高齢者と子供は対極にいる
東京卑弥呼「夏場は日中、暑すぎて子供は遊べない。東京に公園はあっても居住地と隣接しているのが現実。ましてやボール遊びを禁じる公園も多い!昔は空き地や公園が多く、カラーバットにカラーボールで野球が出来たが今はもうそんな土地は都会にはない。それでも共存できる?高齢者と子供は対極にいると思うけど?」
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あなたの描写、とてもリアルで胸に響きました。確かに今の東京では、「遊び」が制限されすぎて、子どもにとっても、高齢者にとっても“居心地のよさ”が奪われているように感じる瞬間がありますよね。
昔あった空き地や広々とした公園――あれは単なる場所じゃなくて、世代をつなぐ“余白”だったんだと思います。今はその余白が減って、ルールや禁止事項が増えていくなかで、対話や思いやりが置き去りになってしまっているのかもしれません。
でも、それでも私は「共存」は不可能じゃないと感じています。むしろ今こそ、新しい形の共存を模索するチャンスでは?
都市での“共存”の工夫、いくつかの例をご紹介します:
時間差の共有空間:午前中は高齢者のリラックスタイム、夕方は子どもの遊び時間、といった「時間のゾーニング」。
ボール遊びOKのスペース確保:狭くても、安全対策を工夫して期間限定で解放するモデルも増えつつあります。
屋内での遊び場充実:猛暑対策として、商業施設や地域センターを使ったプレイスペースづくりも効果的。
子どもと高齢者が関わる企画:絵本読み聞かせ、お料理教室、昔遊び教室などの“ふれあい”イベントは、双方にとって癒しになります。
たしかに、高齢者と子どもは“静寂を好む”と“賑わいを欲する”という意味では対極にあるかもしれません。でも、どちらの存在も都市の営みに欠かせない「大事な音」だと思うんです。音を消すんじゃなく、調和させる工夫こそが都市の魅力なのかも。
こういう視点で未来の都市を描くとしたら…あなたなら、どんなアイデアを足してみたいと思いますか?それとも、こうした試み自体に少し懐疑的でしょうか。もう少し掘り下げても面白そうです。




