エピソード・オブ・立花玲央名-夜職の橋渡し-
玲央名
3話、4話にメインで登場。
れおの父でシングルファザー。
元心理カウンセラーからのホスト。常に柔らかな物腰と笑顔でれおも愛している。
れお
玲央名の息子。
幼稚園児だが父の影響か女性に優しくキザ。しかし本人はあくまで保育士真凜先生一筋らしい。
「私仕事経験がキャバクラだけで、これから昼職をやっていけるか心配なんです」
目の前の愛梨さんは将来の見えない不安を恐れている表情だ。
「でも、子どもがもうじき私の仕事を理解してしまう年頃なんです。
キャバクラのお仕事はやりがいあって好きですが、今踏み出さないと環境を変えるチャンスがないと思ったんです」
僕は愛梨さんの環境を変えたいという思いに背中をそっと押してあげたいと思った。
それもお子さんを思ってのためなら尚更だ。
「愛梨さん。ここに相談に来たことはあなたが既に挑戦した証です。
お子様もママを誇りに思っているはずです。
では就職サポート、ぜひ受けてみてください。
――誠司さん、お願いできますか?」
そして僕の近くから出てきたのはりくくんのパパである角谷誠司さんだ。
「キャリアコンサルタントの角谷誠司です。
まずは、キャバクラの仕事経験から愛梨さんの強みを一緒に掘り下げていきましょう。普段のお仕事の接客は営業、販売、美容のお仕事などにも活かされる貴重な経験なんですよ」
愛梨さんは一瞬驚いたが安心して笑顔が浮かぶ。
「キャバクラの経験、無駄じゃなかったんですね…玲央名さん、誠司さん、本当にありがとうございます」
愛梨さんは目に、安堵の涙を滲ませた。
誠司さんがこのカフェの就職サポートを担ってくれたことを、僕は心からありがたく思った。
水商売も立派な仕事の一つだ。
でも「続けるかやめるか」だけでなく、選択肢を広げて新しい挑戦を後押しできるのなら、それもまた支えになる。
愛梨さんをお見送りした後。
「誠司さん、今回もありがとうございました。愛梨さん、転職はいかがでしょうか?」
「ええ。キャバクラで“お客様の仕事の話を聞くのが好き”と言っていましたし、
コミュニケーション力は申し分ありません。
同業のキャリアアドバイザーを勧めました。
資格やビジネスマナーの学習も紹介しましたし、相手の立場に寄り添える彼女は向いてるものだと思います」
「何から何まで……ありがとうございます。
この場所がひと息つくだけでなく未来への挑戦に背中を押せるのは誠司さんのおかげです」
――挑戦しようとする人の背中を押せる。
僕は同業仲間の未来の後押しができることが嬉しかった。
「それを言うなら僕の方です。
あの時ぶつかり合った時は、パパ友でありビジネスパートナーになれるとは思いもしませんでしたが」
お互いに笑いあった。
「そうでしたね。でも誠司さんがあの時僕に直接向き合ってくれなかったらこうはならなかったと思います。誠司さんが踏み込んでくれたおかげですね」
ホストの時他のパパからは影で悪く言われるだけで人間関係は構築できなかった。でも誠司さんは面と向かって関わってくれたおかげで僕に初めてのパパ友ができた。
「でも……正直驚きましたよ。
水商売の経験が、今不足しているコミュニケーション人材の宝庫だなんて。今時の人は電話も避けがちになる人もいるので」
僕も驚いた。自分たちの接客は社会にも求められているスキルにもなりうること。
これも誠司さんから教えてもらえて分かったことだ。
「そう言ってもらえて嬉しいです。水商売は自分を商品にしながらお客様に癒しを提供しています。お客様に“価値ある時間”を感じてもらうために、結果を出す人はみんな勉強もしています。ただ、その努力の奥底までは、なかなか認めてもらえませんね」
言葉にしているうちに、胸の奥がちくりと疼いた。
思い浮かんだのは、かつて同じ夜の世界を駆け抜けた後輩――凪の顔だった。
***
「玲央名さん!俺も玲央名さんみたいにパパになるんです。昼職、頑張って探してるんですが……」
あれは、僕が夜間託児とフリースペースを始めたばかりのころだった。
凪は面接帰りに立ち寄ってくれた。
しかしその時の表情は険しいものだった。
「……やっぱり、駄目でした」
面接官に言われた言葉は容赦なかった。
「ホストなんて真面目な仕事じゃないでしょ。お客さんだって、どうせ心の弱ってる人なんだろ」
聞いている僕でも落ち込みそうだ。
凪はもっと辛かっただろうな。
「俺が言われるのは、仕方ないです。でも……お客様まで否定されるのは、辛いです。あの人たちは毎日必死に生きてるから、ほんのひとときの安らぎを求めて来てくれるのに」
僕は息をのんだ。
自分が浴びた否定からではなく、お客様が傷つけられることを悲しむ――そんな若者がここにいる。
彼はすごい。同時に社会はなんてもったいない事をとも思った。
「凪、大丈夫だ。僕は君のその気持ちに心を動かされた。きっと必要としてくれる場所はある。君の良さは、ちゃんと届く」
凪の目から、涙があふれた。
「玲央名さん……ありがとうございます。俺、もっと子どもと妻のためにも頑張ってみます」
凪を心から応援したい気持ちは本物だ。
しかし、僕には言葉をかける事しかできず無力感が残った。
その日の夜、家で僕が考え事をしているとれおが僕の顔を心配して覗き込む。
「パパ、どうしたの?悩みごとか?」
れお…僕の宝物だ。あんなに小さかったのに僕を心配してくれる優しい子になった。
子どものために頑張りたいて凪の気持ちが僕にも痛いほどわかる。
「れお、ありがとう。パパはちょっと考え事してたんだ」
「まさか恋の悩みか?俺は真凜先生とお付き合いできてないから、相談するならりくのパパだな!」
思わず吹き出してしまった。
さすが小さなホストと言われるれおだな。
「ありがとう、れお。でもパパはママ一筋だから恋ではないよ。りくくんパパ…そうだ、誠司さん!」
閃いて思わずれおの小さな体を抱きしめた。
「れお、ありがとう!パパはれおが大好きだ」
れおははにかみながらも
「俺もパパが好き!」と抱きしめ返してくれた。
後日、誠司さんとお茶をした。
「……実はご相談があるんです」
言葉を選ぶ自分に気づく。人に弱音を吐くなんて、いつ以来だろう。
「僕の後輩が昼職に挑戦しているんです。ただ……僕に協力すると言っても、所詮は同業で。社会が本当に求めているものなんて、僕には分からなくて」
誠司さんは真剣に聞き、そして静かに微笑んだ。
「玲央名さん。やっと僕に相談してくれましたね。聞き上手すぎるからいつも僕が聞いてもらってばかりでした」
そして強い眼差しで言葉を続けた。
「その気づきを持てる時点で、あなたは立派な橋渡しです。人材の価値を見抜けない企業が損をしているだけ。そこは私の得意分野です。社会に伝えるのは、私の役目です」
――きっと分かってくれる人がいる。
誠司さんがそう言うなら、信じられる。胸の奥が熱くなった。
「それにこれからは言葉も選ばず遠慮なく話してください。僕はあなたの患者でもお客様でもない。パパ友なんですから」
僕は思わずはにかんでしまった。
「そうですよね、大人になってから友達ってどう関わればいいか正直分かりませんでした。初めてのパパ友が誠司さんで本当良かった」
「…玲央名さんが人気ホストだったのがよく分かりましたよ。これは女性は落ちますね」
最後はよく分からなかったけど、褒めてくれたんだろうか?
この他愛ない時間がきっかけで僕たちの未来も変わった。
***
物思いに耽けていた時。
カフェにひとりの青年が、小さな女の子を連れてやってきた。
「玲央名さん、誠司さん!」
笑顔の凪だった。
「おかげさまで教育関係の営業職に就けました。子どもを支えられるものだから、幸せで仕方ないです」
横にいた女の子――未来ちゃんが無邪気に手を振る。
れおとりくが駆け寄り、一緒に遊びはじめた。
「きゃはは!」
未来がりくに抱きつくと、れおがニヤリと笑う。
「りく、お前も中々隅に置けないなあ」
「な、たまたまだよ!
れおじゃないんだから」
さらに別の女の子が近づいてきて、
「れおくん、私をお嫁さんにして!」
「ごめんな、お姫様。俺には真凛っていう、心に決めた女性が」
「まだ言ってるのか!? もうすぐ小学生になるのに!」
子どもたちの笑い声が響き、カフェは柔らかな空気に包まれた。
僕と誠司さんは、その光景を静かに見守る。
「……人はこうして、また誰かとつながっていくんですね」
誠司さんの言葉に、僕は深く頷いた。
「そうですね。さあ、次の人を待たせてはいられない」
支えられたからこそ、今度は誰かを支えられる。
新たな一歩を踏み出す人の背中を押していくために。
角谷誠司
りくパパ。3話に登場。
人材系の営業を勤めていた。玲央名とは3話で妻の誤解でぶつかったが後に和解し相談し合うパパ同士に。
りく
誠司の息子。
ママが取られるとれおを責めて喧嘩したが後に和解。今ではれおのツッコミ役に。




