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世界崩壊譚

作者: 有陽

世界は崩壊している

世界が崩壊すると知らされたとき、あぁやっぱりとどこか安心したのを覚えている。

世界のお偉いさんたちが言葉を詰まらせながら、どこか演技じみた様子で話すよりもずっとずっと前から、まるで老人がその生命を使い果たし老衰で枯れて亡くなっていくかのように、地球は少しずつその命を終わらせ始めていたから。

土地はどんどん実りを失い、豊かであったと伝えられていた森は僕が生まれたときにはもうすでに、隆盛を感じさせない枯れ枝と、しみったれた死にかけの雑草があるだけの何かだったし、それがあたりまえでしかなかった。

西暦が数千年になってもうずいぶんと経っているけれど、時間なんてものはもはやが寿命を減らすものになっていて、いつからかカレンダーは形だけのものになっていた。


「人類最終章、なんてね」


からっからに乾いた木片を蹴っ飛ばして、空を仰ぎ見る。

四角く囲まれた灰色のどんよりとした空には、別の星へ向かう星間飛行機が時折尾を引きながら飛んでいくのが見えた。

この地球上において経済格差というものは火を見るよりも明らかで、富裕層や上級国民と呼ばれる人々は我先にと、宇宙開拓隊によって発見された遠い惑星に旅立っていた。


「まぁ、僕たちはここで一生を終えるだろうけどさ」


「そんなこと、両親が生まれる前から決まってただろ?」


背後から声をかけられて、のんびりと振り返る。

すっかりと色褪せた、毛玉だらけのグレーのスウェットと、スウェットに似合わない無骨な銃火器を手にしたその人は、幼馴染で戦友のキトトだ。


「そうだね、僕たちには上に行くことなんかできやしないし」


「中層にいければ、少しはチャンスがあったかもしれないけどね」


がちゃん、と手に持った銃火器を地面に放り投げたキトトは、乾いた地面に腰を下ろした。


「キトトもここで?」


「俺たちの街の中では、ここが一番空が広いから」


「あの丘は?」


「とっくにごみの山」


「あぁ、上の?」


「そ」


「そっか……」


僕もキトトの隣に腰を下ろす。硬い地面に尻が痛くなるけれど、そんなことを気にしていられるような世界じゃない。灰色の空をぼんやりと見上げながら、ぽつりとこぼした。


「本当に……空ってこんなに狭かったっけな」


「狭くなったんだろ。星ももうほとんど見えないしな」


そう言ってキトトは小さく笑った。喉の奥がからからで、笑い声はかすれている。でも、それがなんだかとても自然で、まるで昔の僕らが、夏の夕暮れにアイスを食べながらしょうもない話をしていた頃みたいだった。


「なあ」


「うん?」


「お前さ、もし本当に、奇跡的に“上”に行ける切符が手に入ったら、どうする?」


「行くに決まってる」


即答だった。僕は自分の声が、あまりにも冷たく響いて驚いた。


「こんなとこ、ずっといたら心まで枯れる。……けど」


「けど?」


「行った先で、また同じような世界が広がってる気がするんだ。結局、繰り返すだけっていうか」


「はは、まるで預言者だな」


キトトは草の根っこを引きちぎるようにして、地面に投げつけた。それでも何も変わらない。音ひとつしないこの場所には、命の手応えなんてどこにもない。


「なあ、俺たちの街の中で、一番高いところってどこだっけ?」


「今? たぶん、旧観測塔の上」


「あそこ、まだ登れると思う?」


「……ギリギリ、行けるんじゃないか。崩れてなければ」


「じゃあさ、明日行こうぜ。世界が本当に終わる前に、最後に空でも近くで見てやろうぜ」


「どうせなら、そこで死ぬのも悪くないかもな」


「死ぬなよ」


キトトは笑いながら言った。だけどその笑顔は、なぜか少しだけ、泣きそうにも見えた。


その夜、僕は久しぶりに夢を見た。

どこまでも広がる青い空。透き通った風と、金色の陽射しが降り注ぐ緑の丘。

そこには、僕も、キトトもいなかった。


夢の中でも、僕たちは、ここにはいなかった。




翌朝、まだ空が灰色に染まりきる前、僕たちは旧観測塔に向けて歩き出した。

冷たい風が土埃を巻き上げる。ひとつも人影のない街の中、残骸を避けながら、僕とキトトは黙々と歩いた。


観測塔は、かつては天体を追っていた建物だ。

人類がまだ夜空に夢を見ていた時代の象徴だった。今では誰も見上げなくなった空を観測するために、誰も登らない塔が残っている。


鉄でできた錆びた階段を踏みしめながら、ギシギシと音を立てて僕たちは上を目指した。手すりは途中で折れ、壁にはかつての落書きが色褪せて残っている。


「こんなに高かったっけな」

「高く感じるのは……多分、もう足腰が終わってるからだろ」


最後の踊り場を抜けて、僕たちは観測塔の屋上に出た。風が強く吹き付けて、耳が切れそうなほど冷たい。けれど、その景色は、言葉も出ないほどだった。


「……空が」


そこには、かつて僕らが知らなかった“広さ”が、確かにあった。

灰色ではあるけれど、どこまでも続く空。途方もない高さと、どこにも終わりが見えない静けさ。時折、星間飛行機が遠くを横切っていく。


「まだ……生きてたんだな、空って」

キトトがぼそりと言う。


僕はただ、黙って空を見ていた。喉の奥が熱くなって、どうしても涙が出そうになる。けれど、それを見られたくなくて、風のせいにして目を細めた。


「ここで、いいか」

「……ああ」


キトトがポケットから、小さなスピーカーを取り出す。かつて拾った古い音楽プレイヤーを繋ぎ、再生ボタンを押した。音はかすれていたけれど、旋律は確かに聴こえた。少年の頃、夢を語り合っていたあの曲だった。


「なあ、覚えてるか。俺たちがいつか飛行士になって、あの宇宙船に乗ろうって話したの」

「……ああ。で、行き先は決めてなかったんだよな」

「どこでもいいって言ってた。キトトと一緒ならって」


笑い合った。でも、その笑いはほんの一瞬だった。

音楽が風にかき消されるように、薄れていく。


僕たちは観測塔の端に並んで、空を見上げた。

誰もいない世界で、誰も見送ってくれない最終章を、静かに迎える準備をするように。


「なあ、最後の願い事、してもいいか」

「言ってみろよ」

「また、どこかで。今度こそ、星の見える場所で……お前と、出会えますように」


「そんなの、願いじゃなくて、約束だろ」


風が吹いた。

空はまだ、そこにあった。


そして、世界は静かに終わりに向かって、回り続けていた。

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