第10話 未来を守る一歩――園児たちが教えてくれたこと
「子育て世代は自己責任だろう」
その一言は、深夜のSNSに火をつける導火線だった。
「じゃあ保育園も給付金もナシで生きろってこと?」
「時代錯誤すぎる。現場を知らないでしょ?」
コメントは怒りと嘲笑で溢れ、トレンドは瞬く間にその話題一色になった。
翌朝、ワイドショーでは街頭インタビューが映る。
「こんな人に政治を任せられない」
若い親たちの声が、繰り返し画面に流れた。
与党は必死で火消しに走る。
「少子化対策はやっている」
「誤解を招いた発言だ」
しかし、釈明するほど逆効果。
党内でも保守派と改革派が対立し、ついに首相が緊急会見を開いた。
「国民に信を問う時と判断しました。解散総選挙を行います」
テレビ越しにその言葉が流れた瞬間、議場も街もざわめいた。
その夜、俺のスマホが震えた。
画面に浮かぶ名前を見て、息をのむ――進藤党首。
「……はい、増子です」
落ち着いた声が、深く響いた。
「君の発言が議会を動かした」
短いが重みのある言葉だった。
「次は選挙だ。子育て世代の声を、国全体に届けよう。君を待っている人がいる」
胸の奥が熱くなる。
あの園児たちの顔が浮かんだ。
泣きながらも笑って「ありがとう」と手を伸ばしてくれた小さな手。
その声を、今度はもっと大きな場所に届けなければ。
孤独な議場での戦いは終わった。
次は、国全体を相手に戦う番だ。
街頭演説が始まる。
かつての園児たちや子育て世代の保護者が集まっていた。
「たいが先生、がんばれー!」
小さな声援に、胸が熱くなる。
俺はマイクを握り直した。
「今、子育て世代は孤独で、不安で、疲れ切っています!
私はその声を、議会に届けたいんです!」
その直後、与党候補が壇上に立つ。
「経験と実績は我々にあります!
安定した政権運営こそ、未来を守るのです!」
「経験と実績」の連呼に、保護者たちは眉をひそめる。
「また昔みたいに、私たちの声は無視されるのかしら……」
母親の小さなつぶやきが、会場に響いた。
そのとき、小学生が手を挙げて言った。
「ねえ……どうしてパパとママは、頑張ってるのにまだ大変なの?」
会場が一瞬、静まり返る。
前列の園児たちは小さな拳を振り上げた。
「そうだよ! よく言った!」
「あたしもそう思う!」
ざわめきと笑いと涙が混ざり、空気が変わる。
俺はマイクを握る手に力を込めた。
「子どもの疑問に答えられない政治は間違っています!
私は子どもたちの未来を守るため、この選挙を戦います!」
割れるような拍手が会場を包み、スマホでその映像は瞬く間に拡散された。
《子どもの一言が政治を動かすかもしれない》
だが、炎上はすぐにやってきた。
過去の俺の発言が切り抜かれ、SNSで次々と拡散される。
「少子化の原因は陰キャの増加。俺みたいな(笑)」
「一夫多妻で貢献したいっす! 非モテだけど(泣)」
「保育士資格?通信で取りました!代打いつでもOKッス!」
さらに、ネクスト日本党の「裏金疑惑」をでっち上げた記事まで出回った。
支持率は急落。保護者たちもスマホを見つめ、眉をひそめる。
幸か不幸か、選挙特番の出演依頼が届いた。
スタジオのライトに照らされ、カメラがこちらを捉える。
深呼吸して、俺は静かに、しかし力強く語り始めた。
「昔の自分は、正直……痛々しかった。見てる方が心配になるレベルです」
「でも、その痛さが、保育園で子どもたちと出会えた理由でもあります。
今は子どもたちのために全力で頑張りたい。
人は変われることも、私の姿を通して知ってほしい」
その言葉はリアルタイムでSNSに拡散された。
園児たちは画面越しに、自分たちの応援が届いたことに目を輝かせた。
保護者たちも胸を撫で下ろす。
《政治家は変われる。大我議員の成長に共感》
《失敗を乗り越えた姿に、子育て世代から励ましの声》
翌日、全国紙も報じる。
《街頭演説で子どもの素朴な疑問が会場を揺さぶり、政治家は変わることができると示された》
街頭やスマホ画面の人々の表情が明るくなり、支持率は少しずつ回復。
園児たちも母親たちも笑顔で手を振る。
俺は、自分の言葉以上に「子どもの声」が社会を動かす力になることを胸に刻んだ。
選挙結果は、子育て世代の期待票は伸びたものの、全国規模では与党の壁が厚く、惜しくも数千票差で敗北。
静かな事務所で膝を抱える俺。
「声を届けきれなかった……」
だがスマホに届くメッセージやビデオレターが、少しずつ胸を温める。
《たいが先生、ありがとう!》
《また一緒に頑張ろう!》
《先生のおかげでパパとママが元気になったよ!》
画面の中で園児たちは笑顔で手を振った。
「先生のおかげでパパとママが元気になったよ」
「次は一緒に遊ぼうね!」
その時、スマホが震える。
進藤党首からだった。
「大我、よくやった。結果はどうであれ、君が子どもたちや保護者の声を届けたことは事実だ。
党としての力不足で、君が必要以上に責任を感じることはない。
君の体験と成長は、僕や党に大きな影響を与えた。本当にありがとう」
胸に熱いものがこみ上げる。
「……ありがとうございます。俺、まだできることがある……」
母からも通知が届く。
『選挙お疲れさま』
震える指で電話をかける。
「母さん……政治家としては負けたけど、人として子どもたちを守りたいんだ。
これから始めたいことがある……一緒にやってくれない?」
静かな沈黙のあと、母の声が笑った。
「もちろんよ。あなたの活動を見て、私も育児にもっと関わりたいと思ったところよ」
政治家ではなく、育児支援活動家として、子どもたちと保護者、社会をつなぐ道――。
「よし、行こう。俺たちにできることを、全力で」
膝の上のスマホ画面には、園児たちの笑顔と励ましのメッセージが輝いていた。
拳を握りしめ、大我は新たな一歩を踏み出した。




