第11話 スマイルシード、芽吹く日
怒涛の選挙戦から数か月が経った。
新しい拠点は机と椅子だけのシンプルな部屋だが、壁に貼られた子どもたちからの絵や手紙が、この空間を色鮮やかに変えている。
入口には、小さな木製の看板が掲げられていた。
温かみのある文字で――
『NPO法人 スマイルシード』
雲一つないすがすがしい空が、俺の新たなスタートを後押ししてくれているように感じた。
「よし!ここからだ!」
深呼吸して気合を入れる。
この『スマイルシード』という名前は、保育園の子どもたちと先生たちと一緒に考えた大切なものだ。
――落選直後、結果報告とお礼のため、再び保育園を訪れた日のことを思い出す。
「おい、外部の人は来ないでくれる…なんてな!待ってたよ、たいが先生!」
真凛先生が冗談まじりに迎えてくれ、安西先生も笑顔を見せてくれた。
さらに子どもたちもわらわらと集まってくる。
「なんだか来てくれたのが、つい最近のことみたいだわ。今はどうしてるの?」
「たいが先生、真凛先生に告白するまではいいけど、ニートとか安定してない職業ならダメだぞ!」
「演説で前に出たから慣れたでしょう?新しい台本『家政婦は見た』の当て馬役にスカウトするわ!」
「まあ前回の選挙の与党は元々組織が大きいですから、数年後にはネクスト日本党もじわじわと議席を取れますよ」
懐かしい掛け合いに、ツッコミを入れるのも忘れてジーンとしてしまった。
ここはすっかり俺にとって安心できる場所になっていた。
「みんな、本当にありがとう。選挙後のメッセージとビデオレター、あれがあったからまた立ち上がる勇気が出たんだ」
俺は胸の内を打ち明けた。
「……それで、NPO法人を立ち上げることにしました。母にも知恵を借りながらですが、子どもや保育を支える活動をしていこうと思っています」
安西先生がぱっと目を輝かせ、拍手した。
「素敵だわ!私たちにもできることがあれば是非協力させて」
真凛先生も優しくうなずき、こう言ってくれた。
「大我先生ならできますよ。だって一度、立ち上がった人じゃないですか」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。
「ありがとうございます!ただ……活動の方向性は考えているんですが、名前が思いつかなくて」
そこで、なおとが前のめりになって声を上げた。
「それなら、僕たちも一緒に考えます!だって僕たちを助けてくれるものだから」
ちょっと照れながら言う彼に、俺は思わず笑顔になる。
「うん、それすごくいい!みんなで作り上げる団体にしたい。よろしく頼む!」
「映画みたいに未来がキラキラする名前がいい! あかり!」
「かわいい花たちへ! ただ俺が心に決めた女性は真凛先生だけどな」
「お前のキャラ、安定してきたな…」
わいわいと盛り上がる子どもたち。
そんな中、なおとがつぶやいた。
「でも……笑顔って大事だよね」
おお、さすがだな、と俺は心の中で感心する。
すると誰かが言った。
「種をまくと笑顔の花が咲くんじゃない?」
「いいね!」園児たちが一斉に笑顔で手を広げ、まるで“スマイルポーズ”を決める。
「じゃあ……スマイルシードだ!」
多数決を取ると、先生も子どもたちも、全員がその名前に手を挙げた。
こうして決まった名前を、俺は胸に深く刻み込んだのだ。
――現在。
看板の「スマイルシード」を見つめながら、俺はあの日の光景を思い返す。
子どもたちがまいてくれた種。俺が育てていく番だ。
机の上には動画撮影用の簡易カメラとマイク。SNS発信用の準備は整っている。
「政治家じゃなくてもできることがある。ここからだ」
外に出て、スマホを構えた。
「みんな、こんにちは!大我です。今日はスマイルシードの最初の一歩を配信します」
配信ボタンを押す。
画面の向こうで、最初のコメントが一つ、また一つ流れ始めた。
「応援してます!」「待ってました!」
まだ見ぬ子育て世代、支援を待つ人々――その声が、今、確かに届いた。
物語は新たなステージへ進む。
次のお話で大我の物語は完結です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




