STEP2 計画
「私って今通ってる看護学校でも人気があって色恋の噂が絶えないんだよね」
「自分で言わないでください」
「最近ね、私が年上のお姉さんとよく手を組みながら歩いてるって噂が広がってて、問い詰められるたびに『それは私じゃない、双子の妹』って言い訳してきたんだけど、そろそろ限界がきててさ」
「最低です」
「それで思ったんだ。嘘を本当にすれば、それは事実の先取りになる。だから双子の妹を作ろうって」
「……なるほど、そういう魂胆 ですか。最低です」
「前から私たちって背格好が近いって思ってたんだよね。蜜梨って、どのみち夏休み中はこっちにいるんでしょう? それまでのお願い。私を助けると思って」
何事もなかったような顔で体を起こす。
狂ったように日が差していたから、蜜梨はカーテンと窓から離れた位置に移動した。私は果敢にも窓に近付いていく。
「でも双子のフリをするって言ったって、具体的にどうするんですか」
「フリじゃないよ、本物の双子になるの。でもそこらへんは色々と計画があるからまかせて!」
窓に反射した蜜梨を見つめながら話を進めた。
「蜜梨が提案を受けてくれたら一緒に住もうと思ってるの。たしかここって叔父さんが借りてる部屋だから家賃とか光熱費とかは支払ってもらってるんだよね?」
「まぁ、はい」
正確に言うと、二人とも出身は隣の県なのだけど、私は看護学校の都合でこの街に住み、彼女は叔父さんの手伝いで東京から一時的に帰省している。
叔父さんがラーメン屋の経営者で、二号店を出店する計画があり、だからアルバイト代わりに、この街の出店調査を頼まれて、周辺のライバル店の経営状況や年齢層、街の治安などを探って定期的に報告しているらしい。
「私と一緒に住めば、もれなく食費と携帯料金がついてくるけど」
「……そ、そういうことなら。少し考えてあげてもいいですよ」
「ホント?」
「屈辱ですけど」
私は反転しカーテンから離れる。そして蜜梨の手を握った。肌が触れ合い、繋がる。
「私と蜜梨ならきっと双子になれるよ」
♢♢♢♢♢
蜜梨と別れたあと、引っ越しのための荷造りをしながら、彼女に電話をかけた。と同時に、私の音声ファイルを添付して送る。
「なんですか、これ」
「私の声で録音した双子姉妹のシチュエーションボイスだよ」
「納涼のための怪談ボイスかと思いました、寒気がしたので」
「納涼のわけがないんだけど……」
「だから『お風呂沸いたよ』とか『一緒に寝る?』とか聴こえるんですね」
「ほら、双子って声も似てるから、蜜梨に私の声を真似てもらおうと思って」
大前提として蜜梨は私より声が低い。前はもっと声が高かった気がするけど、今は低音が目立つ。なので相応のチューニングが必要だ。
「というわけで、これ聴いて練習しておいて」
蜜梨は感情のなさそうに「はい」と返事をした。
仕切り直して私は言う。
「じゃあ今から本格始動だね、後天的双子計画」
「もう名前までついてるんですか」
週末にすぐと引っ越しを敢行した。
夜に蜜梨の部屋へ到着すると、リビングの床を占領して、キャリーケースの荷解きを行った。お風呂上りの蜜梨は迷惑そうに部屋のすみに移動して、ぼんやりと私の方を眺めていた。
「伊咲の看護学校に通ってるとは聞いてましたけど、こんな短期間ですぐ引っ越せるなんて、先輩はどういう生活してたんですか」
「内緒」
「なんですか、教えてください」
「ほら、飛沫の多い女はモテるって言うし」
「……飛沫の多い女はモテないですよ。それを言うなら秘密です」
「ちょっとしか違わないのに」
「全然違います」
「実は家賃の未払いで前のアパートを追い出されちゃって、それから看護学校の友達の家とかビジネスホテルを転々としてるんだ」
蜜梨の呆れたような視線が、私を貫く。
「ところで、なんでこんなにいっぱい服があるんですか」
「仕事で必要なの」
「見たところハイブランドのファッションアイテムばかりですけど、全部盗品ですか」
「……盗品じゃないよ」
「先輩変わりましたよね。前はブランドの服に興味なんかなかったのに。レインボーのシャツとか変なかっこうしてたじゃないですか」
一言多い。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、今その仕事で忙しくて、ちょっと会えなくなるかも」
「えっ」
動揺で、蜜梨の背中が壁から浮く。膝を折り立て、コーヒーカップで顔の半分を隠すようにした。
「仕事ってなにしてるんですか」
「内緒」
「またそれですか」