中していた。
「この子、私の出てる作品たくさん見てるからてっきり女優になりたいんだと思ってた。 あかり、ありがとう……寂しい思いをさせてごめんねぇ。ママ、世界で一番あかりが大好きよ……」
気が付けば無意識に目の前のあかりを抱きしめていた。
「さすが大女優・水瀬葵!過去の自分を演じるのが一番難しいのにママすごい!」
私は今まで、演じている“つもり”だったのかもしれない。
役を生きるって、こういうことだったのね。
セリフじゃない。息も、涙も、全部、私自身のものだ。
その瞬間、頭の中でパズルのピースが音を立ててはまった。
あの頃の私は、どんなに完璧に台詞を覚えても、心を置いてけぼりにしていたのだ。
でも今は違う。――母として生きる痛みも、愛も、全部ここにある。
“演技”じゃなく、“私”がようやく追いついた。
***
数週間後。
新作ドラマ『あなたが眠るまで』の撮影現場。
母親役としての私は、これまでとは違う息づかいでカメラの前に立っていた。
「カット!……葵さん、今の表情……すごい。あの“沈黙”で全部伝わりました」
監督の声に、スタッフたちがざわめいた。
何も言わず、ただ子を見つめる――その一瞬に、台詞以上の真実があったのだという。
「ありがとうございま……す」
涙がにじむ。
あかりが描いた段ボールの“ぶたい”が、頭の片隅で浮かんだ。
――あれが、私のリハーサルだったのだ。
撮影後、女性記者が声をかけてきた。
「水瀬さん、まるで憑依型のような演技でしたね。何か心境の変化が?」
私は少し笑って答えた。
「子どもと遊んでいたら、気づいたんです。母としての私が、女優としての私を育て直してくれたんだって」
***
そして放送初回。
世間の反応は驚くほど熱かった。
〈水瀬葵、覚醒。母親のリアルをここまで表現できる女優がいただろうか〉
〈“ワンパターン”と言っていた自分を殴りたい〉
そんな見出しが、今度はSNSを賑わせた。
あの日の“オワコン”の二文字が、まるで別人の話のようだった。
***
後日、作品のヒットを受けて開かれた記者会見。
ライトが眩しい。けれど、もう怯えなかった。
司会者の「娘さんのあかりちゃんも来ているそうですね」の声に、
客席から「ママ!」と手を振るあかりが見えた。
私は笑って、マイクを取る。
「この作品は、私の娘がきっかけで生まれました。
彼女が脚本を書いてくれた“段ボール舞台”が、私の原点になったんです」
会場にどよめきが広がる。
記者が思わず問う。
「娘さんが……脚本を?」
私はうなずいた。
「ええ。彼女はこう言いました。“当時の言葉をなぞるだけじゃ、私は一緒に泣けない”って。
その一言で、私は“生きる演技”を思い出しました」
さらにあかりは脚本にも本当に関わっていた。撮影に連れてくることになった時、あかりは私の演出について監督と本気で討論していた。
私は監督に軽く謝罪したが「いい娘さんだね。また呼んでよ。君の作品を今度は娘さんと作ってみたい」とまさかの好評だったのだ。
あかりが照れくさそうに笑う。
私は手を差し伸べ、舞台の上に呼び寄せる。
「この子が、私をもう一度“ママ”にも、“女優”にもしてくれました。私自身も悩みまくったママです。これを見てくれたママさんたちに寄り添える作品になれたらと思います」
フラッシュの光に照らされ、母と娘はしっかり手を握り合った。
――拍手の音が、まるでカーテンコールのように響いた。




