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子どもたちの未来に、票を。―若き議員の保育改革記−  作者: 小田原 純


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第12話 スマイルシード、花ひらく

「皆様こんにちは、増子大我です。最近子育て支援事業としてNPO法人スマイルシードを立ち上げました。活動の一つ目は子育て支援に力を入れている自治体の訪問です。今日は子育て支援の先進都市・明光市に来ております!」


配信カメラに向けて挨拶したその瞬間、奥から大きな声が飛んできた。

「増子さん!ようこそ明光市へ!」


水谷市長がスーツ姿のまま小走りで駆け寄ってきた。額にはうっすら汗をにじませ、笑顔が弾けている。

「いやぁ、あの議会と選挙の放送!全部見てましたよ!胸が熱うなりましたわ!これはぜひうちに招きたいと思ってたんです!」


いきなりがっしりと両手を握られる。まるで旧友に再会したかのような熱量に、こちらの頬まで自然とゆるんでしまう。

「ありがとうございます…!そう言っていただけると、本当に報われます」


「報われるどころか、これからやないですか!」

水谷市長は拳を軽く突き上げた。

「うちは“子どもは宝”や! 明光市のやってきたこと、全国でどんどん真似してほしい! 競争やなくて、ええ取り組みは広めてナンボやと思ってます!」


その声は近くで遊んでいた子どもたちにまで届いたのか、振り向いた子がにこっと笑った。市長はすかさず手を振り返し、まるで芸能人のように自然に輪へと溶け込んでいく。

「今日はぜひ遊び場を一緒に回りましょう。子どもたちの笑顔こそ、施策の成果ですからな!」


俺の知っている堅物の榊原市長とはまるで正反対だ。この熱血さは眩しいほどまっすぐで、人を動かす力がある。


市が整備した大型の屋内遊び場。

カメラを回しながら歩くと、ボルダリングの壁に挑む子ども、クッションプールで跳ね回る子ども、絵本コーナーで親に読み聞かせをしてもらう子ども……笑い声と歓声が絶えない。


「ここが無料で、しかも冷暖房完備なんですよね?」

「そうです!天候に左右されず、安心して遊べる。親御さんも利用しやすいようにカフェスペースや授乳室も整えました」

水谷市長の説明を受けながら、俺は早速親御さんにインタビューを振った。


「実際に利用してみて、いかがですか?」

「本当に助かっています。雨の日でも子どもを思いっきり遊ばせられるので、家でイライラせずに済むんです」

「私たち夫婦は転勤で来たんですけど、明光市に来てから子育てが楽になったと実感しています。医療費も高校生まで無料なので安心です」

「私は二人目の子育てで悩んでいたとき、24時間365日の相談ダイヤルに救われました。『こんなこと話していいのかな』と思いながら電話したんですが、親身に聞いてくれて涙が止まらなくなって……」


親御さんたちの言葉はどれも実感がこもっていて、視聴者の画面越しにもしっかり響くだろうと思えた。

市が施策を打ち出すだけでなく、それが「生活の安心」につながっている。そこが大切なんだ。


カメラを意識しながら水谷市長に振る。

「市長、ここまで徹底できる秘訣は何でしょうか?」

「簡単なことですわ!」市長は胸を張った。

「子どもに投資するのが一番の未来投資やからです!道路や箱物も必要やけど、まずは人づくりや! ここにお金を惜しんだらあかんのです!」


その力強い声に、横で遊んでいた子どもたちが「いぇーい!」と叫び返し、場の空気がさらに明るくなる。


「市長、本日は貴重なお話ありがとうございました。明光市の取り組み、ぜひ全国に広めて子どもたちの笑顔を増やしていきたいです」

「こちらこそありがとうございます。増子さんの配信で一人でも多くの人に届いたら、それだけで明光市の使命は果たせたと思いますわ!」


カメラを止めた瞬間、俺は深く息を吸い込んだ。

俺のまいた種が、ここで花を咲かせている。そう実感できた時間だった。


配信を終えて機材を片づけていると、水谷市長が少し声を落として話しかけてきた。


「そうそう、榊原市長からも連絡がありましてな。昔からの友人なんですが……あの人も最近、だいぶ柔らかい表情を見せるようになったんですよ」


「榊原市長が……ですか?」

俺は思わず目を丸くした。いつもきっちりとした堅物のイメージしかなかったからだ。


「ええ。それもお孫さんが大きな影響を与えているらしい。『なおと』君といったかな? 子どもの意見をよく聞いて、施策に取り入れるようになったそうですわ。今度、彼と一緒に明光市にも視察に来てくれる予定なんですよ」


思わず胸が熱くなった。なおとくんが――あの小さな子どもが、自分の町を、そして大人を動かしている。

俺の活動が種になり、別の場所で芽吹いていることを実感して、こみ上げてくるものがあった。


「……ありがとうございます、水谷市長。俺も、もっと頑張らなきゃって思えました」


市長は豪快に笑いながら俺の肩を叩いた。

「増子さん、あなたの活動は確かに人を動かしている。これからも全国に“種”をまき続けてくださいな」

水谷市長、ありがとうございます。俺、一番最初にここに来られてよかったです。


とても有意義な取材から事務所に戻ると、笑顔で女性たちと別れの挨拶を交わす母の姿。

女性たちはほっとした顔をしているし、その中には若い男性の姿もあった。


明光市での取材を終え、胸を張って事務所に戻ると、ちょうど玄関先で母が数人の保育士たちと笑顔で別れているところだった。若い男性保育士と、落ち着いた雰囲気のベテランの姿も混じっている。

 母と目が合うと、彼女は「やりきった」というような顔で小さく手を振った。


「そっちはどうだった?」

「大成功。市長さんも熱かったよ。母さんは?」

「保育士さんたちとね、色々話せたわよ。女性の先生からはね、自分の子育ても“完璧にできて当然”って思われるプレッシャーがあるって。私は逆にあんたに寂しい思いさせちゃったから、『うまくやらなくちゃ』なんて考えなかったけど、その気持ちはよく分かるわ」


 母は少し照れながら笑い、続けて話した。

「男性保育士さんたちもね、まだ偏見があるって。でも子どもと遊ぶ姿に助けられる場面も多いそうよ。逆に親御さんから“人気が出すぎたとき”のかわし方まで相談しててね。真剣なんだけど面白かったわ」


「なるほどな。だからみんな、晴れやかな顔で帰ってったんだ」

 大我はうなずき、心の中で「窓口を母に任せて正解だった」と思った。


 母はふと思い出したように付け足す。

「そうそう、最近はたつきくんのお母さんも手伝いに来てくれてるのよ。実は彼女の今働いてる保育所が私がいた保育所みたいでね」

「え、そうなの?」

「それでね……“寝かしつけの神”だったって言われてたらしいの。なかなか寝ない子でも一発で寝かしつけちゃう“ゴッドハンド”って」

 母は笑いながら肩をすくめる。


「……何その伝説。初めて聞いた。」

「そうそう。”是非そのゴッドハンドを伝授してください!”って土下座されちゃって」

うちの母ってレジェンド保育士だったのか…。

あ、もしかして保育士技のコンテンツ動画なんてのも反響あるかも。

「あのさ、お母さん。そのゴッドハンド技、配信してみない?」

「やめて!そんなの全国に広まったら恥ずかしいじゃない」

二人は顔を見合わせて吹き出し、自然と笑みがこぼれた。


「そういえば何通かお手紙届いていたわ。机の上に置いているから確認してちょうだい」

「手紙…ありがとう!確認してみるよ」

5通の封筒には懐かしい名前が書かれていた。

とても楽しみだ。嬉しいな。


1通目は玲央名さんとれおくんだ。

「大我さん、お元気ですか?


僕はホストを辞めて、“託児所付きの職業訓練スペース”を開きました。夜は夜職の人が安心して働ける“夜間託児”として動かしています。


土日にはれおが小さい子の相手をしてくれて、本当に助かっています。


りくくんパパも独立してこちらを手伝ってくれることになりました。


大我さんがつないでくれたご縁に感謝しています。」


――玲央名


「たいが先生へ。


まりん先生が見合いを断ったって園長先生と話していたぞ。


“おおきい人じゃないと結婚できない”って言ってたから、たいが先生残念だったな!」


――れお


同封されていたのは、カフェの前でれお親子とりく親子が仲良く笑っている写真。


……俺、振られたの確定なのか?

いや、待てよ。“おおきい人”って、真凛先生なら「器の大きい人」って意味かもしれない。


2通目は水瀬葵さんとあかりちゃんだ。


「お元気ですか?あかりってばあの時の口論をメインのシーンの一つにして台本書きたいって言ってたの。あの時は泣いていたのに、それを再現するなんてさすがだわ。天才よね。あまりにもよくできていたから脚本家さんに見せたら、映画にしようとなって。今撮影中だから、有名になってしっかり宣伝してね。」

――葵さん


「ママの爆発するような感情表現を活かす脚本が作れるのは私だけよ。たいが先生完成したら絶対見に来てね。」

――あかり


写真には監督席に座るあかりちゃんとその後ろに笑顔で水瀬葵さんが立っている。

ママを輝かせる脚本家…夢の一歩だなあかりちゃん。


3通目はなおとくんとなおとくんのお母さんだ。

「大我さんへ。


父がなおとを連れて明光市に行くみたいです。あれから子どもたちに遊びに誘ってもらえることが増えて、すっかり“じいじ市長”なんですよ。


父も楽しそうで、私もほっとしています。」

――なおとの母


同封されていたのは、なおとくんと地域の子どもたちに両手を引っ張られ、困ったような笑顔を浮かべる榊原市長の写真。

「笑ってる顔…初めて見たかも。でも、すごくいい写真だな。」


さらに小さな封筒には、なおと直筆の手紙が。


「たいが先生へ。

ぼくは新藤党首みたいになりたいので、いま法律をべんきょうしています。

おとなになったらネクスト日本党に入るので、新藤党首へのコネクションおねがいします。」


読んだ瞬間、思わず吹き出した。

まさか園児から「党首とのコネを頼む」なんて言葉が飛んでくるとは。


でも――なおとくんなら本当にやりかねない。

将来、政界を引っ張るエースになっているかもしれない。


4通目は真凛先生と安西園長だ。


1枚目の写真には、真凛先生と安西園長、そして見覚えのない女性が。

黒髪ボブの落ち着いた雰囲気――きっと復職した先生だ。

……その横で真凛先生に怒られてるこのおじさん、もしかして――議会で野次を飛ばしていた与党議員じゃないか!?


手紙を開くと説明があった。


「同期の先生が復職したんだ。こちらでももちろんサポートはするけど、大我先生のお母さんの交流会にもつないでくれると助かる。吐き出す場所は多いほうがいいからな。あと、例の野次議員は私がみっちりしごいてやる。安心してくれ。」

――真凛先生


「こちらは心強い味方と、思わぬ助っ人が入って助かってます。どうやら身内にうちの園の関係者がいたらしく、“しっかりしごいてください”とのことでした。世間は狭いわね。またいつでも遊びにいらしてくださいね。」

――安西園長


……まさかこんなスカッと展開が向こうで起きてるとは。

ひょっとして“じいじ嫌い”って言われた口だったり?

まあ、保育園の人手不足も少し安心できそうでよかった。


5通目は新藤党首だ。


「うわぁ、かわいい…」

思わず声が漏れてしまった写真は産院のベッド脇で、奥さんが赤ちゃんを抱いて微笑む。その隣で新藤党首が「育休宣言!」と書かれたホワイトボードを掲げて笑顔。

赤ちゃん、本当にかわいいな。


「大我へ。

ついに父親になりました。泣き声ひとつで世界が変わるとは思いませんでしたよ。

私は党首としてではなく“ひとりの親”として、まずは育休を取ることにしました。

“政治家だって、堂々と育休を取っていい”という前例を作りたいのです。


君が現場で積み重ねてくれた声を、私は国会で受け止めていく。

違う場所に立っていても、目指す先は同じです。」


新藤党首…。俺のこの道に進むきっかけになった人。

あなたのあの提案がなければ今の俺はいない。

その恩返しとして俺は自分にできることで尊い子どもの生きる環境をよりよくしていくんだ。


大我は机の上に広げられた手紙や写真を、ひとつひとつ丁寧に見返した。

どれも、まるで自分がまいた種が花を咲かせているようだった。


「俺がまいた種が、こんなにも広がっている…」

思わずつぶやき、胸がじんわり熱くなる。


深呼吸して拳を握りしめる。

「今できることは、種をまき続けることだ。子どもたちの笑顔のために、できる限りのことを――」


夕陽が街を金色に染め、事務所に温かい光が差し込む。スマホの配信準備も整った。


「よし、次の一歩だ!」

立ち上がった大我はカメラの前に向かい、画面の向こうにいる“まだ見ぬ子育て世代”や“支援を待つ人々”に向けて笑顔で呼びかけた。


「みなさん、こんにちは。大我です。今日はスマイルシードの次の一歩をお届けします!」


その声に、遠く離れた場所で新しい笑顔が生まれているのを、彼はきっと感じている。

どこかで誰かが、小さな一歩を踏み出す勇気を持つ。

大我のまいた種は、まだ見ぬ未来でも、確かに花を咲かせ続ける――笑顔と希望の花を。

大我の物語は、ここで一旦区切りです。

読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。


物語の中で彼がまいた「種」は、少しずつ、確かに花を咲かせていきました。

でも、この世界はまだまだ続きます。これからは、登場キャラクターたちそれぞれのアフターストーリーをお届けしていきます。


どうぞ、次のページでも笑顔と成長の瞬間に出会ってください。

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